愛が故
カイ⋯男、ユリナの彼氏
ユリナ⋯女、カイの彼女
アヤ⋯カイの同僚、ユリナの友達
「あなたって本当に魅力的ね」
そんな事を言った君はあの日僕の前から姿を消した。
僕の前というか、この地球から君がいなくなった。
穴の空いたタンクに水を入れても溜まることはないように、僕の心も満たされることを忘れていた。
毎朝同じアラームで起き、似たようなテレビを観て似たような朝ご飯を食べる。
「行ってきます」
その言葉への返事、パタパタと小走りで見送ってくれる姿はもうどこにもない。はずだった。
「ねぇ、お弁当忘れてるよ!」
あの声、あの足音、そしてあの笑顔。間違えるはずもなくユリナだった。
「ユリナ?どこ行ってたのさ、いきなりいなくなったから心配してたんだよ?」
「どこって、かいくんとずっと一緒にいたじゃん?」
俺かおかしいのか?これは幻覚か、まさかテレビでやってた一人なのに悲しさを埋めたくていないのにいる的なあれか?わからん、ただ目の前にいるのは間違いなくユリナだ。リアリティのある夢を見すぎて現実と混雑してるだけだ、そうに違いない。
「えぇと、あ、弁当…そうだ弁当忘れちゃったね」
「もぉ、私の早起きの意味無くなっちゃうところだったんだけどぉ?」
皮肉を交えながらネクタイを直す、当たり前だった日常が何年ぶりにも思えるこの感覚、悪い夢を見たせいだ、早く目を覚まさなきゃな。
家を出て駅に向かう、その間でエナジードリンクをコンビニで買ってみた、いかんせんこの手の飲み物は好きではない、眠気覚ましと銘打ってるが実際は甘ったるい炭酸ジュースをちょっとそれっぽく味付けしただけで効果などないだろう。まぁ背に腹はかえられぬと一口飲んだ途端、猛烈な目眩が襲ってきた、眠気が覚めるというより、気絶する時に近い、なんだこれは、普通の飲み物じゃない……
目が覚めると、またベットの上にいた、ユリナは俺の横でまだ寝ている。
「ちょっと、寒いからいきなり起きないで、布団がそっちいくじゃない」
朝が弱いにしても口調がキツい気がするがまぁいい、これでやっといつも通りだ。
「行ってきます」
言うのが動作と化している言葉になど、返事が来る訳もなく、家を後にした。
職場につくと見慣れた顔の女がこちらにニヤニヤしながら向かってくる。
「どした?またユリナに怒られたのかぁ?」
鬱陶しいくらい小馬鹿にしてくるこいつはアヤ、俺の同僚でありユリナとは高校の時の友達で俺にユリナを紹介してくれたのもアヤだ。
「うるせぇ、お前のそのニヤケ面みるとユリナが恋しくなっちまうよ」
「はぁあ、惚気カップルは羨ましいねぇ、さぁ仕事仕事」
たまにこうやって幸せをおすそ分けしてあげるのがコイツの対処法だ。
「ちなみになんだけどさ、カイってコーヒー飲めるっけ?」
「飲めるけど…?なんだよいきなり」
「いや、特に意味はないんだけどイメージないなぁって」
「タバコ吸っててコーヒー飲まないのは男じゃねぇのよ」
「うわ、昭和生まれみたいなこと言ってるよ」
「俺はビンテージを愛する平成生まれなの」
「まぁなんでもいいけどさ、はいコレ、旅行先で買ったからおすそ分け」
そこにはいかにもな畑といかにもな外国人の顔が印刷されていた。
「貰っといてなんだが、多分空港で買えそう…」
「本当に失礼すぎない!?まぁ飲んでみたらわかるって」
早速アヤは俺にコーヒーを淹れてくれた。
確かにコク、香りはそこら辺のとは明らかに違う。
ただこの味はなんだ?まるでレモンでも入ったかのような酸味。
「!!」
次の瞬間俺の舌に強烈な痛みが襲ってきた。
「あんぁよ!こぉえ!」
舌が痺れてまともに話すこともできない、アヤを問い詰めようにもアヤはまるで怨みでもあるかのような目で俺を睨んだまま立っていた。そしてまた目の前が真っ暗になっていく。
「は!」
起きるとまたベットだかユリナは横にはいない、いたのは裸のアヤ、そして裸の俺自身だった。
「なんで...お前が俺とユリナの家に?ユリナは!?」
「何寝ぼけてんのさ、ユリナはもういないじゃない」
細いタバコに火をつけながらアヤは答えた。
「あぁ、そうか、ユリナはいなくなったんだ」
「もうハッキリ言いなよ、私達が殺したって」
その言葉に俺はなにも返せなかった。
身支度を終え、仕事に向かうために玄関を出る。
「いってきます」
