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蜜の刃(短編

     蜜の刃

             作者 衣空 大花


「人殺奴ッ!」

立ち代わり入れ替わり、赤ら顔三人が、四人となった展転(てんてん)な刑事たち。

吠える。

血走る眼光。

「このまま黙秘を続けてけば絞首刑十三階段だな」

昼夜にわたる罵倒。

命か、絞首刑かを、別ける攻防戦。

寒風、荒れ狂う夜空。

刺し入る怒号!

四方囲まれたコンクリート壁も音を立てて崩れんばかりに凍てつく二階の取調室。

外は木枯らし荒れ狂うアサシンの匂いが忍び寄る風。

食い縛る若干十九歳の容疑者。

いまだ少年の面影遺す面構え。

「やれるもんならやってみろっ! 誰がオメエら根性無しにわかるかってんだい!」

――「凍てつく寒風には慣れたもんよ! 親無し施設育ち十八年間」。蹴散らす笹本卓。

「(赤ら顔)女子に与えた睡眠薬瓶にホシの指紋が付いてんだ。殺ったって! ってるんだ、なめんな!」


二十三日目。

拘留期間を乗り切った今。

早稲打大学夜間部法学科での授業。 

「諸君にこの授業に入る前に、本授業の趣意を一言ゆっておく――ああソコの茶髪くん、それ漫画なの⁉、いいですか、よく聞いてください! 現代社会においては、法の目的は『権利や義務を定め、紛争が起きた場合にその定めに従って解決を図ること』であって、この究極な目的は『人間の幸福を守る』ということを遵守し増進させるために必要なことです。社会の『秩序を維持』して『正義を実現』するためにだね、えーぇ、促進されるべきことや排除されるべきことなどについて定めるのが法の主意なのである。うぅん、したがって、だね、……」

「先生!質問! いいですか?」

「おぉ笹本くんか。何ですか」

「『正義の促進』はナットクです。けど、“平等あっての正義でってのわ”。とちょっと気になって……」

「うん平等かぁ」――「聞こえはいいが問題もあるにはあるがだね、いいかね……ううんッ、つまりだね、何が……」

「何が何ですか」

「平等を求めるあまりポビュリズムが社会を悪に染めてるという側面だがね」――「つまり。ポピュリズムとは民主主義に内在する『内なる敵』ということです。

たしかに、ポピュリズムには、政治から排除されてきた人々の政治参加を喚起し、特権的なエリート層に対抗する人民の力という利点はあるにはあるが。

一方では、ポピュリズムには人民の意思を重視するあまり、つまりだね、人気を博したことを利用して選挙に当選することを狙ってポピュリズムを標榜するヤカラ候補者や学者もいるが、だがね、んーんッ、権力分立当事者の政党、議会、司法機関といった、よき統治を実現するために必要な制度を無視し、権力濫用につながる危険性も相当にある点です」

「これでいいですか」

生徒一同、納得ウンウン、それにしても長ーいーな。

後ろの席の四人「とっくにエスケープしてるぜ』――「中国文化交流会に行ったんじゃねぇ」――「ぁーあねぇ、麻雀か」。

「(笹本)ありがとうございました。アメリカの共和党に対し民主党を興した二大政党の起爆剤になった運動がポピュリズムの始まりだったんですね」

「格好付け出んじゃねえよ」

「そうだ!そうだ! 授業の邪魔じゃん」

小声程、よく聴こえる。

後部席で漫画を読んでた連中の揶揄だった。

脚を大ぴらに広げていた笹本に対し「おまえ、几帳面だな」。短足な脚を寄せて来た神田が、プレーボーイ雑誌を仕舞うと、一か月前に染めた所々黒ゴマ混じりの茶髪を掻き上げながら云った。

「そうかな。神田は聞いただけで覚えちゃうのか。すごいなぁ」

「ああ! だから笹本はノートに録るのか。ところで、すげぇな、司法試験予備試験うかったんだろ、司法試験受けるんだって」 

「つもり!……落ちるけどな」

「実は、俺もしてみようかと」。神田にはその気は無かった。なにかライバル心か嫉妬心か悔しくなって、そう言ってしまった。

「オオ、やれよ。やって何歩のチャンスじゃーん」

「神田ーア! メシ食いに行くけど行くーう!?」。いつめんのダチ將司が誘いに来た。

フードコーナーでそのダチは神田の頬張ってるタコ焼きをひとつ二つ摘み食いすると耳に寄せて来て「沢って知ってる? 施設出身って」。

「(神田)お前何でそんなこと知ってんの⁉」

「(將司)おれんちの近所に小学校のとき一緒だったやつがニートしててよ、暇だからいろんな情報魔になって。それで!」

「そっか。……施設って何だぁ?」

「知らないの! 生みの親から捨てられた*児童を集めて育ててる児童養護施設ってやつ」

「知らなくて悪かったな!……そゆ施設ってあるんだぁ」

* 生まれたが、親の見勝手な都合で、その間、定期的に親と面会できるが、親が死刑判決の場合、面会は絶対無理な親子関係になる。

この広い世間には、赤子のときから全くの天涯孤児となって独りだけで暮らす者がいるというこの事実は深刻だ。

また、赤ちゃんの時は一歳まで乳児院からスタートする(事情やケースに応じては小学校就学前まで)ことになるが、その後、二歳から満十八歳までは児童養護施設等で寝食共に暮らすことになる。当然、施設側は里親委託を働きかけるが本人に行く気がなければ、十八年間ひとりぼっちな暮らしになる。今現実に東京都の場合、およそ4000人のうちの9割が親無し孤独な施設暮らしの常態化にある。「慈善団体Tokyo里親ナビ」の報告より。――

「(神田)へーぇえ。それにしては身なりいいな」

「(將司)慈善団体も、奨学金なんかを沢山くれるからだよ」

「俺も貰いたーい!」

「バカいうな、たっぷりお前んちはリッチだろ。親が国会議員だからお前もいずれ議員になれるしな」

「まぁーなーあー!」


突として起きるとはこのことだった。

試験も終わり顧みると幾つか、くだらないミスや、些細な考え違いによって誤答してしまったことに自省しきりになっていた。

落ちるなと覚悟を決めていたところ、なんと、まさかのまさか、司法試験に合格! 

若干十九歳で合格! というセ―ンセーショナルな二ュースは校内はおろか伊東塾はじめ世ゼミでもビッグニュースとして話題にあがっていた。

予測していた通り、さっそくやってきました。その腕を買われ当塾の看板の一つである短答式試験問題集の作成に係る問題作成およびヒントや解答例などの任を頼まれた。

快諾した。

歳上の綺麗なお姉さんの再三の説得があたから。

ホントの目的は高い報酬額にあった。

当然だろ。

予備校としても出版する参考書・問題集の売れがドル箱だったのだから、双方ウインウインといことだ。

正直言うと、本当は短答式試験問題をやったところで大して実力が付かないことは知っていた笹本卓。

「(例の歳上の綺麗なお姉さん)私なんか何度落ちて受かったか。卓くんスゴ―♪ いったいどうやってイチゲンさんの身で受かったの⁉」

アタリメエだろ。

「週に三日も大盛カツカレーライス食ってるから、脳みその栄養が違うって」

そ!そ! この人とは、ミーティングを重ねる中、次第に一緒に居るプライベートな時間まで過ごすことなり、ついに結婚話まで出てきたが、流れで徐々にその女性からお小遣いは高額になっていき、生活していくには十分な金銭援助も受ける結果となった。

しかし後に関係は切れることになった。――古人曰く・今も『金の切れ目が縁の切れ目』って結婚適齢期の女性(??)もゆってるっしょ。

もう自力で金が稼げるようになったからだ。

「お待ちどお! ごめん、意外と時間かかって。笹本くんの例の短答式問題集、今度も採用されたよ。あとね、講師してもらえないかって⁉」。いろいろサポートしてもらってきたあの先輩女史さんが云った。

「(笹本)あ、言おうとおもってたんだ。この際、問題集の仕事は終えようかと。あのな、実は、会社法、特に海外と――専門弁護士のキャリアを積むために勉強しないと! だって需要が多い昨今、一発の着手金が半端ないんだ、ケースにもよるが着手金だけで数千万円も常識の世界。しかも成功報酬はその数十倍だって」

「(女史)ナイスな考え!わたしもそろそろこんな講師やめて、専らビジネス法しようかなぁ……。でも今回の提案は時給大台の一万円だよ。時間をやりくしてどう? 弁護士事務所は大学卒業してからで」と女史は云いながら封筒を笹本の目の先に二通置いた。

一通は問題集作成の原稿料がたっぷり。それに添えてあったもう一通はその女史栗田さんからの見た目は今回も百万円くらい(やり手の大手法律事務所の弁護士地位にいるだからそのくらいは端金だろう)。その場で栗田は「卓君……相談してもらいたいことがるので今夜どうかなって」。名で呼ぶときは、また下心あるなと直感していた笹本。

「って、先生と先週ヤったばかりじゃんw」

「いじわる! だって一応女だし……卓くん、すごいんだもーん」

「いやいや照れるな。けど栗山さんにこのままいつまでもお世話になってばかりで……」。関係を離れる程合いかなと考え出していた笹本。

「あーあ! 後で連絡するから。俺にばかり『浮気しないで!』なんて言わないで先生の方こそやられるな」と云った笹本。内心では、あの大金一通百万円の意味はまた結婚催促の餌にでもしたいんだろうなぁ、と邪推していた。

世ゼミ事務室を出て、四段程の石段を一気に一足で駆け降りると、そこは学生・おっさん・おばはん・なんぱつら・児童学校帰り累々らの行き交う開けた大通りだった。

突、甲高い黄色い声、「やめてえええッ!」。

「彼女さん、お茶だけだって」。必死にった犬のように吠える雄二匹。

たちすくんだ笹本。

その一匹が黄色女子の手を引き寄せ「約束!何もしないって!行こー!行こーお!」。

もうすでに口説きを超えた町のあんちゃん風が吠えるキャッチセール―スもどきな威嚇。

「(もう一匹)なんだ!お前!殴られてんかっ」。そう威嚇された瞬間、身体中に血が駆け回った。

ムッときた笹本、「…………」――黙してジッ!と睨み返して構える。両手はすでに握りこぶし、数秒後ついにマグマ爆発、「施設育ちで鍛えた『出来!』が違うぜ。けんかはメシと同じ日常茶飯事、慣れたもんよ、鍛えた踊り見せたるわ!さぁ!来い‼」。

すると、同時に雄ふたりは持っていたポテトチップを笹本の顔面をめがけて投げつけた。

半ぐれな野郎のひとり。ニッタと笑う。

「上等よ!」、と切れた笹本、「そーけぇ、やってもいいんけど、オメエら勝てると思ってんてのか!負けを教えたるわ! さっ!踊ってこいや!」。身長189、胸板厚く、顔は精悍な生まれ持っての施設暮らし満点な貌立ち。

「(雄二匹)こいつ頭おかしくね!」 「んだ!んだ!このヤロ、サイコパスじゃん!バカバカバカ死ねっー死ねえー死ねえーえ!」。負け犬ほどキャンキャン遠吠えす。

振り返しながら立ち去っていく雄二匹、脚を短くなったように縮めながら。

「ありがとうございます。ホントに怖かった、教室からずっと後を付いて来て……」

「欲求不満盛りのオスさ。ま、無事で良かった」。笹本はそう云うと、その場から外へ足を向けると。

「あのーぉ、お名前を教えて貰っていいですかぁ」。耳に触れたふくいくな声。再び、取って返す際に馥郁な顔に魅入る(⋈◍>◡<◍)。✧♡。

「いや、名は生まれ時から無いんだ。狼だな、あー言ってみればー、一匹オオカミがゆく!ってやつハッハハハハハ。じゃあなー!」。

振り返りざまに膝上の少し色の違った滲んだ紫色跡に気付き、指しながら「(笹本)あれぇ?その傷何? さっきの野郎にやらっれたんか?」。

「いいえ、ちがいます。あのーお……」

笹本は、格好つけて言ったのではなく急いでいたのだ。

金のため、栄達のため、まだまだやる予定は山積。こうして司法試験も受かったのだから「この調子!調子!」と自分を鼓舞していた。少しも目的が揺らぐことは無い、頼るの己だけよ! それどころか、体中のどこからか突き上げてくる自信すら湧いていた。逆境を跳ね返すには「ファイト!イチ。根性イチ!」しかねーっ!


母は?父は?一体どんな人だったのだろう。 

どこかで生きてるのだろうか?それならそれでいい、「…………」。

何かのはずみで死刑で亡くなったなら?これも仕方ない、が、親であることにちがいはない。いつも、いつまでも、母と父の生は自分の内には生きてるぜ。何度、何百回、何十年、施設暮らし、独り叫んだことか、どれだけ必死な思いで頑張り通したか。これから生き抜いて行く俺の姿を見ててくれ!


