表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
重なる街、ずれた世界  作者: 伊勢悠吏
3/13

第三章 ――出会い

伊瀬都――いや、“それに似た何か”の市街地を私は彷徨っていた。

時刻はすでに夕方を過ぎ、空は深い群青に染まり始めていた。けれど、街が暗くなる気配はなかった。 道路の縁石、歩道橋の支柱、ビルの外壁までもが自動で発光し、まるで街全体が呼吸をするかのように輝いていたからだ。

交通機関はすべて登録制。スマホは圏外。タクシーは無人運転車で、乗車には「個体認証」が必要だった。 情報端末もすべて「視界投影式」で、私の使っていた現実世界のスマホでは何も読み取れない。

人々は違和感のない顔で、何かしらの“端末”を身につけている。 リストバンド型、イヤーカフ型、インナーグラス型……それらが共通して持つのは、微かな魔力の放出反応だった。

誰もが当たり前のようにそれらの中を行き交っていて、私ひとりだけが、ただ取り残された異物だった。

「すみません、大丈夫ですか?」

唐突に、後ろから声がかかった。

私は驚いて振り返る。 そこには一人の男性が立っていた。年齢は私と同じか、少し上くらい。 柔らかな色合いの髪に、落ち着いた灰の目。薄手のジャケットにTシャツというシンプルな服装だったが、背筋がまっすぐで、どこか静かな雰囲気を纏っている。

「……あの……」

「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんです。さっきから、あまりにも様子が違っていたから」

彼は一歩だけ距離を詰めて、でもそれ以上は近づいてこなかった。

「何か、探しているんですか?」

「……家に……帰ろうとしてたんです、けど……ここ、どこなんですか……?」

「伊瀬ですよ」

「……嘘。こんな伊瀬、知らない」

思わず言ってしまった。 彼は少し黙ったまま、私を見つめた。

「――もしかして、向こう側の“伊瀬”から来ましたか?」

「……え?」

「すみません。変なことを言ってるように聞こえるかもしれません。けど、あなたは少し……こちら側の“常識”とずれているように見えたんです」

“こちら側”? どういうこと? 

私は口を開きかけて、何も言えずに閉じた。

「混乱されて当然です。だから、答えられる範囲でだけ、お話しますね」

彼の声は静かで、落ち着いていた。

「ここは、“魔法界”と呼ばれる場所です。あなたのいた伊瀬と似ているけれど、別の位相に存在する世界……といえば、少しは伝わるでしょうか」

「……つまり……異世界……?」

「そういう理解でも、大きく間違ってはいません」

冗談のような現実が、静かに目の前に広がっていた。 私は、夢を見ているのかもしれない、と思った。

「普通なら、こんなふうに来られる場所じゃありません。こちら側には“転位”の制度もありませんから……」

「え……じゃあ、どうして私が……?」

「それは、まだ分かりません。でも、あなたがこの世界の“法則”に属していないことは確かです」

法則に属していない――。その言葉が胸の奥に冷たく突き刺さった。

「……私、どうなるんですか」

「今すぐに何かが起きるわけではありません。けれど、放っておくと“情報不在者”として登録されてしまう。それは、あまりよくありません」

「……情報、って……」

「こちら側では、個人情報も存在権も、すべて魔力にひもづいて管理されています。あなたにはその記録がない。だから、仮の情報を設定して――正式に“この世界にいる”という状態にする必要があるんです」

その説明が、どれほど現実味のあるものか、正直分からなかった。 けれど、彼の言葉がどれも私を否定していないことだけは、感じられた。

「……あなたは、何者なんですか」

ふと、私は尋ねた。 彼は少しだけ困ったように目を細めた。

「ただの住人ですよ。少しだけ、技術に詳しいだけの。気にしなくていいです」

はぐらかされたのに、不思議と嫌な感じはなかった。

「――あなたに敵意はありません。ただ、少し、手助けができればと思っただけです」

彼は小さな金属片を私に差し出した。先ほど誰かが使っていたタッチカードのようにも見える。

「これを持っていれば、仮の識別者として、最低限のアクセスができます。嫌なら、捨てても構いません。でも、何か困ったら……」

「……受け取ります」

自分でも驚くほど素直に、そう言っていた。

手のひらの上のカードは、ほんのりと温かかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