「待って、お弁当」
吐き気がするほど似ていない言い方に少し苛立ちを覚えた。
「私の早起きした意味無くなるじゃ~ん、どう?これユリナが言ってたんでしょ?似てる?」
「やめてくれ…」
思い出したくもない笑顔を朝から思い出してしまった。
電車に乗り、職場へ向かう、スマホとにらめっこしてる女子高生、それを盗撮してるキモイおっさん、泣き止まない子供にため息混じりであやす母親。
様々な感情が入り交じった空間に少し自分を落ち着かせられた気がした。
「あの…」
さっきの女子高生だ。ナンパにしては年の差があるだろう。
「どうしたの?」
「あの人多分動画撮ってますよね…助けてほしいです」
おいおい勘弁してくれ、盗撮を肯定する訳では無いが駅員に言うか直接言えば済むだろう、俺は正義の味方とモテはやされるのは嫌いなんだ、ただここで正直なことを言ったら俺は社会的に死んでしまう、致し方ない、助けてやろう。
「おいあんた、アホな真似はよせ、明らかに撮ってるのがわかる、警察呼ぶ前にここでやめときな」
クサイセリフになってしまったがまぁいい、止められたのなら結果オーライだ。
男はふと立ちあがり俺の耳元で囁いた。
「ユリナに似てるよな、あの子」
目が飛び出そうなほど動揺した、なぜこいつがユリナを知ってる?なぜ俺がユリナの知人であることを知ってる?冷や汗と同時に目の前がまたフェードアウトした。
目が覚めるとそこは家ではない見知らぬ天井だった。
「やっと目が覚めたんですね、電車で倒れたから運ぶの大変だったんですよ?」
窓に映る空を見る限り、もう夕暮れに差し掛かっていた。
「どうですか?具合の方は」
恐らくここの医師であろう男の声に反応し、顔を見ると、そこにいたのはさっきの盗撮犯だった。
「アンタ、さっきのとうさt…」
言いかけたところで俺は考えた。こいつをここで問いただせば間違いなく警察に連れていかれ、先程のユリナのことは聞けずに終わってしまう、それだけは避けたい。
「さっき、ユリナのこと話してたけど知り合いなのか?」
フッと笑ったあとそいつは答えた。
「知り合い?違う違う、あいつの元彼だよ、お前と付き合う前の」
思えばユリナと付き合った当初から互いの過去の恋愛は聞いたこともなければ話に上がったこともなかった。
「あぁ、でもなんで俺もユリナを知ってるとわかってたんだ?ストーカーでもしてたのか?」
「やめてくれ、盗撮は隠れてするからロマンがある、ストーカーは全く別物だ、一緒にされてはたまらん」
こんな奴がユリナと付き合ってたと思うと無性にコイツを殴りたくなったが、別れてから歪んだのだろうと思うことにした。
「それは知らんが、じゃあなぜ俺を知ってる?」
「ユリナを山で刺したのも知ってるぞ?アヤと2人で」
また意識が飛びそうになるのを抑え、冷静に聞き返す。
「悪いが俺は覚えてないんだ、ユリナがいない理由も、殺したなんて事実も」
「本当のことを知りたいか?」
その言葉に少しノーと答えたい気持ちもあったが、自分が本当に殺人を犯したとするなら今すぐ自首しにいく覚悟はできてる。
「あぁ、教えてくれ、ユリナが消えた日、俺やアヤになにがあったのかを」
掛けていた眼鏡を外しながらそいつは話し始めた。
「利用されたんだよ、アヤにお前は」
「アヤが?俺を?」
「今からそれを説明するんだろ、いちいち節々で突っかかるな、めんどくさい」
盗撮犯のくせに偉そうだとは思ったが、確かに落ち着いて話を聞くことにした。
「まず、アヤはお前と付き合いたいと思っていた、そこで今お前と付き合ってるユリナが邪魔だったんだ、そこであいつはお前自身を使ってユリナを亡き者にしようと計画したんだ。睡眠薬を大量摂取させ、ある意味ハイな状態を引き起こすことで記憶もユリナもさようならってとこだ」
「ちょっと待てよ、話を遮って悪いがなんでアンタがそんなこと知ってるんだよ、直接聞いたわけじゃなし」
「それはな、アヤは最初に俺にコンタクトを取ってきたからだ、ユリナに振られた俺がユリナを恨んでると思ってたんだろう」
「なるほど、でもアンタが断ったとて、俺に睡眠薬を飲ませてまで殺したいなら、言いたくは無いが自分でやった方がすぐなんじゃないのか?」
「人間、精神がイカれてる時はな、直接なにかをするより間接的に物事が上手くいく方がエクスタシーを感じるもんなんだ、一種の支配欲だな」