「お客さん、住所はこの辺りに当たるんですが」。カーナビを指したタクシー運転手。

辺りをキョロキョロ見回し表札を探し出す笹本。

「(笹本)おい!起きろ! おまえんちここか?」と笹本は、面倒なやつ!と思いながら車内に寝そべってる神田の背を突く。


「(神田)お……センキュー……⁈▽ⅹΔ ?」

「(笹本)何だ何だ、寝てんの、歩けんのか?」

「ホイ!一万円」。笹本は神田の胸元を差し、突く。

「えー!マジかよ、冗談と思ったのに」。

「約束は約束」。笹本は、家まで、面倒見と送ってあげるで代金として貰う約束したことを念を押すために、神田の胸元を突いていたのだった。

神田は財布をモジモジ探すが万札の持ち合わせが無いようで「取り敢えず五千円よな」を手に取って渡すと。

「じゃ、これ預かっとくわ」と言い返し、神田の財布を取り上げ、中に手を突っ込むと、千円札二枚しか入ってなかったのでその二枚を手に取って笹本のポケットに閉った。

タクシー出て初めてまざまざと神田の家を見てみると、「なんでこんな奴に限ってこんなデッケエ家なんだ。まったく、この世は不公平だなぁ」。


翌日学食で。

「(神田)参った参った!これ残り三千円な」

「神田、おまえ酒飲まないほうがいいぜ。覚てねえだろ、無茶苦茶酔ってたらありゃしねえ、いつか大事故でも犯しかねないぞ。何かあったのか?」

「ねーよ!」

「じゃ、俺、行くから」

「あ!笹本、これ!」。差し出した封筒。

小さな花柄だった。封筒の中に一枚のメモ用紙に、デザインしてある王子様が乙女の手を携え三日月の上に乗ってる絵柄となっていた。

読むとあの時のあの事件のあの黄色の女子のだった。

なぜこの女子のが?

あーあ!あの家の子。

神田の妹、で、俺が送ってきたのを家の中から見てたの? それとも神田が告げていた?……無いな。いずれにしてもあの時の黄色女子が美少女だっただけに悪い気はしなかった。それにしてもあの美少女の家がココだったとわ――知り合って得になるかもしれないと推し測った笹本。

「その前は助けてくれたありがと ^_^」としたメモ書きの下方にメアドが記してあった。

「(神田)なーあ! ちょっと見して」

「(笹本)だめーえ。それにしてもお前に似てないな」

「うっせえ! チョー美人だろ! 俺の女だかんな。手を出したら殺すよ!」。普通妹を「俺の女」ってゆうかぁ。まぁ、いい。

「な、ちょっと教えてもらってもいい?」

「何を?」

「俺な、正直ぶっちゃけ、受かりたいんだ。問題集の編集までしてるってゆじゃん、だろ! 金なら出すからよ、俺に特別ってわけにいかねーえ!?」

「何が?」

既に周知になっていた。笹本の司法試験合格に皆一同アメージング! 何より驚愕したのが神田だったと聞く。それには訳があって、本人も受験したそうです。しかし落ちていた。

さらに負けず嫌いなキャラも相まって、笹本に負けたくない!というプライドか意地か、それとも家の意向であったのか、いずれにしても「他人ができるなら自分だってできる!」と張り切っての神田の下心だけは確かのようだ。

笹本は心中に、こうも推察していた。

な!な! 何んでも都議会議員から中央政府に上り詰めたって神田春造という立身出世中の人物として業界では名を馳せている、って専らな話。

そうなると長男の神田洋造に後継ぎ託すという心情もあって、また父洋造自身も是非そうしたいし、そうもさせたい!と企てるのは当然。

しかし、いくら金持ちであろうが有名人であろうが頭と実力は別個。そこで算段した先宛が笹本だったのか。春造自身より格下のガキが受かって格上の立場にいる自分の息子洋造が出来ないのがさぞかし悔しかったのだろう。この心理を突いて金銭を以てしてでも、笹本から受かるコツ――カンニングをしてでも――を学び奪い盗ろうと親子して算段したんだろう……。

「何が特別だ。こればっかは実力!実力!」

「なーあ!いくら出したら俺の教授してくれる?」

「そだな、一回一億円!」

「えぇーえ?」

 冗談ポイ」。ちょっとからかってみたくなった――本気だった、あわよくば……。

「(神田)金も頼りになる親も親族は一人もいないで、よくそのお前が独力だけで受かったなんて信じられねぇよ」

「(笹本)なに?貧乏?俺が。どうなってるだ、なんでそんな言い方すんだよ⁉」

「(神田)だからなんだ。男はな、実力と顔や。まーぁ、俺がどこの馬の骨と云われようが、どこのおぼっちゃといわれようが、気にしないって。俺は俺、一応自信があるしな。わりーなーあー」

「(笹本)俺、基本、誰にも差別はしない、ってゆうことだけは言っとくからな。まーぁ、いつか見てくれよ!大金持ちになっからよ」――そして胸に誓うように「あのヤロ、おれをクソバカにしてるな。そのうちあのヤロを金の力でギャフンと云わせたるわ。あの野郎洋造メ!」


「(黄色女子)いきなりで驚いたよ」。本当に驚いたのは笹本だった。まさかあの時の黄色に又してもこの世ゼミで会うとわ!!

「偶然、お兄ちゃんと一緒に家の門に居た卓クンを見かけたの。マジ驚いたよ」。……『卓』って呼ばれるの、特に女子kら、初めてだ。……何度も繰り返し『卓』『卓』と反復していた。

「違くて。メアドだよ。こんなきれいな女子からメアドを求められたなんて人生初だもんで」

「あーあね。だってあの時ステキで強そうな男前に見えちゃったんだもーん」

「マジ。嬉しすぎて逆立ちして走りたいくらいだよ」

「じゃ、して!」

「おいおい」

「せっかく渡したのに全然こいないだもん、うちがタイプじゃないのかなぁって?」

「電話していいか? えぇっと、乙女さんの名前が?」

「ハイ!これで!番通!教えたんだから絶対しろ!」

「んっ!する! ところで名前訊いたっけ?」

「です」

「紗花さん、いい名前だ」

「あら、うれぴ。卓くん!」

言葉って要らねえな。妙に飾る言い回しや、修飾語も余計だな。唯、好きなら、『好き』と話すだけでちゃんと気持ちが通じるってことの方が、なんぼ大切かって。

「予備校ってことは補習?受験? 彩花さんは」

「やりなさい!て云われたからやってるだけ」

「あっららら。あれだけチョーリッチな家して、勿体ないよ。でも……別に有名学校に行かなくたって豪華に暮らしていけるしな」

「豪華かどうか……。うち、お金が必要なだけ」「…………」。下を向いたまま黙って下げた髪の毛で顔が隠れて見えない。彩花さんの表情が気になる。

「何にそんなに使うの? 第一紗花さんはたっぷり貰ってそうだから。せっかく金持ちな家柄にいるんだからそれを利用しない手はないよ」と彩花さんに自信を持たせるつもり。気を和らぐようにした思い遣りだった。

つもりは通じなかった、「うん。うち、どうしても必要なことあるの」。

「だから何にそんなに必要なの? まだ若いから結婚は無いし」

「云わない」

「……だよね。訊いて悪かった」


「アイツはどうでもいいの。わたし、家、出たいだけ。でもお金が必要だから……」

「アイツ?……誰?」。訊きたくなったけど止めた。何やら暗く、どこか複雑っぽい話になりそうだから、と感じたので話題を変えることにした卓。

「ラーメン好き?」。ことさら明るく声を掛けてみた。

「行こーお!」。ケッロッ!と彩花さんの表情一変。待ってました!これでこそ女子!

豚骨ラーメン食って「俺、用があっからまたなぁ。 気を付けてーえ!」と卓は、キレイな子だなぁと改めて見直しなgら、その場を後にした。

すると、彩花さんの方も気を使って「あ、彼女さん?」。

「居ねえよ。俺も紗花さんと同い。金稼ぎで」。どこか気になる女子であった。豚骨ラーメンと同じで後味を引くような……。

黒塗り高級車が二台、自棄に月灯りに跳ね返って光り、停まった、ドアを運転手が開けた。

今夜も夜半遅くに帰宅した神田春造。

神田洋造の父で、二人ともまぁよくも似た風貌をしているもんだ、巡業先の関取さんのようにいつもでっかい荷物を肩に載せながら歩く姿にそっくり。

これまた太っちょな風貌の弟子のような人物が、「では、明朝お迎えの際にその点はよい話になるようにして参りますので」と下がった秘書組面面――国会議員政策秘書、地元後援会会長秘書、政治会本部長の秘書三者三様な揃組であった。

「政治家ほど敵味方がはっきしてる職はないけん。動向には一時も目を離すな。つぎの攻めは『こうだ!』云々」が口癖であった春造。

まさに戦国時代の生ける現存土豪。そっか、縄張り争いする者達か、どうせ争うなら人々の幸を広げる縄張り争いする士族であってほしいが……。

ひと風呂浴び、居間にいる妻とくつろぐ春造。「もーお!わかった!わかった! 家のコトはお前に任せた事。くれぐれも心得てするように」、先程まで酒をおちょこから飲んでいたのを替えてとっくりに口を当て口元からこぼれんばかりになった春造は、「ところで、日葵だが、世間には慎重の上にも慎重に伏せておくように! わしの立場がかかっとるけん。預け受けた相手先には呉呉も眼を怠らないようにな」

「本当に申し訳ございません。娘日葵には私が代わりまして心から感謝しております。あの子の養育費はちゃんと預かり先に毎月送ってありますから」

二階から降りてきた長男の洋造。漏れ聞こえてきた話に遭遇。

聞くつもりでなかったがこの話に飛びついた。

盗み聞きとなったこの情報を利用してやろうと下心に火が付いた彩花の兄。

いや、好奇心の塊となった。ものにしたい女とみなした――洋造は、「これはチャンス!」。待ってましたと云わんばかりの好都合と捉えたニタニタ神田洋造の姿に変貌。

「(父春造)そこに居るのは、洋造かア!?」。(洋造)ギクッ!

「(彩花、義子洋造に対し)おかえりなさい」

「(春造、彩花の夫、洋造の実父)ドア下から足が丸見えだぞ。隠れてこそこそ話を聞くなど男らしくないマネなんぞするんじゃない!」

爪辺りをモゾモゾいじり舐めながら出てくる洋造。

「また爪舐めるてる!いくら言っても、もうお前赤子じゃないんだから。ところで勉強しとるか?」

「はい」

「地元看板を引が継ぐとしてもバカ息子じゃ人が付いてこんぞ。出世の箔はなんといっても学歴じゃ」「父さんの場合は高卒であっても都議議員のおかげでここの国会議員までもってくれた、が、地元民も後援者もいつ何時心変わりをするか知ったもんじゃない。お前の親の七光りがいつまで続くか。これが無くなったら学歴しかないぞ。たとえ東大出身でも遣ることが最低であったとしても、世間は秀才で遣ることに間違いはないと猛信するのが全国民だ」

「わかってるよ」

「なんだ!その返事わ」

「あなた、洋造さん、分かってると思いますよ。頭ごなしにいうから……」

「うるさい! おまえまで」

「洋造、どこまで盗み聞きしてたんだ?」

「え?なんのこと?」

「(春造)まったく!(万が一にもさっきの話が表ざたになると、俺が日頃から正義を標榜としてる手前、格好がつかない、誰が悪用して追い落としにくるか分かったもんじゃない)いいか他言無用ぞ!」 

「(洋造)だから何のことなの?」

「もーお!いい! 行って勉強しろ」

爪をいじりながら出て行く息子洋造。

三本目のタバコに手を伸ばしながらどぶろくを口にする父春造。

ニコチンで黄色く染まってる人差し指で頭をボリボリしながら「せっかくの俺様のキャリア。息子が後継ぎをフイにすればすべてはオジャンだわ」

「親子といっても、人格は別なのよ」

「何だ!オマエどっちの味方なんだ。二人とも若いせいか、オマエも人の親になれば分かる」

「分かるといえば、自動で鍵が閉まるやり方、もうわたし、できるようになりまてよ」。寝室に入ったとき、いちいち手でドアが開かないようにドアノブ辺りが感知して閉るシステム。時折、寝室の外に人の、ワンちゃんかしら? 気配を感じていたことから、そのようなシステムを設置することを決めた春造。――誰にも、込み入った話はあるもんだ、こればかりは、立ち入った話とも言い、実際に経験したことのある者でなけらば小難しい話となる。想像と実体験とは雲泥の差だから、当事者でなければ理解しづらかい込み入った話になる訳。だからね、他者の話にすぐに分かったような顔をしないことよね……TVコメンテータやSNS者の発言を鵜呑みしないことね。――自分自身で考える力を日頃から培っておくこと。なの!

