表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
重なる街、ずれた世界  作者: 伊勢悠吏
5/13

第五章 ― 見知らぬ世界へ

仮登録が終わる頃には、外の空はすっかり群青に染まっていた。建物の外に出ると、まるで街そのものが光で編まれているようだった。

「こっちです。少し歩きますが、短距離移動艇が待機しています」

飛翠が静かにそう言って歩き出した。私は無言でついていく。

(……これが、この世界の夜)

見上げれば、漆黒の空に、星ではない光が瞬いている。たぶん、人工衛星か浮遊型の照明装置なのだろう。ビル群はどれも現実離れした形をしていて、曲線と光を織り交ぜたような構造は、まるで生き物のように見えた。

街を行き交う人々も、特別な衣装ではなかった。誰もがラフな格好をしていて、制服でもなく、ローブでもない。ただ、どこか共通しているのは、皆が「何かを纏っている」ように見えることだ。手首の金属的なバンド、首筋に浮かぶ光の文様。機能性と装飾が混ざったような……そんな空気。

「ねぇ……さっきから気になってたんだけど、魔法って、本当にこの世界にあるの?」

思い切って尋ねてみた。

飛翠は少し歩みを緩め、私の方を見た。

「ありますよ。こちらでは“存在していないもの”の方が稀です」

「じゃあ、その……誰でも使えるの?」

「いえ。使うには、“回路”が必要です。生体的な素養、つまりあなたの魔素適応度が高ければ高いほど、より多くの魔法系統にアクセスできる」

「回路って……体にあるの?」

「正確には、“素体”に内包されているエネルギー伝達領域です。まあ、言葉で説明するよりも――」

彼がポケットから何かを取り出した。

それは、まるでシンプルなメタルペンのようだった。表面には微細な紋様が刻まれていて、手の動きに合わせて、柔らかな光を放っている。

「これも、“杖”です。たぶん、あなたが想像しているものとは違うでしょう?」

「え……でも、これって、ただのペンみたい」

「素材はチタン合金と一部魔導樹脂。内蔵された触媒が魔素の経路を強化します。形は用途に合わせて自由ですよ。誰が“棒に宝石をつけたら魔法になる”って決めたんでしょうね」

そう言って、彼はその杖を軽く振った。

すると、目の前の空間に青白い線が浮かび上がり、そこに立体的なマップが展開された。まるで空中に投影されたホログラムのような地図。その中央に、赤い点――たぶん、今の私たちの場所――が点滅している。

私は目を見開いた。 言葉が出なかった。

「……あの。ひとつ、聞いてもいい?」

「どうぞ」

「私、本当に……帰れるんだよね?」

飛翠は、黙った。 その沈黙は、今までで一番重かった。

「……可能性はあります。ただし、それに関わる技術や情報は、厳重に管理されています。あなたが安全に生きて、ある程度の社会的基盤を得なければ、アクセスできないものも多い」

「つまり、“役に立つ人間になれ”ってこと?」

「言い方が冷たいですね。でも……近いかもしれません」

私は唇を噛んだ。 まるで、自分が“データ”になったみたいだった。

そのとき、飛翠の通信端末が軽く振動した。彼はすぐに確認し、小さくため息をついた。

「すみません。用意していた移動艇が予定変更です。少し歩いて隣区のステーションに出る必要があります」

「うん……わかった」

私は自分でも驚くほど、素直に返事をした。 不安も、怖さもある。けど今は、立ち止まるわけにはいかない。

だって私は、帰るために、ここに生きるしかないのだから。

飛翠が少しだけ表情を緩めるのが見えた。 彼の目は、相変わらず何かを隠している気がしたけど――その奥には、かすかな信頼のような光もあった。

そして私たちは、光の街の中へと歩み出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