第六章 ― 滞在地
ステーションに着いたのは、それから二十分後のことだった。
滑らかに曲線を描いたガラスの構造体が幾層にも重なり、建物全体がゆっくりと呼吸しているかのように、淡い光を放っていた。中に入れば、自動の歩行床、浮遊式の案内板、そして人とAIの区別がつかないスタッフたちが、無駄なく機能していた。
「ここから、移送列車に乗ります。目的地までは、約二分です」
飛翠の声は、変わらず静かだったが、どこか緊張を含んでいた。 私も無言でうなずき、提示された搭乗口へ進む。
列車と言われてイメージしたものとは、まるで違っていた。 それはむしろ、滑らかな金属の卵のような形状をしていて、窓のない密閉構造。中に入れば、重力がふわりと揺れるような奇妙な浮遊感に包まれた。
「――出発します」
機械音声が告げると同時に、風も音も感じないままに景色が動き始めた。いや、実際には何も見えない。ただ、体感的に「移動している」と理解できるだけだった。
そして、ぴたりと感覚が戻ったときには、目的地に到着していた。
施設の名前は《ミラトリウム》といった。 近隣における「転移者」や「移住申請者」の仮受け入れを行う、居住支援機構付きの自治施設らしい。大型ドームのような外観だが、居住ブロックは内部で完全に分離されているようだ。
「今晩から、ここに滞在していただきます。生活に必要な設備と物資は揃っています。職員との面談は、明日」
飛翠は施設のロビーでそう告げると、携帯端末を操作して私の仮IDを更新した。
「私はここまでになります。明日以降、また必要があれば連絡を」
「……あなたは?」
「私は、観測局の外部協力員です。いろいろと、制限もある立場で」
やはり、はぐらかされた。けれど、今は追及する気力もなかった。
飛翠は軽く頭を下げると、静かに去っていった。
部屋に案内されたあと、私はベッドの端に座って、しばらく天井を見ていた。
照明は間接的に輝いており、音も、匂いも、人の気配すらなかった。 そこにあるのは、ただ無機質な静けさ――。
私は鞄の中身をひとつずつ並べてみた。 ブルーセルでの出張資料、充電器、文庫本、ポーチ、パスポート、そして……伊瀬都の交通カード。
現実の名残が、こんなにも滑稽で、心細くなるなんて。
「帰れる、よね……?」
誰に言うでもなく、呟いてみる。
返事はない。
私は静かに、タオルケットを引き寄せてベッドに横になった。 けれど、眠れるはずもなかった。 脳裏には、あの青白いスキャン光、無機質な施設、そして飛翠の目が、焼きついて離れなかった。
(……この世界で、“魔素スキャン”って、なんだったの? どうして、私が“特異”なんて言われるの……?)
答えのないまま、夜だけが過ぎていった。