彩花が小六と、その後の十一歳のとき、二度も妊娠した。

母親は母子家庭で彩花を育てていくため、昼間は長時間にわたり、仕事で家に居ることはなく、たまたま通り過ぎの男のはけ口にまだ児童であった彩花をその欲望の的にされ、しかも度重なる似たような男だったことに遭い、妊娠・出産の運びになったという顛末。

このとき、後援者の一人からこの話を聞きおよび、それは気の毒にと感じるとこがあって、まだ幼かった彩花と直接話してるうち、話だけでは次第に済まなくなり、今度は春造自身の手によってわが物としたのが今の妻彩花であった。

親子以上の年齢差のある男、いったん夫婦になると普通の男女感覚になるが常で、年齢差も。育った環境も、関係なくなる。

男と女のすることは、唯ひとつ、合意である。できれば互いに人として信頼でき得る関係がベターである。

このように日々が、月日が、年月が、重なるにつれ情ってもんは益々普通の男女関係に。この実例が、春造七二歳、彩花十八歳と年齢差五十四歳の夫婦誕生となったわけである。

で、その際、まだ乳呑み児を抱えていた彩花の赤子日葵の存在を、社会的地以上、隠そうと、邪魔者扱いにしてその子を他所へ預けることにしたのだった。

ところが厄介なのはここで終わらず、さらに輪をかけたように事は事を連鎖してゆく。

黙ってられなくなったのが息子の洋造であった。

父の妻、彩花十八歳。父の息子、洋造十八歳。彩花と洋造とは立場上、義母と義子との関係になる。ところが事はそうたやすくは進まない。

父が彩花を嫁として向かい入れたときからズット気になっていたのが息子の感情であった。独りの男であった。家に来たとき以来、きれいな女子だなぁ、と思い続けるようになった。

夜中に夫婦の声が寝室から漏れ聞こえてくる生活。

いつも目の前に歩く女の姿。

イチャつく父と妻を面前に見たときの心情。

優しく声をかけられたときの彩花に対し、フツフツと湧き上がる自欲……抑えても抑えても。

これらが相まって、彩花のプライベートに入りたくなる。

共有したなる。

共感したくなる。

自分の身近に入れたくなる。

ついに、入りたくもなった。

愛が芽生えた瞬間である。

欲望がたつ瞬間である。

一度はじまると二度・三度、と進捗するもの、良し悪しに関係なく。

彼女のシャワー時、後ろ姿、普通の暮らしに普通の服を身につけていても上からはだける胸、四六時中寝ても覚めても家中に漂う彼女の雰囲気、夫婦の営みを垣間見たくなり抑えても抑えても襲てくる欲望……。一旦夫婦になった以上は、当事者二人だけで暮らすべし。いくら親や兄弟と同居する環境になったとしても二人以外と暮らすと、三者三様・各自各自の思いはあって当然の事ゆきとなる。何故なら、仮に第三者と同居するようになると誰かの犠牲の上で生活をするようになるからである。これが『込み入った話』になるという所以である。

「お金を誰かに頼み、この資金でアパートを借り、独立した場所を確保して娘日葵を取り戻し、夫のネチネチな関係とも別れ、義理の子洋造・意のままに身体を弄ぶ態様から逃げ出したい心痛。全てを断ち切り新た生活をしたい!」と願っていたのが本音である。この目的が本当だったことを卓が認ったのは、ずっと後になってからのことであった。


神田洋造の男心は、どうしても出てくる、抑えても抑えても――この心境が穏やかに治まるはずはなかった。

なにひとつ不自由のない現在の生活、恵まれた家庭環境、好きな女を抱き放題。

だが、これと裏腹に,羨ましい、疎い、恨む、……なんで同じ歳でアイツだけは司法試験は受かるし紗花からはモテる。しかも金商売がうまい。

いっそう死んでしまえ。

交通事故にでも遭って死ねよ!

思うだけで腹立たしいヤロだ!

羨望は憎しみと紙一重。

まさに同級生だけに、洋造には笹本卓が憎くて憎くてしょうがない目の上のたん瘤でしかなかった。

ここまでくると、事件が発生するなりゆき十分に……動機がなければ犯罪は起きない。

動機に気を付けて行動していれば犯罪は起きない。――いくら警察にお願いしても防げません。

動機とは。人が行動したり、決意するときの直接の心理的な原因、だから。


「どうした?急用って……」。

只ならない紗花。

どこか慌てる話ふう。

電話の話しぶりから咄嗟に六勘を感じとった卓。

翌日会うことになった。

「ありがと、時間作ってもらって。あのーおお……わたし家を出たいの」。

「う?……えッ! どゆうこと?」

「働いて返すからアパート代貸してくれますか?」

「借りるってワンルームでも賃料七万や八万円として敷金や礼金を入れると契約時にざっと四十万円から五十万円がとりあえず必要になるの知ってる? しかも月々の賃料もかかってくるし。そこまでし、何のための急用になるの?」

「弁護士さんだからお金あるでしょ……絶対働いて返すから!」

「いや。弁護士になるにはいろいろなルールが定められて、その後にも日弁連に登録されてからなんだ。俺、まだしてないから正式には弁護士じゃないよ。学校終わったら登録の手続きするけど。それより!一体どうなってるんだ? よければ話してくれないか。場合によっては、できる範囲で協力するぜ」

「脅して、されるのもう嫌なの」

険しい表情に話はつづき「実はわたし人妻なの。困ってるときに助けてもらってるうち妻になっちゃったの。その上『血が繋がってないんだからヤってどこが悪いんだって。拒否するならメチャクチャにしてやってもいいんだぜ。云うこと聞いたら力になるから』的なカンペキな脅迫だよね。もお!わたし我慢できなくて……その上……」

「え?え?人妻って?ヤるって!?何のこと――その上って何、もしかして誰と?」

「洋造さん知ってるでしょ、そいつがいつもヤるの。いやなの、変態ヤロなんか。もーお!いや‼」

「それに言っておかないと……あのおお……聞いたら卓くんから嫌われと思って云わなかったけど、わたし、子供が居るの、よそんちに預けてる児が」

「ウワッッ! マッジー!」「…………」口はあんぐり、目とろとろ、絶句するしかなかった卓。

「ごめんなさい……」 

「うう……よく言ってくれた。聞いた以上はなんとかするわ。って、どうしたらいいのかなぁ? それと云いたくなければいいんだけど一番気になるのが、紗花さんの子供ってどゆうことなん?」

「やはり相談するんじゃなかった。迷惑だし、相談されるほうだって迷惑だよね。聞かなかったにして!」

「なに言ってんだ今更。俺はな、事実を知りたいだけなんや。困った人放っておけない質でね。それに今俺『協力する』て云ったろ」


その後数日経っても、ショッキング・オンパレード。

止まらない!

つづいてく。

唯々圧倒された数日だった。

中でも紗花の話に共感した部分に卓は数日後、行動に移す。

自分が親無しで孤独に生きるしかなかった施設暮らしでの逆境を痛いほど知っていた、できれば、救ってやりたい!という共感に突き立たされた。


『善は急げ』――よいことをするのにためらうな。ためらうと一生できなくなる―― 小1週間後。

a「空いてるが……。仕事は何をしてる方かね?」

「学生ですけど」

「うちは日雇い労働者が多くてな。あなたも活保護者の口かな、賃料は大丈夫なのかなと訊いとくけど」

「おいくらでしょうか?」

「日払い1200円、月払いなら月末前払い33000円、Wi-Fi通信料どこまで使っても月1500円、食事代松屋特製牛皿420円、デリバリー込み付き、これだけ面倒見の整った宿はない、どちらでもあなたの都合で決めればいいから。学生さんと云ったが収入は?」。なんと外看板にWi-Fi完備と書いてあった。これが千五百円!? 牛皿300円だろ。


「バイトになりますけど」

卓、そうゆと、辺りを小締まり一見す、も――うーお!とてもとても、下宿などという代物でない!

四畳半ほどの一部屋に詰め込み!ギシギシ揺れ込み!三段ベッド一組枠が並行に並べ二組の備え、トイレと流しは共用、隣の部屋との敷居は薄っぺらなベニヤ板一枚、しかも天井と立った頭との上下は数十センチの空間、壁に「消灯時間厳守!10時。違反金は翌日まで千円払うこと」の張り紙。

歩くとミシミシと鳴る廊下板。

どの部屋からも、数週間も身体を洗ってない臭し。

所々の部屋と外との境目から漏れる外気がスゥーウス・スウ―ス。  

それでもこの下宿がもってるのは。生活保護資格の一つに定住地が必須となっており、保護者居住地の国からの援助金は月額賃料五万円から六万円の上に所番地が無い者は保護対象から資格外となるのがルール、そういう相場からこのようなアパートでも借りざるを得ないのだろう。

「隣の部屋も見せてもらっていいですか」

やはりベッドサイズ、同じ間取りに二組の三段ベッド。

さらに奥へ行ってみると台所が目に入って、覗くと五歳ほどの幼子が掃除をしていた。

髪はクシャクシャ。

手首には引っかき傷。

足元も薄汚れ。

救いは眼だけが澄んだ光を放っていた。

清掃をしていた手には、赤く腫れたひび割れの傷跡が生々しく。

「こんにちわ。偉いね、お掃除や家事をするなんて。お名前わ?」と継げて「外の自販機でジュース買ってあげる!おいで!」と卓は矢継ぎ早にその子を外へ誘った。

その子も直ぐに付いてきた。

この子の対応がとても素直で印象的だった――まるで以前からの仲良しだったかのように。

偶。

「(下宿人オーナーの妻)アンタ!さっきからあっちの家の方の影から変な女が見え隠れしてるけど通報する?」

紗花が、案内して教えてくれた下宿地一帯であったが卓は「それでは一度先に見てみよう」となって伴なって来ていた彩花をいったんこの一帯の近くにある民家の陰に隠れて一部始終に目を凝らし待っていたが、これが、よそんちの近くに居た、と疑われたのだった。


「コラコラ!云っておいたでしょ、しょうがない子だ。お客さんと話しちゃだめってあれほど言ておいたのに」と宿の主人の例の奥さんがその子に怒鳴っていた。

キツイ目を下ろしていたことが一層心配を掻き乱した。

「まだ幼い子だからそんなに言わなくてもそのうち大きくなれば分かってくれますよ」そう言った卓に対し宿の主人は不機嫌そうな顔に打っ切ら棒な声で「学生さん!どうするんだ?借りるのか!?借りんのか? 他に客は大勢居るんだ! わし、暇じゃないんでな」。

「こちらにも都合があって。お世話になる以上迷惑にならないように前もって準備があるのでわかってください。すいません」と応えるのが精一杯だった。

そう卓は云ってここを後にする前に一言残して「人懐こい子ですね。何かその辺で買ってあげてもいいですか?」と云い終わらないうちに横から入ってきた奥さんが応え「この子は他人様から預かってる大切な責任があるけど……そんなにいうなら世話代でも貰っておかないとね」。

卓は呆れて言葉が続かなかった。


「ではまた。よろしくお願いします」と後にした卓。

「なにアイツ変な子だね。最初から他人様の台所まで覗き見に来たやつは初めてだわ。アンタ!消防署の査察? 税務署のスパイじゃないの?」

「それは無い! あの若さのガキが任されるはずがない。まぁ、またどこかのホセイ所帯のガキだろ」

下宿屋から至近距離に居た紗花。じっと見守るために待っていた。

下宿屋の偵察が終わると、卓共々駅近くのスタバに入り込んだ。

「沢さんホントありがとー!」

「いえいえ。見れた?お子さん」

「少しだけ。嬉しかったーあ、なんと感謝していいのか」

「あんさ、会おうと思えば実の子なんだからこんなことをしなくたって会えるでしょ! 

なんか不可思議でさ。

第一、飼手って名だっけ、金亡者だね、そんな下宿人に預けておくなんて心配にならない、第一お子さんが惨め。教育上からもサゲ、性格だってそのうち皮肉れるよ」

「うん……わかった。嫌われること覚悟で云うね!」

「不自然なほうが嫌になるよ。俺でよければ云ってくれないか! 全てはそのあとだ」

紗花は一切の経緯に至った過去を暴露し始めた。

11歳小6のとき紗花は、近くの遊園地で偶々話した四大二年19歳のお兄さんと話してるうち、ゲームの裏技、コンビニから買って来てきて貰ったたポッキー、面白い話し方、行くといつもその公園に居るお兄さんに惹かれ、会うことが増え次第に都度恋に落ち、何もかもが夢中になっていった。

そんな相思相愛が数か月経ったころ、来ない!来ない!もしかして!?とついに心配に駆られお医者さんに診てもらうことになると。

「妊娠12週目です。ところでおうちの方はこのことを知ってるんですか云々」と診断された結果、医者には「うん……」と言い残すと即刻、彼氏に告げた。

さっそく彼氏に報告すると彼は「産んでもいいんじゃない」と、言い終わると更に熱い言葉「俺、子供好きだし、紗花ちゃんみたいな子が生まれるなら三人一緒に愉快な家作れちゃうよな」との彼の即答であった。

ワクワクする冒険旅行の始まりとなった彩花。

だが、彼は本気でなかった。

産まれる赤ちゃんと、彼氏と、彩花との、三人暮らしをどうしようと訊いたとき。

彼は突然、姿を隠した。

その後以降もずっとズット。

いくら探しても見つからなかった。

想い出の場所へも何回も幾度も行ってみた。

が、無駄足に終わってしまった。

疲れ切ってしまった。

何の希望も、どんな先かも、途方に暮れるだけだった。

とうとう、止むを得ず、中絶費用ざっと十八万円もかかる金高をどうしたらいいのか思案に暮れていた。

その後、既に六か月を経た二十四週目になっていた。

彩花は意志を固めた。

やむなく中絶を決意。

病院に行く。

すると「妊娠中絶を行う時期は妊娠二十二週未満で二十二週以降は禁止です(母体保護法の第2条第2項)」と宣告された。

「母子に健康上問題があるときは例外処置がございますがあなた方、母と産まれるあかちゃん、の健康状態からして法律に従うしかないのですが……」と先生は話を結んだ。

帰り道、ああしよ、こうした方が、じゃそうなったら、唯々定まらない脳内だった。

何気に小枝に留まるカラス二羽を見る。

一方は身体が小さいし所々が白だったので産まればかりの赤ちゃんカラス。

母カラスから口移しで食べる赤ちゃんカラスの鳴く声。

なんと可愛らしい仕草の羽に愛おしい声。

決めた!

