第2章:外道の軍事力──プリゴジンとワグネルの誕生
ワグネルという名を聞いて、兵士たちは震えました。
それは敵軍だけではなく、ロシア軍内部においても同じことだったのです。
この武装集団は、正規軍ではありませんでした。
しかし──**国家が最も頼りにした“機能する軍”**でした。
もともとワグネルは、プーチンの意向のもとで創設された傭兵組織です。
名目上は独立した民間軍事会社(PMC)という形を取りつつ、
その実態は国家の命令を“公式ルートを通さずに”実行するための装置でした。
軍が命令を無視したとき、政治家が責任を回避したとき、
ワグネルは迷いなく動きました。
しかも、その任務は国内だけではありません。
アフリカ、中東、ウクライナ東部──
正規軍が介入できない紛争地で、国家の影として動き、国家以上の効果をあげたのです。
この“外道の軍事力”を率いていたのが、プリゴジンでした。
彼は軍人ではありません。
過去には服役歴もある、荒々しい経歴の持ち主でした。
それでも彼は、“動く”ということの意味を最もよく理解していた指揮官だったのです。
命令を待たない。責任を恐れない。現場に行く。
兵士たちに直接語り、戦果で応える。
そうしてプリゴジンは、軍よりも恐れられ、軍よりも信じられる存在になっていきます。
ワグネルは、統率された正規軍のような装備も訓練も持ちませんでした。
しかし、戦場での動きは異様なほどに鋭く、容赦がありませんでした。
それは──生き残るために動いているのではなく、「任務を遂行するために命を燃やす」集団だったからです。
この異質さは、ウクライナ軍にとっても深刻な脅威でした。
彼らは正規軍のように規範に縛られず、民間人を盾にし、重火器を前に出し、時に自らの兵士を使い捨てにする。
だが、その背景にあるのは“狂気”ではなく、“成果を出さなければ消される”という徹底した現実感でした。
プリゴジンは、兵士たちに信頼されていました。
それは恐怖ではなく、**「この人間は言ったことをやる」**という最低限でありながら、軍では失われていた約束を守る姿勢への信頼です。
軍が兵士を裏切る中で、プリゴジンは裏切らなかった。
命を預けるには、それだけで十分だったのです。
国家はいつしか、プリゴジンなしでは戦場を動かせなくなっていきました。
そして、その時点でワグネルは、単なる傭兵集団ではなくなっていたのです。
“国家の外にある国家の軍”──
ワグネルの存在は、国家という構造の境界を超えてしまった。
その時、プリゴジンの運命は、すでに決まっていたのかもしれません。