朝から、プリン。
今日は、朝からプリン。
テーブルには、炊き立てご飯と、焼いた鮭の切り身と、ほうれんそうの胡麻和えと、半熟玉子と、味付け海苔と、お手製のぬか漬けと、あとは具だくさんのお味噌汁が手つかずで並んでいて。
……なのに、プリン。
「あ、これ美味いなぁ。新作のとろけるショコラ。秋限定の和栗も良かったけど」
テーブルを挟んだ向こう側で、ぶつぶつ言いながら一心不乱にプリンをむさぼるのは、半年前に結婚したばかりの旦那さまだ。彼はとっても優しいから、ときどき仕事帰りにプリンを買ってきてくれる。
プリンは、私の大好物。舌の上に広がる滑らかで濃厚な甘みは、私をトリコにする。
でも、その後にやってくるのは……苦過ぎる、真っ黒なカラメル。
「なんかいっくん見てたら、“釣った魚に餌はやらない”って言葉の意味が分かったかも」
「な、なんだよ……」
「餌は、自分で食べちゃうんだよね。そうやって、美味しそうに」
ふくれっ面を作る私の前に、おずおずと食べかけのプリンが差し出される。
「――要らない」
「いいから食えよ」
「もう食べられないもん」
チラリ、と視線を斜め前に向ける。そこには、私が平らげたばかりの空容器が三つ。おかげで栄養たっぷりの和定食には、そのままラップがかけられることになりそうだ。
「……私がこれ以上太ったら、いっくんのせいだからね」
イイガカリという名の変化球を、容赦なく投げつける私。打席に立った彼は、バントで球の勢いを殺して応戦。
「いいよ、太っても。俺どっちかっていえば、ぽっちゃりした女の子の方が好みだし」
「ふーん、じゃあ昨日のお相手は、そういうタイプだったんだ?」
カーブに目が慣れたところで、直球の剛速球。さすがに打ち返せなかった彼は、とっさに顔を伏せてその危険球を避け、そのままとろけるショコラちゃんとの対話に戻った。
彼の仕事はバーテンダー。ときにはうら若き女性のお一人様も訪れる、小粋な失恋レストラン。
それにしても、酔ったお客さんを介抱していて唇を奪われるなんて……隙を見せるにも程があるんじゃない?
しかも、プリンさえあれば私の機嫌が取れるなんて、大きな誤解!
「……なあ、もうこれ食べていい? 俺腹減ったー」
ショコラちゃんを美味しく召し上がった彼が、叱られた子犬みたいに眉尻を下げながら私を見つめてきた。私は、声のトーンを少しだけ上げる。
「次回の“朝プリン”のご予定は?」
「もう無い、です……」
ふぅ、と大きな溜息を一つ。
半年前に約束したのは、お互い『隠し事をしない』こと。
だから、すっごくすっごくムカツクけど……こうしてプリンも買ってきてくれたことだし、今日のところは許してあげる。
どうか私を、内緒で携帯チェックするような奥さんにはさせないでね?
私は彼の手を取り、小指をギュッと絡ませた。
「嘘ついたら、とろけるプリン千個、飲ーますっ!」
↓作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
久々に書いた、一分間のラブストーリーシリーズです。このシリーズは、何気ない日常の中で愛を感じる……そんな百物語を作りたいなぁと。100個溜まったら、約200~300枚なので、どっかの長編公募に応募出来ちゃうかもー。(←まだ6個目。ちなみに過去作品は、現在掌編の公募に参戦中につき降ろしてます)
さて、今回の作品ですが、仲良しチャーミーグリーンな知人にインスパイアされました。「毎度のろけやがってこのルクプルめー! 『ひだまりの歌』うたったるわー! こちとら日陰で震えっぱなしやっちゅーねん!」……なんて思ったわけではありません。クリスマス前の寒い夜、マッチを擦ったらこの話が出て来ただけです。自分そんなに黒くありませんから……たぶん。昭和ネタを一個補足。『失恋レストラン』……知らない人が居たら、親御さん世代に聞いてみてください。歌ってくれます。もしくは『ガラスの仮面』を読んでみてください。痛々しい気持ちになれます。