「そういうものなのか、まぁわかった、それが本当なら俺は自首するよ、アヤにも罪を償ってもらう」
「そう上手くはいかないんだよ、法律で犯行時精神的に正常な判断ができない状態だったものは無罪になる。そうしたらアヤは主犯でムショ行きだ、ただお前はどうなる?精神不安定で無罪、だが普通の生活はできない、今のこの国は正義の味方気取りが大勢いる、若者だけじゃない、犯した罪を償え、死刑にしろと裁判所に駆け込むじいさんばあさん、噂に尾ヒレはヒレをつけてストレス発散してる町内の主婦、制裁と称し住所特定、凸をしかける一部ネット配信者、電柱にたかる虫のように湧くマスコミ。ある意味ムショの方が楽だと思える世間の目にお前は耐えれるか?」
現実は時に残酷になる、そう言いたいのだろうがあまりにも直接的すぎてメンタルが崩壊しそうだ。
「あぁ、そうだな、とりあえず一旦落ち着きたい、この部屋今日だけ借りていいか?家にはアヤがいる、真実を知った俺が余計なことを話してしまう気がしてならないんだ」
「いいとも、俺はお前を守るためにここに連れてきたんだ。盗撮の件も本当はしてない、ウチによく来る女子高生に頼んでお前を俺に話しかけるよう頼んだだけだ」
そう告げて病室を出るこいつがユリナの元彼でよかったと、俺は本当に思った。
数時間経ったが、俺は眠れないままユリナを殺した罪悪感、そしてこれから下されるであろう制裁の恐怖に怯えていた。
どこに行っても逃げられない、逃げるつもりはないが自分でもわかってる犯行の事実を他者に執拗に煽られることが怖くて仕方なかった。
こんな思考になるならいっそ、このまま死のう。
俺が生きてるからこんな発想になるんだ、死んであの世でユリナに謝ろう。
気が付くと俺は窓を開け、その身を空へと投げ出していた。
なんだ、痛いじゃないか。
ごめん、ユリナ……
また目が覚めた、死ねなかった。いや、確実に死んだ、ただループしただけだ。また違う情景にうんざりした。
その度に俺は死んだ、電車に引かれる、自宅から身を投げ出す、色んな死に方を繰り返した。
そして次に目が覚めると、今度は見知らぬ真っ白な空間にたどり着いた、天国か地獄か、はたまたその行き先を決める閻魔様のいる場所か。
そんなことを考えていた刹那、俺を激しい頭痛と情報が襲った。
車、ユリナと2人、ガードレール、脱輪。
そうだ、俺はユリナにプロポーズをしようと景色のいいとネットで話題の観光地に向かっていたんだ。
そして無事プロポーズは成功、浮かれた俺は山の麓に予約したホテルへ向かっている最中、前から来る対向車を避けようとしてそのまま……
アヤの計画殺人なんかじゃない、あの医師も元彼ではない、俺とユリナが運ばれた病院の人だ。全ては浮かれた俺のミスだ、その事実に俺はまた目を塞いだ。
「ユリナ?どこに行ったんだよ……」
ループは続く、俺の記憶を消して
とある病院、横になる男性とそれを囲む三人。
「カイくん?まだ寝てるの?私もうおばあちゃんになっちゃうよ?結婚式でウエディングドレス着させてくれるんじゃなかったの……?」
泣き崩れるユリナ、車椅子ではあるものの一命は取り留めたのだ。
「もう、アンタは本当に早とちりして...バカ……!」
ユリナの後ろで共に泣くのはアヤだった。
「ユリナさんが意識不明の重体だったもので…軽傷であったとはいえ精神のケアを怠った我々のせいで彼は、こんなに大量のカフェイン飲料と睡眠薬を。本当に申し訳ございません」
医師の謝罪など一切聞かずに、ユリナはカイの手を握り続けていた。
「カイくん?私怒ってないし嫌いにもなってないよ?だから目を覚まして?一緒に帰ろう?」
彼女の声はカイには届かない、そして彼女達はカイの精神がループしてることにも気付かない。
「ユリナ、あの日。事故に遭う前、カイになんて言ったの?もしかしたらそれを言えば反応して目を覚ますかも」
藁にもすがる思いで、ユリナはあの日に言った言葉をもう一度彼に向かって伝えた。
「あなたって本当に魅力的ね」
初めまして、読んで頂きありがとうございました。
普段は歌手を目指して活動しております。歌詞を考える時のストーリー構成の練習として小説を作りました。語彙力や説明不足多々あると思いますがどうか素人の遊びだと思い、今後もお楽しみください。