「どうしよもこうしようもないでしょ! ママだってこうして生んだから紗花がいるのよ」と母子家庭のなか、命授かった者が、つぎの産まれる子に生かすのが人の道よ!と、出産して親子共々生きてきた母は身を以て紗花を諭した。

これで紗花は、固く産む決心がついた。

学校へは病欠届を理由にして届け出し留年をして学業をつづけることにして……。

ちょうどこの頃、紗花の身の上に結婚話が湧き上がった。

相手は現在夫となっている神田春造である。

その後は時だけが過ぎていく……今になって彩花は、その後の生き方について、意を決していた。

わたしは「いつか必ず働いて日葵を取り戻したい。だから大学に行って高額なお金を稼げるようなるのではと進学を計画していた。

丁度その時に卓くんと知り合いになって、この人なら信頼できる人かも、って思い立った。

弁護士さんだしタイプもオケなのでアパート代貸してと頼んだのであった。

当然アパート後も卓くんとなら金銭共々優しさも援助も得て万事が幸せにいくはずと算段するに至った次第である。

しばくして、卓くんは彩花に一入心情を寄せることになってきた。

紗花は、まだ子供だった時から云うに言われない苦労をしてたんだなぁ……沢自身の苦労に重なり合ったこともあり、彩花が話し終わった様子には、どこかにかスッキリした安堵感のような姿に、彩花、傍に居た卓も共々、映って見えた。


「オオッ!寒っ!」。スタバを出た彩花は卓の上着のポケットにサッと手を潜り込ました。

「温っか!」

卓も紗花のポケットに入れた。

「愛が伝わるわ~……このままポケットに入って小人のお人形さんになったりして。なんちゃって」と、お道化顔して、ニッコリ一言。

「(卓)あらぁ、何じゃこれ? 睡眠薬とちがう? やめな!こんなの使うの。量を間違うと死んじゃうことだってあるんだよ」とポケットの小瓶を取り出した。

。「うそだーい}

「いや、ほんと!」

「判例を読んで知ったんだけど、医者をふくむ看護職者の注意義務が民事裁判で年間数十件、刑事裁判が数件、過失が認定されたのが毎年十件程、時に年度によっては二十件になることだって」

「死なないもん。卓くんが居るから」と両腕で卓の腕を抱き込みながら、吐く紗花の吐息。

甘かった。女の甘えには一発でしびれてしまう。

今真顔になった卓は「まぁ、本人の勝手だけど乗りかかった船、放っておけなくなってさ。あ、思ってるほど俺金無いから。てか、その前にやることあるんじゃないの」。

「ん……って何を?」と彩花の胸を卓の腕に押し付けて云う。

「あの子だけど。堂々と毎日会ってあげろよ。ぶっちゃけ俺、両親が居ない中で育ったもんだからさ、人一倍放っておけないんだよねぇ」

「なんだ。うん、知ってるよ、施設育ちって。でも偉いわ、皮肉れずにこうやってこの歳で弁護士さんにまでなったんだもん」

「弁護士は進行形な。完了形にするには、まだまだ沢山の過程があってさ」

「同じよ、国公認の資格を取ったんだから」

「あのさ、繰り返すけど。あの子、今直ぐにでも一緒に暮らすわけにはいかないか?」

「本当はね、あの子のことを思わなかった日は一日もなかったのよ。でも独りじゃあの子も私も、どうやって食べていけばよかったの――泣いたよ。無茶苦茶になったよ。あの子だけにはゼッタイまともな人生をあげたいんよ、わたしの今のような者にはしたくないの!……わたし独りじゃ無理。厚かましいけど卓くんが協力してくれたらなぁって。ごめんね、勝手なことばかり云って」

卓に痛く伝わった――鼻水出そ――寒さ、そうかも。

「人一倍!百倍!わかるぜ。親無しとはこれほどまで辛いものなのかと。経験したことじゃない奴にはわからんよ。だからマジ放っておけなくて――どれだけあの子が哀しい、辛い、無気力になってるか想像するだけでも――俺にはわかるんだ! こんなの生きる者にとって地獄だよ」

「うちもねマジなんとか助け出してあげたい!って。そのチャンスが正直いうと、卓くんだったの。ごめんねシッコクくて……沢さんしか頼る男性居なくて。…………」

卓は、カンペキ麻痺完了形――フワフワしてきた。どっしりした恋感情が芽生えた。

心地いい感傷であった。

人の情けに触れると人一倍放っておけなくなっていた上に自分が愛に飢えていたことを覚った。

何といっても福福しい気持ちにさせてくれていた。


今現在。警察署と検察庁との往復――護送車と拘置所――鉄格子とコンクリート窓から見た星や空っ風。刺し入った寒風が過ぎった数日間。

笹本の記憶がフィードバックしてゆく。

「お前さんヨ!いくら、釈放されようと、何処に隠れていようと、必ずとっ捕まえて十三段階段に送ってやるからな! 甘くみるんじゃねーぇぞ!警察は状況証拠タップリ! もう逃げれないんだオメエよ!」

決定打はひとつ。これがすべて!と茶を啜ると金綱はニンマリした顔に煙草をくわえ擦り出していく。

死亡した紗花の体内に残されていた睡眠薬、また、笹本が所持していたものと被害者紗花の指紋と同一だったこと。

ふたつ目。

甘い言葉を装って彩花に近づいた口先。

これには立派な裏付けがあって、洋造さんの妹紗花を何回も強姦するために執拗に甘い声をかけ、嫌がる紗花を誘い続けていたという兄神田の証言。

みっつ目。

栗田という女弁護士の存在。

笹本は、女を利用してることに長けていて、詐欺天才師といわれている。利用し終わると使い捨てる見勝手仕放題な女性にとって反社会的な危険人物だ。

よっつ。

検察側の証人として告げた社会的信頼の高い弁護士栗田であっただけにその証言内容ないは信頼性が高いといえる。これを認定するだろう公判での裁判官による心証。

いつつ。

仕送って貰ってる子の養育費を狙って下宿人応募のふりをして現れ、その養育費で育ててあげ預かった責任者下宿人の目を盗んで子を誘拐しようとした笹本であったと刑事たちに子細を事細かく説明した下宿主夫婦たちの言質の事実。

むっつ。

若干未成年者沢の通帳に短期間で二千万円近くもの預金口座額はいくら原稿代・講演費・栗山から再三再四手当を貰っていたとしても多すぎる金高。弁護士として学んだ多くの法律知識を奇貨とした脱法所為は甚大な反社会的行為に属するゆえ、許しはならないこと。

ななつ。

参考人神田春造による言質によると、不法侵入を以て昼夜に亘り紗花の部屋に押し入ったというお手伝いさん二人の証言は笹本の犯行に間違いないと春造が警察に通告。

春造の社会的地位を擁護すなわち春造一家の事情を一切公表を行わないとした有名顧問弁護一行が警察に要請してきたことを警察上層部が厚く被害者一家を理解したという情状を裁判官も認定するということ。

ヤッツ。

被害者は、笹本によって常日頃か向精神薬を宛がわれており、このことから、たとえ少量の睡眠薬であったとしても死に至ることがある。

即ち、遺体を解剖した結果、体内に残っていた睡眠薬は致死量に達していなかったものの、向精神薬の服用が認められました。したがって、被害者が当該薬物によって死に至った事が判明した次第である。よって、当時、笹本以外に被害者と接触する者がいなかったことからも、笹本以外に殺害した者は居なかったことが本件殺害の証左になった次第である。

ついに、ここに、笹本卓は感極まる。

何もかも根底から破綻。

目の前が真っ暗になった。

しかし逃げ通してやる!

捕まれば絞首刑だ。

どうすればいいんだ。

どうせ絞首刑で命を奪われるなら、その前にこの世に遺しておきたいことがある! 日葵を救うことだ!

そうだ!

……このような束の間のセンチメンタルに陥った姿……「男らしくない!」。

でわ!と自らを鼓舞し始めた卓。

生まれ持って鍛えに鍛えぬいた待ち前のハングリー精神「よーおおしッ!やってやる!」と気分を立て直し始めた。

「施設暮らし十八年に比べたらヘッ!ってことはないさっ!」と持ち前の根性に火が点いた。

「一念通天!」。速攻調べ始めた。

皆が欲しがって皆が容易にはできないが、利益率が高いビジネスとは一体何だろうか?

自分の持てるアイテムを利用するしかない!との考えに落ち着いた。

そうだ!持ってる法律知識と、やる気!

では具体的にこの二つを必須とする仕事とは何だろう?と次に調べ出した。

加工貿易だ。

本業ビジネスでの利益とは別の付加価値が収入額を高める。

国内の何倍もの市場を世界中に獲得することができるからだ。

しかし、うまみは多く有利な商売になることは確かだが、様々な専門的事務手続きと多くの人員を要すことが必定となる。これでは素人独りでは困難だ。

見つかった。

仲介貿易だ。

例えばA国からB国への輸出取引について、C国の商社が仲介する貿易取引となるが、加工貿易や中継貿易と異なって、C国には通関行為が発生しない。

ここにうまみがある。

新参者の一匹狼でも世界のどの国とも貿易はできる。

やり方は簡単。

薄利多売である。

最初から大儲けを企てると、比例してライバル社が増える。

増えると、当初も儲け計算合計は減って行く。

そのうち、倒産に遭う。

そこで小まめに動くこと。

つまりステップ・バイ・ステップの実践で。

どのような実践を以て、できたのか? 

「Invoice(商業送り状)」「Packing list(梱包明細書)」「B/L(Bill of Lading)」といった特殊な貿易書類をうまくこなすことによって、わずか数か月で顧客は、大手商社から個人業者まで評判が評判を生んで、ウナギ乗りの大盛況となった。ざま~~!

喜ばれた最大の売りは他社が今まで真似できなかったほど得する法知識網羅の提供にあった。

このアイデアサービスは見る間に貯金額が億を超え二桁億へと迫っていた。一念通天!叶ったぞ! この調子なら大台の数百億円超えだって時間の問題だと履んだ。

ここで更にプレミアムのアイデアがヒラメク。

この大金を活かして、工夫をこらし、通常の税納入となる国に対する膨大な支出となる分を別な方法を駆使したこと。

このプレミアムは結果、さらに金庫は太っていった。

個人的資本を急用としている会社への融通つまり資本額を提供して利率額を少し上回るように得る仕組み。

証券から得る利札。

経営アドバイスから得るコンサルタント営利。

会社の合併仲介を促進させ、これによって膨らんだ利益の粗利益。

そして、今、大台の一兆円超えに到達ウッハハハハ!

「ここまでくれば『できる!』」というかねてからの念願を実行する時になった。

一念通天は通過点のイチ手段だった。

本目的こそ、ここぞ!


「逢いたい!」「好きよ」と、外でも電話でも紗花が言うコトバ――どうしても頭から離れないでいた。

が……神田春造の妻、その息子の洋造とも今でもヤってるにちがいない。なのにどうして俺が好きにならなきゃいけないんだ!

悶悶とする今日でもあった。

しかし今。

理屈じゃない。

男なら男らしく、面と向かっていけ!

面と向かって、口説け!

それを実行するときが、三か月後、きた。

トキ遅し。

彩花が亡くなっていた。

何週間も何か月も、……。

……擡げてくる故彩花の感情を抑えることは、どうしようもなかった。

苦して息ができなほどだった。


さらに二か月が過ぎた。

この時が、走馬灯のように過ぎ、まるで昨日のよう。

今日も。今ふと、空は真っ青な、絵のような、空気。

奔った絵に、今し方「ねーぇ、前に卓くん、云ってたよね『恋は心』でするって。うち、そうゆう人初めてなんだ~ぁ、もっと早く会えればよかった!」。

この一言が今でも離れない。


ついに意を決し、攻撃するのみぞ!

