95 内緒のお願い
ニッポニアから到着した一行は、山の中に隠された飛行船基地から馬車に乗り換えての移動となった。
「飛空艇を使えばあっという間なんだけどね……」
ヘリオスが言葉を濁すところを見ると、飛空艇の存在はまだまだ極秘らしい。
馬車は四人一組で、先の馬車にヘリオスとセレさん、エルカリアと護衛のサフロワが乗っている。後ろの馬車の三人は、オリヴィン、ジェイド、デュモン卿だ。
王家のものが乗るにしては質素な馬車なのは、その存在を知られないためだろう。
窓にはカーテンも降りていて、馬車内は照明石の光で満たされている。
それでも、馬車の中が暑くなって来たことを感じて、オリィは上着を脱いだ。
やはりスリ・ロータスは南国なのだ。ジェイドも羽織っていた上着を脱いで、座席の横に畳んで置いた。
デュモン卿は何やら静かだ。あのニッポニアから出発した時からずっと、静かなのだ。オリィとジェイドは何か話すのを躊躇われて、時々目線を交わすだけに留めた。
外は山道を出たらしく、舗装された街道の道に入った。
しばらく街道を走ると馬車は停まった。
何か話し声が聞こえるところを見ると、街道から市街地に入る境界に置かれている詰所の兵と話をしているようだ。
スリ・ロータスの市街地に入って行く。
徐々に街の喧騒が耳に入って来た。
馬車は賑やかな街を駆け抜けて、王宮に入って行く。
馬車が止まって扉が外から開かれると、そこはもう広大な王宮の中だった。
真っ先に扉の近くにいたオリィが降りると、前の馬車の扉も開かれていて、ヘリオスがセレさんに手を差し出していた。
オリィはハッとして、自分たちが乗って来た馬車を振り返ると、もうそこにはデュモン卿とジェイドが立っていた。
「…………」
デュモン卿が胡乱な目でオリィを見遣った。
「一歩遅かったな……」
デュモン卿がオリィにだけ聞こえるように言った。
「どうぞ、こちらへ」
サフロワに案内されて、オリィとジェイド、デュモン卿の三人は賓客室へと案内される。
「こちらはデュモン卿とご息女でお使いください。オリヴィン殿はこちらです」
オリィが案内されたのは、同じ階の奥まった部屋だった。
「婚礼の儀が近いので、もうお着きになっていらっしゃる国賓の方々もおられます。くれぐれも作法にはお気をつけください」
そう言いおくと、サフロワは去って行った。
(俺の作法がなっていないということか……?)
オリィはこれでも一応、故国ディヤマンドでは貴族の端くれである。作法も心得ているつもりなのだが……。
(まあでも、前回来た時にしたことを考えれば、そうも言いたくなるかもな……)
ジェイドの言葉に嫉妬し、自暴自棄になって河に飛び込んで、流れ着いたのが王宮だったのだから。
危険人物と言えなくもない。その上、エルカリア王子相手に決闘までして、吹っ飛ばしたのだ。
考えるのをやめて荷物を片付けていると、従者が呼びに来た。
「ヘリオス殿下がお呼びです」
呼ばれて行くと、すでにデュモン卿とジェイドも来ていた。
「すまないね、着いたばかりなのに」
「あれ、セレさんは?」
オリィが聞くと、
「彼女は婚礼衣装の試着中なんだ」
との返事。
「実は、折言ってお願いがあって来ていただいた」
「ほう、殿下自らのお願いとは……?」
デュモン卿がこの面々を見渡しながら訊いた。
「デュモン先生。……この国は間もなく戦争になります」
「えっ?」
ジェイドが驚きの声を上げた。オリィは薄々感じていたことを、ヘリオスに投げかける。
「……そのための飛行船ですね」
「ああ、やはり気付いていたか」
「それに、あの “雷灯” への関心……気付きますよ」
「できれば、交渉だけで済ませたかったが……無理なようだ」
ヘリオスがハァッと息を吐き出した。
「……で、どうゆう段取りなのだ、ヘリオス殿の計画は?」
デュモン卿がその目を眇めて訊いた。
「……あまり詳しく申し上げられないのです。できれば、知らない方があなた方のためでもあります」
歯切れが良くないのは、他言することによる計画の露見を危惧するより、本当に知らない方が結果的に巻き込まれないで済む、と言いたいのだろう。
「そうわかった上での頼みとは?」
「……セレのことです」
「巻き込みたくないのだな……」
「……セレは……妊娠しています」
ヘリオスがポツリと言葉を落とした。
ジェイドが口を開いた。
「セレさんは、このことをご存知ないのですね? いえ、妊娠していることはセレさん本人から聞きました。セレさんが知らないのは、殿下がセレさんを密かに私たちに預けようとしていることですね」
なるほど、セレさんがいないところで話したかったわけだ。あのセレさんが、命懸けで助けた殿下と離れようなんて思うわけがない。
「戦争に巻き込まれたら、王族の処遇などどうなるかなんて分かりません。もし負けたら全員首を落とされるか、それ以前に捕まって交渉の材料にされるかもしれません……そんなことは厭なのです。セレには、生きて欲しいのです」
「俺、ヘリオスと一緒に戦うよ……」
突然、突拍子もない言葉がオリィから放たれた。
「……!」
「オリィ……なに……言ってるの?」
皆の目線が一斉にオリィに注がれる。
「……まったく……お主は自分の言っていることがわかっておるのか?」
ジェイドとデュモン卿の目線が、呆れた者を見る目に変わった。
「は、アハハハハハハハ……!」
ヘリオスが愛想を崩して大笑いしている。
「……まったく! 君は想像の遥か上を行くね! セレが言った通りだ」