大地を蹴る馬のひずめの如し。足音踏み鳴らす。

自己暗示のようなものだ。おまじないであった。

「(卓)ごめんください!」

「あっあっ!来たよ!仕返しに」

そう、血相変えて宿主の妻が、夫に告げた。

慌てた下宿主。

金属バットを傍らに置く。

「帰れ!通報するぞ!」。警察に云われてるんだ。

そのうち必ず、仕返しに来るから、そのときこそ警察がとっ捕まえに来るからな」、と。

「(卓)今日お訪ねしたのはご心配無用です、よければ数百万円ほどを差し上げるご相談で……」

卓は話を続け「日葵さんのことでご協力を頂ければと存じまして……」と用件を示した。

玄関越しに覗いていた主は卓の表情を恐る恐る確かめるかのように戸を開けた。

「何だね、その冗談とわ?」

「飼手さん、こちらに預かってる子を受け渡し頂きたいのですが、お幾らなら?」

「(飼手の妻)ねーえ!あんた。この親が亡くなってから仕送りは止まったままなのよ。この若造、一千万円払えるかしら」

「(夫の飼手)だなぁ――とりま云ってみるか」

「そうよ、それで払えなければ値を下げて五百万円ならどう?とにかくこんなクソ娘置いとくだけメシ代にもならないわ」

腹が固まった飼手は「それほどご熱心なら相談に乗ってもいいが、こちらとしてもこの子を今まで育てるのにいろいろ金がかってきてな、一千万円なら考えてもいいんだが、どうだい」

「ハイ、お調べください」。卓はポン!とテーブルに札束一千万円を並び立てた。

「(卓)では! 日葵さんを呼んでいただけますかっ」。テーブル端からこぼれ落ちそうな束重。辺りは一変。豹変する飼手夫婦の顔と顔。

「日葵ちゃんこんにちわ! 憶えてますか?僕のこと。お母さんに日葵ちゃんのことを生前に頼まれて、遅くなったけど、お迎えに来ました」

「知ってる、お兄さんのこともママの遺言も。ママに云われてたの、天国の夢で」

「よかった!良かった! さあ、身の回りの物を持って来て」

「無いよ」

外に二人出ると後から付いてくる幼い少女。

足取り軽やかに、時折ステップを踏んで、六歳になっていた。

卓はすでに二十一歳間近。

洋服を買い、本人に選らばせたお人形さんを宛がう。

そのお人形さんを大事そうに抱きしめながら笑顔も増えてきた。

二人でオムライスを食べた。片方のオムライスの山に旗を立て……。

そこへ飼手が、追ってくる。怒鳴っている。

彼は怒った顔をして、「とても一千万じゃ合わないんだ。人、一人の命をあげるんだからな。二千万円でどうだ」

「二度と現れんじゃね!」。沢は飼手の胸倉を掴み突き飛ばした。足元にガッツンと思いっきり蹴りを突っ込んだ。転がるように二メートル先までふっ飛ばされた。

この血相に恐れおののき飼手は尻尾を巻いて逃げた。

血相を変えたのはもう一つ、ここに居合わせたレストランのお客さんたちだった。

六歳の子を目の前にしていた卓は、淡々と話を進めた。「これからはこの家が日葵ちゃんの家だよ。学校に行って、友達と遊んで、好きなように暮らして! もう女主人だよ」

「女主人ってなーあーに?」

「偉い人。女王様。他はみんな家来。守ってくれるキューピッド!……パパ……と呼んでもいいから」

「あ、憶えてる。最初に自販機でジュースをくれたとき『きみには、そのかわいらしさから必ずいつか愛の女神さんが手助けをしてくれるときが現れるからそれまでの辛抱だよ。だからママをキュービッドと思って信じて待ってて!』とお兄さんが云ってたのを――「ちゃんと覚えていたでしょ」という幼い顔一面にニッコリ、その顔がホッとするような親しみを卓に襲ってくる――新鮮な歓びの嵐だった。

鉄骨三階建て地下一階広い庭付き、これに美術用石材で舗装した一戸建ち土地付き物件を、卓は予め五億七千万円程で建てていた。勿論ビジネス込みよ! いざとなれば高額で売却可として。或いは高てして。

* 民法88条1項「物の使用の対価として受けるべき金銭その他の物」を指すことを、法定果実という。リンゴ類いを指す果実ではない。

不幸な環境育ちで設暮らしていた時間を取り返したかった。

その相手が日葵となった。

紗花に対する信義を果たしたかった。

人を信じる喜びを教えてくれた最初の人が紗花さんだった。

「(彩花)うちが本気で男として信頼を寄せたのが卓くんだったの。ホントだから! 私は大した女じゃないの分かるけど。卓くんはホントは心の綺麗な人って。そんなあなたが近くの人になってくれたら……」と、亡くなった今にして紗花の真心を分からせてくれたその時の一言一言が……突き刺さってならなかった。

何故亡くなったんだ!

彼女は死ぬはずではなかった。

愛する子日葵も居て、卓に恋をし始めて……生きていて欲しかった。生きて二人で作りたいものがいっぱいあった。

方や。

実子と不本意に別々に暮らす羽目に陥った。

義兄からは連夜にわたる欲望のはけ口にされた。

紗花の実母は、恋愛中の別の家庭生活の方に没頭していって、その後数か月もしないうちに病気で亡くなってしまった。

そんなか、紗花の唯一の救いは自らが大学進学を果たし、卒業して稼げるようになったときは娘を呼び戻す計画でいた。

頭ではコントロールできても心情が覆いかぶさってきて、複雑混迷な淵に追い込まれた気持ちから逃げようと、つい睡眠薬を飲んでしまった。

……効かないから更に飲み続けてしまった。

日ごろから常用してたせいで体力も弱った末にこの症状――死にたくなる。卓の被った逆境の時代が重なり合う、自棄になる。誰とも交わろうとしなかった。挙句は喧嘩暴力三昧の暮らし、そこまでしても一向に癒されることは一度もなかった。

今、ようやっと光明の灯りが見え始めた。



仕事をする利は、辛かった過去を忘れさせてくれる、夢をつくる意欲を湧かせてくれる、人の役に立ちたくなる、そして何よりも、自分を成長させてくれる。

「もっと上の方かと存じましたがこの若さで天才としかいいようがございません」。異口同音に卓と会う取引関係者らは、お世辞とわかっていても、人物評を口にするようになる。

自惚れた。

実力以上ができる気もした。

「ところで、わたくしどもの委員会に一度ご臨席願えないでしょうか」。JETRO貿易情報センター48事務所のうち東京事務所の委員をしている松寿氏の提案であった。

「松寿さんには日頃からお世話のなりっぱなしで、まことに光栄なお話ですがわたしごときが出席してもよろしいのでしょうか」

さっそく出席。

壮大な数の臨席者。

始まる幹事長のご挨拶。

「ジェトロは貿易・投資促進と開発途上国研究を通じ、日本の経済・社会の更なる発展に(中略)70カ所を超える海外事務所ならびに本部(東京)、大阪本部、アジア経済研究所および国内事務所をあわせ約五十の国内拠点から(端折)」

この後、役員の松寿氏が笹本に近づいてきて。

「本部委員のなかには、経済産業省経済産業審議官、経済産業省大臣官房審議官、独立行政法人日本貿易振興機構本部対日投資部長、内閣官房内閣参事官、三菱商事㈱理事他、等々というそうそうたる元職歴のキャリアな方々で占められております。つきましては、笹本さんの今後のご栄達のためになろうと思って、いかがでしょうか」

松寿氏は総合商社として世界でもトップレベルにある丸青株式会社の副社長格を付与されてる役員である。

なかなかのやり手と聞く。

その手口の一つが社会的地位に就けるよう甘い餌を与え、実の狙いは自らの会社の系列会社下にしてしまうという魂胆。

聞こえはいいが実態は子会社として牛耳る手法をよく用いていたと聞き及んでいた。

笹本は、松寿の提案を快諾した。

笹本には笹本なりの魂胆があった。

魂胆つまり算段とは、逆手に出ることだった。

JETROの地位を利用して政府関係者に接触できるのでわ!?と微かなチャンスを逃すにはいかない、と、ここでも気概に、野望を、燃えたぎらせていた。

委員会では名刺交換から始まり多くの大物と知り合いになる。

そのうちのひとりから内閣府貿易小委員会を拝聴するよう勧めてきた。

これまた微かな突破口のチャンスになるぞ――直接政府が持つ桁外れな資金の融通を得られるのでわ!?「よっしゃあ! いずれあわよくば国会議員になって天下を動かしてやるわ」と破顔一笑に顔中をほころばせた笹本。

これから二か月ほどが経った頃。

松寿さんから一本の電話がかかってきた。

「(松寿)ブラジルに在住している弊社グループも協力しますので、ここのところは是非笹本様の辣腕を拝借してお願いしたい事があるのですが」

「いやいや辣腕とわ、買いかぶりですよ。で、話とはどういうことでしょうか。なにやら大きなプロジェクトだったりして……」

「ご明察。国産武器類の売込みです」

「え、武器輸出三原則は国連決議と政府においても禁止になってるのでわ?」

「武器輸出ではなく装備品輸出です。つまり防衛装備移転三原則に基づくなら、できるのです」

ああ読めた、万が一の用心の念のために無名な業者である笹本を利用すれば目立たなくて済む為、いざ当局から内偵されるようなことがあっても、駒捨てにするつもりだなぁ。

「(松寿)武器輸出大国のアメリカ・フランス・ロシアの一機当たりの値段の十分の一ほどで性能も優れているが国産ジェット機の相場は60億円でこれに純国産の軍用装備付きで一機11億円程で済むという点に加え性能も上であると今回の相手国も乗り気になっています。笹本さんには20機売れたとして30億円程の成功報酬を先ずは差し上げますので! 最終需要は計30機となって、その都度、金高をお渡しするというこでいかがでしょうか」

彼は、本気だな。焦ってるな。

ビッグチャンスになるぞ。

リスクも伴うだろうなぁ。

松寿氏は笹本の顔色をうかがい「国家安全保障戦略に基づき最終判断は内閣府調査委員会が下ろします。つまり公認ということなのでどうぞご安心ください。わが社共々政府もやる気ですので」。

この熱心さ――きっと、ブラジル高速鉄道売込み計画で中国政府に先を越された敵討ちの意も込めてのことだったのだろう。

「了! 少し作戦準備期間を下されば」と笹本が応えると松寿氏は分厚く重い大袋の封筒を渡し「当座の活動資金です」――「不足な場合はこれが私の直通番号となっています」と用件を立て続けに申した。

中を覗くと現ナマ五百万円札に五百万円の小切手が入っていた。

麻で出来た紙袋は初めて見た。

ずっしりとした重荷に耐える特製品の紙袋だった。

「これも国産品ですよ」と松寿は得意げになって渡してくれた。

一息ついたところで松寿さんがおもむろに言い出す。

「ここだけの話ですが。私の一存で封じておきましたので」……ん?ん?何だぁ……『一存』と慎重ぶった言い分は?咄嗟に勘をフル回転させた笹本。妙な予感がしたからだ。

所轄のイチ刑事であった金綱が本庁捜査第一課――殺人等担当の課長に就いていたという話だった。

この刑事が松寿さんの秘書を通して面会を求めてきたことである。

松寿氏はドッキとした。

捜査第二課かなぁ? 

もしそうなら「不正取引や金融犯罪、経済犯罪。公権力に関する汚職についても二課で取り扱っている。

それと今回の面会とどういう関係になるのだろう……」

構えた。

対策を考え出した。

考えるだけでアイデアは暗中模索のままに。

取り敢えず会ってみなけられば始まらない。

副社長室の会議室に、密かに録音機を備え、秘書に案内させた。

冒頭、金綱は、御社の隅田先輩には大変お世話になった元上司であったという話から始まった。

日頃から第六勘に長けていた松寿は話を聞き終わると頭に或る推察が突き上がって来た――金綱は一石二鳥を狙ってるなと読んだ――警視庁内での更に上のポジションを目論んでいる。

同時並行して、捜査が目的ならベラベラ一般人に捜査内容までは話さないはずだが事細やかに告げてきた。

ということは隅田先輩が自慢していた当社の高給額を目当てに金綱の退職後には横滑りを企んでいる、きっと、そうにちがいない。と読む。

もし、推察が的中してれば、こちらから先に当社就職にと企んでいる鼻の前に人参をぶら下げて彼を牛耳れば壺のなか。今回のプロジェクトには笹本の手腕に負うところが多い。

その成功後は笹本は居ても居なくてもいい。居たくなればなるでこれまた壺の中よ!と忙しく邪推を廻らした。

「(松寿)それはそれは。貴重なお話を伺いました。ところで、笹本に対しては重要参考にとして?または、被疑者参考人?のどちらで臨むのでしょうか」

「よくご存じで。当然、呼び出すときは参考人にするつもりです」

重要参考人であれば逮捕はできない。しかし、被疑者として参考人に呼び出すときは既に逮捕状を用意しているのが捜査の常道。このくらいの常識は知っていた松寿。

「(松寿)こう言っては何ですが。笹本さんがそれほどの殺人容疑者には見えなのですが。人は分からんものですな」

「わたしにも長年刑事捜査で培った勘というものがありまして。間違いない。状況証拠がまるで教科書のような犯罪。頭がいいだけに知能犯ってやつですな。まー、必ず逮捕して見せますから」

「被害者紗花の死亡原因になった睡眠薬が笹本の服に仕舞ってあったのと同一薬剤という事実。しかも、亡くなった被害者の指紋までが付着していた。どうしようもないですな。…………」

更に、金綱は念を押すかのように「御社が営利を目的とした法人であることは十分に承知しております。笹本の事案に関しては、もう少し泳がせて確固たる証拠が挙がってくることを待つという手も考えておりますので……」

松寿は聞き終わるや否や、金綱に対し「ちょっと失礼」と言い残し、隣の秘書室へ行って、戻って来るまで数十秒か、秘書が茶菓子と封筒を持って松寿氏に手渡した。

「これ、お車代でも」と今度は松寿が金綱の足元に置いた。

金綱はオウム返しに「いや、これは困ります。我々の立場がありますので」。

「金綱さんが示して頂いたお話は、公的云々などとおっしゃらずにイチ個人としてのご厚情と存じでますので。これからもお近付きの気持ちとしてどうぞ」と飼手に厚情のほどを伝えた。

その際に、松寿は当人には内緒で連番付きの新券を渡した。

いざとなった場合の自己防御策であった。

金を強要したのは警察側の金綱であったと算段したのである。

会社は営利が目的。

警察は犯人を捜し捕まえることが仕事。

これが筋。

筋は双方対峙するのがビジネス。

社会も筋対筋の成り立ち。

うさぎとカメの立場になる。

うさぎの方が速く走れていたが、本来とは違うことをしてる間に勝ったのはカメさんだった。

「本日は貴重なお時間を頂きありがとうございました。ではお時間の邪魔にもなりますのでこれでわ」と立ち上がった金綱の足元に添えていた封筒は無くなっていた。

リックを両手に抱くように手に包み込み、会議室を後に出て行く、何度も挨拶の頭を下げながら、ドアの向こうへ。

ここで、笹本は松寿氏に対し、「封じておきます」という意味をはじめて理解した。

どこまで信用していいかは割引したとしても一応信頼する価値はあるだろうと履んだ。

松寿のビジネスは、笹本が居なければ難航する。

会社が目指す商談は成功しない。

「(警視庁内)課長! ちょっと気になる例の笹本についてタレコミがあったのですが……」

「何だ?それは」

「被害者紗花の死亡数日前、頻繁に笹本が被害者に接触していたという証言が「斯斯然然。今度こそ十三階段絞首刑に送ってやりましょうよ! 前のように屁理屈で逃げないように取り調べを私も厳重に尋問を徹底しますから!」

「だな!やつは頭がいい。回転が速い。口八丁手丁ってやつだ。だがヤツが犯人は間違いない!――俺の長年の勘が狂ったことは一度もね!」

「逮捕の暁には課長は警視ですね。うらましいす」

「だがハンパないヤツだ。あの齢で司法試験合格、頭がいいだけに油断禁物だわ。な!だからオマエ!気を引き締めていけよ」

「何十年も歳上、その格上の連中をやっつけた若干二十歳の藤井聡太ってゆう例もありますからね」

「バカヤロ。藤井聡太は有名人、笹本とは質が違うわ。犯罪者、人殺しだぞ!」



♪~Happy birthday to you, Happy birthday to you, Happy birthday, dear , Happy birthday to you.~~♪

「日葵~、誕生日おめでとー!」

「ありがとーォオ!卓さんンン」

「おいおい、ここではいいが外ではパパと云ってな」

「イんだもん。パパでもあるけど卓さんなの!」

「いや、世間では人の裏話好き連中が居て余計なことを詮索しかねない」


十一年が経ち卓三十二歳・日葵十七歳になっていた。ハッピーバースディー二人ー。


何度も何回も鏡の前で首に付けたネックレスの格好を確認しては又見て又都度再び見染しながら喜ぶ姿を卓は見て幸せだなぁと胸に広がる感慨に染入っていた。

救ってよかった! とこだまする胸のうちの卓

「高ったでしょ。気に入ったよ。幾らした?百万円?」

「そのダイヤは澄んだ青の金剛光沢で希少ブルージルコンってやつで七カラットバージョンの三百だ。七が幸運を呼ぶ、七福神、七転び八起き、七五三生長のお祝い、七色の虹、縁起が良い西洋の習慣、と云ってるから七にした」

「スッゴ! 卓さんにもオソロなのしよー!一緒にラッキーセブンになろ!」

「ハハハハハいずれな」 「外に付けてくとき訊かれたらイミテーションの人工石って云え。本物と知ると盗まれるからな」

「大丈夫だよ! 指にはめてるの盗れないから」

「いや。メキシコで指ごと切断して盗った事件が遭ってな」


既に、卓は丸青株式会社からのプロジェクトを受任し結果は大成功におわっていた。

いえいえ、上首尾を超え、期待した以上の収益を得て、その後転々と職を変えて今はIF(Investment fund)即ち投資ファンド会社を興しそのCEOに就いていた。

その運用内容の大看板は投資企業を活発化する事であり、現にその魅力に捉われていた。

IFとは実にうまみに富んだ事業であった。

投資された資金はそれぞれの該当会社に対し影響力の強化を及ぼす。

一定の目標利回りを得る。

投資先に対し、実際の投資家に代わって、巨大な影響力の行使であった。

会社同士の合併を企てる。

会社へ役員を送って実質は経営者になる。

銀行を巻き込んで国家予算に匹敵するほどの投資からの利ザヤを得る。

絶頂期にあった「我が世の」にある卓。卓流であった。


「本当だろうか、あの笹本が殺人者……」

噂が流れるようになっていた。 

飼手が各社に内偵をしているということで、笹本の所在地等を尋ねて来るようになった。

この刑事がそう訪ねて来た事実を喧喧囂囂、取引各社間で騒ぎ出していた。


別件拘留。

とりあえず捕まえて留置所に押し込んでおく。

重要参考人としてはなく、容疑者として警察内で逮捕状を執行すれば、笹本の場合、再、再々、繰り返し、尋問の末には死刑に持ち込めるとしたストーリを警察側は描いていた。

笹本は、こんなこともあろうかと念には念を入れていた。

鉄筋二階建てを造ること。

その際、自宅の内と外に幾重にも張り巡らした監視カメラを設置すること。

お手伝いさんは雇わないこと。

来客はご法度、

広い庭の敷地内に緊急非常用通路を地下に埋設すること。

その内から外へ通じる脱出ルートの確保。

私財の大半は一部海外銀行に預ける。

鉄骨構造の内塀に火災と大地震にも耐えうる超鋼鉄製のボックスを装置。

移動できるように数個に別けて備えることのできる現金並びに金塊箱。

むろん日葵が自宅へ友達などを呼ばないという二人の紳士協定。

日葵も積極的に協力すること。

郵便宅配宛には自宅から徒歩一分の所に倉庫棟を用意して取り出し&受け取りを行うことのできる中年の女性生活保護者に毎月役所から貰う生活保護費を上回る別手当を与え管理人兼住居者としててがっておくこと。

公的証明書である運転免許書をはじめ一切の関係類は得ないこと。

会社代表登記簿名は別な人物名をたてること。

逃げるしか!……致し方ない――命取りになる。


一大プロジェクトと丸青会社から受けた提案は確かにビッグチャンスであった。

それだけに慎重の上にも慎重を期し、法すれすれを駆使していた。


いつも青空は、友だち。

自分を取り戻してくれる喜望。

命に活力を与えてくれる巣空。

青空の碧は気持ちを、安らぎに染めてくれる色。

今、陽葵と、卓。――友であり、娘であって、時には、いとしい人となっていた。

オーチャド定期演奏会の鑑賞後、ショッピング、レストラン、そして今帰途に就く。

その道すがら代々木公園を散策している卓と日葵の姿。

あゆむ影が、道に仲良く寄り添う姿になって、映っていた。

「あ、待ってて」と、言うが早く急ぎ足で道路沿いの車へ行く。そこはキッチンカー銀座となっていた。タコ焼き移動車に向かう陽葵。

貰ったタコ焼きを手に持って戻ろうとしたとき勢みでタコ焼きの袋を落としてしまった。

「ハイどーぞ」と偶々傍にいた青年が自分の持っていたタコ焼きの袋を譲り渡いた。

ロン毛で顔が隠れていたが、よく見ると青二才かなぁ?二十代後半?三十を過ぎポイ……けどスラっとした容姿だけミュージシャン風に見えた。  

「(日葵)あらぁ、ありがとーぉ」

「(青二才)自分のは汚れてないし。俺、三袋も買ってあるから持って行ってよ……」

娘と青年を見かねたキッチンカ―の店員が割り込んで「お嬢さん!半額!半額! また作るから。サービス!サービス!」を連呼して再注文を促してきた。

それではと、作って貰ってる間、青年は、そのオーチャド定期演奏会の楽団員のバイオリン奏者であると云う。

「(青二才)この辺はよく来るんですか?」 

「(日葵)えーぇ、たまに」

「またお目にかかれたらって思て……。あっ、厚かましいこと云ってすいません」 

「バイオリンですか。音楽好きです。私、今ピアノ教室に通ってるけど上手じゃなくて」 

「音楽は練習じゃないから、ある程度まではいけても。感性だから。この感覚を鍛えたほうがいいです、これ次第で音楽の醍醐味は生まれるんだよーね。しかも綺麗な方だから綺麗な旋律の持ち主になると思うよ」 

「(見え透いたお世辞やろう)きれいじゃない。じゃ、ありがと」と言うとサッと駆けてゆく日葵(何さ、あの格好つけた言い方。風貌だけはいっちょ前だけどさ)。

じっと見ていた卓。

改めてこの地でよかったぁと実感していた。

オーチャードホールから代々木公園まで徒歩凡そ八分、ゆっくりなら十分くらい。

他に新宿御苑までなら家から徒歩五分。

この立地で暮らしている卓と日葵の今。

生まれて初めて家族の温かさの何たるを知った卓。

幸せだった。

恐いくらいだった。

二度と手放したくなかった。

それだけに余計に自らの身を守らなければと自分の立場を痛感していた。

どこから見ても他人には、仲の良い父娘と映っていた。

「(日葵)お待ちどー。これ!」

「(卓)好きだなーあ、ちっちゃいときからよく食べていたよ」

「うん.憶えてる。卓さん、カレーライスの中にもタコ焼き入れて食べてたもんね」

「やたらに知らない人と話さないほうがいいよ」

「話してないよ。挨拶仁義ってマナーみたいな」

それ以上、沢はこの話題を変えたかった。

「さあ!行くか」

「待って!おんぶしてあげる!力持ちなの知ってる。乗って!」

「もーお、みっともない。いい歳の娘に男がおんぶされてるなんて。世間が変に思うよ」

「娘じゃないもん。彼女と彼氏だもーん」

「オイオイ」。自棄に愛おしく感じた卓。

……この子の幸せを本当に願うなら、このままそっと娘としておいほうが幸せ「…………」。


雑踏の街中に、ひと際目立ってる女の子が!――白うさぎがまるで跳ねるようにステップ踏んで駅から降りて来た陽葵の姿。

目が釘付けに留まった男。

「あら―ァ⁉ 日葵?――そだ!日葵だ!」

たまたま身っ掛けたのか、好きで探し周っていたのか、見掛けた啄。驚くことに、その「たく」という名の者は、あの宿主「飼手の長男」であった。

琢は、帰宅すると、さっそく開口一番「おふくろ!見たよ、日葵だよ!」

これを聞いた琢の母は父の夫に告げた。

知った父は琢に直接訊き直した。

「本当に見たのか?何処で見たんだ?」

父は念を押すようにしつこく訊いてきた。

「そうか……ってことは東京の何処か?――都心?にいるんだな」と居場所を詮索するようになった。

さっそく飼手は最寄りの警察署へ駆け込んだ。

「さらわれた娘の姿を見かけたので捜してもらいたいのですが」と、被害届を行った。

当然、全国の警察署は知るところになった。

警視庁捜査第一課もこれを見た。

担当刑事が金綱の所へ「笹本の居所がわかった以上、もお!捕まえられますよ!」と得意顔になって告げに行く部下の茨田刑事。

「原宿駅下車なら日本中の若者なら皆んなだろ。それのどこが居場所なんだ?なにが捕まえられるだ!」とケンモホロロな扱いにガックリして警察を後にした飼手。

金綱はそう云ったもののその被害届を出した飼手に今一度じっくりと話を聞けば何やら見つかるか、おもしれないと考えだした。

金綱らは捜査に向かった。

一度逮捕したが証拠不十分で現釈放の身である以上、再逮捕はできない。

では現行犯逮捕しかない。

理由はその現場で、どうでもいいことを拵えるしかない。

現行逮捕することで、逮捕状なしで誰でも捕まえることできる。

準現行犯人――刑事訴訟法212条2項。

その前に、それを確実視しておくために。

「キミらは二人ずつになって玄関と裏をそれぞれに着いて! キミは俺と一緒に!」。四人の警察官・部下の茨田刑事一人と金綱一行計六人は飼手の自宅兼宿泊棟を囲んだ。

「こんにちーわ! 警察です!飼手さーん!」

「これはどうもどうも。わざわざお越しいただいて。笹本のヤロ、見つかりましたか⁉」

「ちょっと伺いますが、さらわれた当時の児の歳は六歳でしたね。それが何故この十七歳になるまでその子を今被害届となるんですか?」

「……それはですね……探しましたよ! 一生懸命! うちもこの宿泊所であのとき手が忙しく、ついそのままになっただけで……。それが何か?」

「ダメだな、そんな不自然な理由じゃあ。正直に言ってくれなと飼手さん!警察に来ていただいて伺うことになるけどな、今笹本と云ったね。それはどゆう関係だったんですか?」

「ヤツが唐突に押し込んできていきなり娘をさらったんですわ」

「息子さんの話と違いますな。『長年養育した権利があるんだから保障して貰わないと、っておやじが大金を貰っていましたけど、って。……これで俺がチャリをパクった話は無しにしてくれるんでしょ』と云ってましたが。ダメだよ、いい加減言っちゃ!」

すでに部下の刑事が階上にいた息子の琢から事情を聴き引き出していた金綱に耳打ちをしたのであった。

「刑事さん、あいつはバカ息子で出任せですよ。その証拠に俺は盗んだ笹本を追いかけて殴ってやったけど逃げ足速くて。本当ですよ!さらわれたってのわ!」

「飼手ッッ!」。怒鳴る金綱。

「なんならゆっくり泊まりながら警察で話してもらってもいいんだがなぁ――その当時、殴られ蹴られたのはオメエだろ。

そのとき幾ら金を要求した!

2千万円だろ。

証人も証言も挙がってるんだよ。

店の店員らが皆言ってたぞ。

しかもだ、オマエの当時の一千万円は何処から入ったんだ。通帳は消えてもちゃんと銀行には記録が残ってるだよ」と脅す金綱。

ついに観念。

とろとろと実情を吐露し始めた飼手。

「なあ、オマエをとって食おうとは思ってない。警察への協力次第では、この違法建築は何だ! これも見逃してやろってんだ。オマエさん次第だな」

これが『考えてみた』と当初金綱が企んだこと。

「旦那、おっしゃる通りします。で、わしにしてもらいたい事とわ?」

「お前の云った二千万円欲しいだろ。そこでだ、笹本と接触して取ってやれ!

恐喝罪を捏造して、この事件を仕上げろって‼」。

金綱の企みは佳境に達し「警察が仕組んだとバレたときは、詐欺罪などの前歴もある飼手の事、裁判所が信じるはずはねぇ!」と自ら警察は逃れらえるとの次の次の下心満点の金綱であった。

「旦那アタマいっすね。そうしたいのは山々ですがヤツが何処にいるかまったくわからないんすよ」

「それを探すのがオマエだ!」


夜半からの雨もすっかり上がり、空は紺碧色をしていた。

「迷っちゃった、あんな色々あるんだもん」

日葵はネットショップ @TokyuHands でガラス付き扉が前面にある大きなのを、多に取ったいろいろと迷いながら、あれだこれだの末に、これ!と言った本箱を注文した。

帰路、卓と代々木公園で焼きそばを頬張っていた。

袋から取り出したコスメを手に取り「卓さん、これやっぱ派手だったかなぁ」。

「派手なのが流行ってるらしい」

ホップ・ステップ・ジャンプと小走りに飛び跳ねた姿を後にした卓。

「ハラキン卓! がんばって‼」と日葵のエールを背に聞きながらここちよく走って行った笹本卓。

「久しぶりー!こんにちわ」

例のオーチャードホールの青年だった。

「偶然!二回目の。よく来るんですか?」

「いや、あなたに会えるかと……」

「え!? ストカーはダメよ。ところでお幾つですか?」

「幾つと思いますか?」

「上の歳ってわからないなーぁ。二十歳後半?」

「24です」

「七個上か。もっと上かなぁて思ってた」

「もっと歳下と思ってた。こんな綺麗な女子、女優以上だよ」

「みんなそう云うエへへへへへ お坊ちゃん?」と茶目っ気たっぷりな作り笑いをする日葵。

「どうして?」

「靴はイタリア製っぽいし、メールやウエブ機能付きスマートウォッチはしてるし、しかもアップル製って高そ」

「よく知ってるね。親のカードだからね。えーと、お名前は? 自分だって何十万何百万円もするシャネルの時計でしょ。令嬢でもなければできないよ」

「ダーリンからのプレゼント」

「ダーリンって彼氏?」

「カレシ! ソレ以上!」

「ヒェー!羨まし過ぎ、ってどんな人?」

「パパ兼ダーリンってこと」

「参った!参った! 敵わないわ」

「いーでっしょ」

「『ダーリン兼パパ』って言ったけど、もしかしてパトロン⁉」

「十五歳上の彼氏、家族。優しくて強くて頭は抜群だし」

「えっ?お父さん⁉ って中三で産んだの?」

「ヒミツ」

「…………」まぁイイ。お父さんなら恋愛対象外、よかった。

ホッとした蒼馬。

「あの人誰?」戻るくるや否や、訊いてきた卓。

「バイオリンおたく。オーチャードホールの楽員だって。それで偶々優しくてくれたことがあっただけ」

「タコ焼きのとき話しかけたやつか」

「あれぇ、あの時見てたの? 知らないと思ってた」

「日葵のことはなんでも知っておきたいんだ。親としては当然だろ」

「それだけ?」 

「親として。…………。さ! 本箱も買ったし、入試に益益精を出さないとね」

今の真っ当な人のあり方になれたのも、紗花との約束を守った、産まれた日葵を救い出し、共に暮らして得たこれらは宝物の全てが、人らしい生き方を教えてくれた。

もし、そのようなことが起きていなかったらいまだに皮肉れた、人を信じようともしない、恋と金目当てに女をだまし、売られた喧嘩は上等と、商売優先と飾った言葉を目の前の餌にして商売稼ぎをモットーと姑息な生き方の、とにかく人の上に立って見下す、クズで終わっていただろう。

そのためにも追う殺人者を捕まえようとする警察からはゼッテイ逃げ通す!


今日で、通うこと四回目。

しかし今日も見初めた女子を見ることはできなかった蒼馬。

会えたのが土日だったことから二日間はこの曜日に代々木公園に貼付いていたが又もカラブリ。

それではとウィークデェを狙ってみたがこれもサンシン。

諦めるもんか!どうすれば会えるのか?……頭はほとんど全部日葵!日葵!日葵!ゞ! 今日も埋め尽くされ悶々とするなか、帰宅。

程なくして、数時間後の深夜も近い頃「蒼馬さま、お父様が呼んでおりますけど」とお手伝いさんがドア前に告げに来た。

今日も深夜帰宅の父「もう飯は食べたか!? まぁ、座って飲みなさい」

マルティノー ナポレオン・アルコール度40以上。

火を付ければ即刻青く炎をたて燃える酒。

口どけが甘いだけに看々気づかずに飲んだ後が大変。

高価格四千円から数万円もするブランディ。

普段酎ハイかビール党な女性でも香りがグッなだけあって惹かれやすい代物。

独身女性が勧められるときは即回ってフラフラ。

最大限度はワイングラスなら一杯の1/3くらい。

すっかりほろ酔いホロホロ加減になった親子。

「もう幾つだとおもう?」と父は自分を指差し息子蒼馬に問うった。

「えっとぉ、七十二ですか?」

「七十七だ」

父偉馬は自分を指差し息子蒼馬の目をしげしげ見て云った。

この偉馬には長年連れ添った六歳年上の女房がいたが、子宝に恵まれなかなった、それから程なくした四十九歳のとき乳癌で失った。

その後、赤坂料亭で働く愛乃という芸妓を見染め結婚をした。

既に妊娠していた。

それから数か月後、分娩室へ。

その際に出血が止まらず帝王切開を施したが息を絶えてしまった。

偉馬が愛乃と付き合い始めて自らの死の直前まで親友として常に添っていたのが同じ芸妓であった当時婚期を過ぎていた四十四歳の現在のお手伝いさん幸美であった。

幸美は生活面全般に於いて優遇され、その上、破格な高額の給与を以て、生まれて育つまでの蒼馬の母親代わりを頼まれ面倒をみて来た。

月々五百万円万円ほどかかった偉馬の政治事務所の経費から落としていた。

「わしも老い先は短い。今のうちに……」

「百歳の時代だから、お父さんまだまだ何十年も。歳なんか全然関係ないよ」と気遣って云った息子蒼馬。

「そうじゃない。おまえいい加減音楽辞めてお父さんの跡を継がないと……」

自和党派閥会長を勤める偉馬が、国会議員定年制の導入73歳の議論が国会で高まってる最中から、息子を後釜にするには今が潮時と考えていた。

「継ぐって?」

「国会議員になるには先ず顔を売らないと始まらない。手っ取り早い話がお父さんの傍に居て秘書をすることだな。知己を増やし後援会も応援してくれるようにする事からだ」

「…………」。蒼馬は、それどこではなかった。

頭にあるのは代々木公園の女子だけであった。

「いい話だと思いますよ。私たちには成れたくてもなれないチャンス、やったほうが」と幸美さんが口をはさんだ。

しかし蒼馬は黙ったまま……。

もしそうすると、代々木公園女子を見つける時間も無くなるのでわ、と返答に躊躇していた。

「じゃ、やるんだな! あんな芸術だか見世物だかわからんものをやっても貧乏暮らしが落ちだ」と語気を強めて父も諭した。

蒼馬は、自分の人権を全面否定されたと捉えた。

奴隷じゃない!と切れた。

「放っておいてよ!ぼくのことなんだから!」

「なーにい!その口わ!」。ビッシ!父のピンタが息子の顔面に炸裂。

テーブル上の瓶からブランディがこぼれ落ちた。

“覆水盆に返らず” こぼれた水が元に戻ることは無い。

勢いよく立ち上がる息子。

勢いを付けてドアを開けた。

閉める “バッシャーン!” テーブルからブランディが落下した。

部屋に戻った息子の後を追って来た父は「出てけ!」の雷鳴イッパツ。

親子関係も、落下した。

付いて来たお手伝いさん幸美「お父さんはあゆう性格だけど根は蒼馬さんのことを思って云ってるのよ。だから……」

聞き終えないうちいに蒼馬は「いつもじゃん! 俺は親の付属品じゃないんだ! 幸美さん、お金貸してくれる?」

「まさか!出てくんじゃないでしょうね?」

「音楽(あの子をモノにする)を続けるのはこれしかないんだ。金は返すから!」

「それはいいんだけど……独り暮らしって思ってるより大変よ」

「貸してくれないならいいよ! 自分で稼ぐから」

じっとお手伝いさんは蒼馬の顔を見入って「ちょっと待てって」、と云い終わると何処へ行って急いで戻って「当座のお金ね」と百万円らしき封の付いたままの札束を渡した。

「但し!必ず連絡先を私に伝えること! 分かって!」

その足でお手伝いさんは偉馬の所へ行き「(斯斯然然)これでよろしかったのですか」。

偉馬は「ご苦労さん。まぁ、少し苦労すれば戻るよ。『可愛い子には旅をさせよ』と云うしな」

すでに偉馬はお手伝いさんとの間に喧嘩後を見据えて仕組んでいたのだ。

一旦決めると動じない性格は、ワシ譲りだしなと、先手必勝、いや、親心……と独りブツブツ自分に言い聞かせている父の横顔。


代々木公園の野外ステージを抜けると噴水の個所に腰を下ろしマックをバクバクしていた蒼馬。

そこへ「あらぁ、久し!」。

狂喜した蒼馬。

「今日で小一か月もだよ、待っててんだかラララ」。

甘えだか感動しすぎだか。

すると「一か月も待ってたの。禁止ーストカーだあー」

イタッズラっぽいお道化顔をプレゼンして返した日葵。

「(蒼馬)家はこの近く?」

「(日葵)ひ・み・つ」

「(食い下がる蒼馬)つーのは、いつも歩いていたのが此処!? その前もお父さんと此処を散歩してたでしょ。だから近くだな」

「蒼馬くんの方こそ、ここいらに住んでて⁉」

「代々木公園から近いとこに引っ越したんだ。最近」

「マジ!?おっとまげ。高かったでしょ」

「普通だよ」

「ってどんくらい?」

「ワンルームで狭いけど月十三万円。あと月々の管理費が一万八千円。合計十四万八千円だけど」

「ゲッ。ってお金持ちなんだねぇ」

「お金はアイテム。目標は。アイテムを使って、幸せラクチン暮らしをすること。主役はマネーじゃない、人だよ」

「へーぇ、かっけぇ。わたしも同感だよ」

「今度また会いたいな―あー……よければぁ」

「いいよ。水曜学校早いから、三時過ぎになるけど此処通るから」

「やりーいーい! で、よけらば今からでもお茶しない」

「ゴメン。明日までのレポートこれからしないと全然間に合わなくて! 今日楽しかったよ、バイバイー」

そうかぁ、だから重そうな大盛堂の袋を持っていたのかぁ。

チェッ!住所もメアドも聞きそびれたわ……。

「どんな人かもよくわからずに女子が男と気易く会うのは用心したほうがいいからな」

「パパ嫌いー!」――都合が悪いと「パパ」vs 機嫌がいいと「卓」か。

水曜日ごとに陽葵が代々木公園で会っていたのを知る所となった卓が、心配になって、注意を喚起したときの言い合いになっていた。

日葵と卓の家は渋谷駅から二つ先の駅。

東京メトロ副都心線から降り徒歩5分の所。

二階の部屋からは新宿のビル群。

180度向きを変えると渋谷の街。

近くには新宿御苑、国立能楽堂、温水プール付き東京体育館。

ミニ富士山を擁した鳩の森神社境内の小山。

大都会とは思えない閑静な住宅街を控え高台一帯を占めていた。

渋谷駅までなら原宿竹下通りひとつ道を超えると直ぐ東郷神社。

池に亀さんや鯉たちが憩っていたり、ここを過ぎると原宿駅と野生の鳥たちが集う明治神宮。

そしてそのお隣に代々木公園と日葵が安らぐエリア。

まるで日葵が下宿人の労働者であった時とは、天と地の落差。

もし、あのとき卓さんが六歳の当時浮浪者そのものだった生活をしていたわたし幼児を見つけてくれ、その後救ってくだされ、育ててくれなかったら、今の私は無いわ。

とても紳士、とうてい殺人逃亡者なんて嘘に決まってる……いいの!わたしの王子様であれば……だって幸せを教えてくれた生まれて初めての人だもん。


ここ二日間の大雨も正午にはあがって嘘のような青空。

「よーし!今日は久しぶり、街を、梢を、花を、生き物たちを、上手い食い物屋を、観察に行くぜ」

渋谷駅下車。

原宿駅前辺りを、ゆったり悠々と、闊歩。

表参道通りを過ぎるころから,最前より妙な勘が奔っていた。

振り返るとあの琢ではないか。

付けていたのか。

何のために。

警察への通報のためか。

通報の目的は何だ。

住居となる居場所を知るためだろ……。

そのうち、笹本と周囲の全財産、それに子日葵までをも、一網打尽か。

こちらにも予期せぬことが起きていた。

予てからの金綱の飼手に対する要請に飼手は今実行できるぞと応じていた。

過日金綱は飼手を脅し『そのとき幾ら金を要求した!2千万円だろ、証言は挙がってるんだよ、店の店員らが皆言ってたぞ。しかもだ、オマエの当時の1千万円は何処から入ったんだ。通帳は消えてもちゃんと銀行には記録が残ってるんだよ」 「なあ、オマエをとって食おうとはいってない。警察への協力次第では、この違法建築は何だ! これも見逃してやろってんだ。オマエさん次第だな』のごとく、手も足も出なくなった当時を今こそ!と意気揚々と直接金綱宛に警視庁を訪れたのであった。

「旦那!あの笹本のヤロ見付けましたよ。これでお手柄頂戴できますね」

飼手は “捜査特別報奨金制度1千万円” を狙っていた。

「お手柄? 殺人『容疑』ならな」

「エーッ? どおいうことですか」

「笹本のヤロウを見つけただけだろ。住んでる居場所じゃないだろ。生活の拠点を押さえてから、参考人か、『容疑者捜査』に変わるかなんだよなッ」

「(飼手)………?」


蒼馬と父とは疎遠のままに暮らしていた。

その中、お手伝いさんの幸美さんが血相を変えて「お坊ちゃん!今すぐに来て!」。

お父さんが倒れた!と、蒼馬のアパートを叩いた。

父は病院のベッドで体中に管だらけを付けままの状態で無言な顔をタオルに埋めて横たえていた。

脳溢血で絶対安静です、ここ数日が山です、と医者が告げた。

その翌日早朝、お亡くなりになりました。

看護師から速報で、クモ膜下出血で既に手遅れだったとの説明。

原因は、喫煙、飲酒、野菜少量肉類多、肥満、運動不足、短気症、という典型的な生活習慣病で放ってくうち増えた脂質が少しずつ何十年にわたり血管の内側にたまって血液の道を防ぐことに因って起きていた、と日頃から診てもらっていた顧問医師と病院主治医からの検査報告であった。

人は強い、弱い、あっけない、しぶとい、いったいどれであろうか、堂々巡り繰り返す蒼馬だった。……生きてるうちに、してやれることがいっぱいあったのに……。死して人は弱い、生きて人は強い。――生きてること自体が強さの証明だ。


今日も佇んでいた日葵、例の代々木公園に……蒼馬は来てない。

メールしても電話しても「お客様のご都合でご使用なれません」。

「どうして?どうしてなの?」

とうとう、アパートに行ってみた。

引っ越していた。

何かあったのかしら?……

「ぼくのお嫁さんになってください!」と何度も告白していた蒼馬。

ついに意を決し、蒼馬の云っていた住所を探しながら訪ねてみた。

豪華な構えの邸宅であった。

出て来たのは、聞いていたお手伝いさんの幸美さん。

日葵が事情を説明すると幸美さんは家の部屋に案内してくれずに玄関口のフロアーに座布団一枚を敷いてくれた。

どことなく違和感が過った。

幸美さんは「蒼馬様はあなたのことを気になさっていました。ところが現在お父様が会長をなさっていた職を引継いだ新会長の下、秘書役を勤めて先々政治家を目指す意向で……」と事務的な話だった。

続けて言うことには「ご婚約なさらたのではないでしょ。もし、本当にあんたを愛していたなら、私どもにも何らのお話の一つもあったはずです。言っては何ですが、あなた騙されたんじゃありませんか」

期待いっぱいで訪問。

今涙でいっぱい帰路。

止まらない涙。

凍った胸のうち。

煮えくり返った胃。

悔しさでいっぱいの軌跡。

すべては卓くんのせいだ!

親としてしか見てくれない。

女としてはどうでもいいのね。

ご飯を食べるために生きるてるんじゃないわ。

愛され、愛する、人のために毎日ご飯食べてるの。

日葵はハッと気付いた。

座布団から跳び発った。

まっしぐらに!玄関口に顔を向けた。

「これ、どうぞ。少ないですが百万円の小切手が入っててよ」と幸美が肩越しに渡してくれた。

封筒を下に投げ捨てた。

一目散に玄関を後に走り出した日葵。

どこをどう走ったか分からなかった。

目の前にちっぽけな小児用の遊具が備えてある公園に突き当たった。

木馬のトーイに腰を落としアップルパイをバッグから取り出す。

口に頰張った。

食って、食いまくった。

すると背後から「泣かないで。誰がいじめたの?」と小学低学年の児ふたりが云った。

「んーん、目にゴミは入ったの」と日葵は残りの一個を「あげる!」と勧めた。

「ありがとーお」とふたりは小走に跳ねて行った。

よく食べていた卓くんにあげたかったアップルパイ。

テッシュで目元と頬を拭いた。

手で口を拭いた。

酸っぱかった。

ザケンな!一言怒鳴った。

茂みからにゃんこ子が驚き勢いよく跳び出て来た。

猛スピードで一目散。

泣くな!負けるな!驚いた!女じゃないこと恨む。

どうして抱いてくれないの。

わたしは只のお人形さんじゃない。

唯の娘じゃない。

唯の独りの女なの。

どうして分かってくれないの。

卓のバカ!


「只今! おっ、何? もしかしてチーズケーキ?」

「(卓)ビンゴ! こっちはオソロなセーター。着てみて」

「(日葵)珍し! お土産なんて……どうかしたの!?」

「いや別に」

「わたしね、今日、卓さんに……卓くんに、サービスしちゃうw」

「サービスはもう十分して貰ってるよ。日葵が安全に、幸せに、こう暮らしてるだけでサービス満点だから」

「わたしもぉ同い! 卓さんイノチ!」

「オイオイ、命だなんて大袈裟な。う?どうした?何かあったのか、シャツの黄色?そんなにたくさんも……」

「なんでもなーい。ちょっと目のゴミが取れなくて」

「なーぁ!日葵! 好きな男性が、もし現れたらいつでも思い通りにしてな! 俺を気にしちゃダメだよ、自分のことは十分独りでやってける年齢になってるからな」

「キライ! 陽葵大好きだよ、卓さんが」

「オ!サンキュー」


「好きなのは娘としてでしょ」

「今日、どうしたんだ?」

「どんかん!」

「………」

ところで万が一の万が一だよ、いつか云おうと思ってたけど俺が亡くなったときは、または、家に戻れなくなったときは、これが暗証番号!忘れたら “日葵の誕生年月日を逆から打つこと、最後はhを打って” 。

そして開いた書類などと一緒に通帳セキュリティコード等が入ってるからそこに書いてあるスイスの銀行等他行からおろすんだよ。

一生涯暮らしていける620億ドルがこの金庫にも入ってるからな。

しかも火災耐火性六時間以上だよ。

自由に使って! おばあちゃんになってそれでも残ったときは俺が育ったような施設に寄付してな。

あと、ちなみに、国内銀行に預けると万が一だけど厄介な事がバレる。

そこはどうして隠しておく必要があるんだ。

日葵は日本ではそこんとこは、とことん隠すんだよ、一生。

俺が居なくなっても国が取り上げる可能性があるんだ。

だから海外に移転したってわけ。

「わかってくれた? あーあ、これで云いたかったこと全部云えたぁ」

「いやーだーあ!そんな遺言みたいなこと云わないで! 捕まった死刑を覚悟してなの?」


ひらひら風になびき、表を裏をヒラヒラ、舞い落ちる紅葉。

高原の秋は早い。

人の思いもまるで季節の移り変わりのよう。

「八月なのにトンボ、可愛いー!頭赤くて」

「だね!八月なのに長い髪の毛、可愛い!栗色に光って」

「あ、からかったぁ、バカにしないで。これでもこの髪に憧れてる子いるんだから」

軽井沢別荘に来ていた卓と日葵だった。

夕刻になる頃、遠く山に隠れる夕日。

星たちのまばたき。

瞬きに映るふたりの姿。

卓が振り返ると、一糸まとわぬ女が。

急ぐように、抱きついてきた。

止めなかった。

そのまま予期してるようだった。

頭と体は別。

急遽、卓の身体が反応した。

止められなかった。

まばたく光りに映る男と女の姿美。

ひとつ身体になっていた。

「もう、日葵は、娘だけど、おれの女になったぞ! いい⁉」

「アタリメエよ! くよくよするな! 女一匹が守るからよ。安心して付いて来い」

「アハハハハハハハ」

触れる肌と肌が心地よかった。

幸せと幸せが重なり合う。

初めての男と女になった悦び。

善かった。佳かった。

父娘よりもずっと新鮮な気持ちになれて嬉しかった。

歓びの日々が訪れ始めた。

翌朝早々、そこへ警察官が急いで訪れて来た。

「この住所の方はこちらですか?」と尋ねた。

「それが何か?」

「東京にある邸宅が火事になっているという至急連絡が入ったので、もしかしたらと」と告げに来ました。

血の気が引いた笹本。

もう三日間滞在する予定だった別荘を後に急遽東京へ向かった。

すでに鎮火した跡だった。

消防署署員による現場検証が始まっていた。

「ご近所の話では電灯が点いたままであったとの事、まさかと思いましたがご無事でよかったです。火元が家に中に見当たらないので放火の線も含めて検証しますので……」

恨みを買ったか……。

数日後、そこにはブルドーザーが作業をしていた。

卓がそこに居た。

大きな金庫を掘り出していた。

「(卓・日葵)無事でよかったー!」 

「さすが運に強いわ!卓さんわ」

「(卓)火事は柱まで根こそぎ奪うが、命までは奪えんわ!ざま―ァ」

二人してカルピスソーダをヒトっ飲み。

よいっしょ!ヨイッショ!と、荷台に金庫を運び入れていた。

「村なんて所はいくらでもあるわ。日本だけが村じゃないのよ」

「ん!?学校は?友だちは?それに……」

「卓さんの居るところが学校、友だち、家なのぉ!村なの~!」

キョトンと舌を出して笑って見せた日葵。

「アチャァ~! 参った参った日葵にわ」


追われる身。

生活に。仕事に。宿題に。

他者から。物から。感情から。

緊張感や、不安感。

焦り。間違い。被害。加害。

どれも生きてく時、付き物なのよ……。

さーあ、負けるな! 勝ち抜け! 愛する者のために!

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