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92 対価


「考えたんだが、対価は『人一人分の自由』ではどうだろうか?」


 翌朝、ヘリオスがポツリと言った。

 井戸の前で顔を洗っていたシンスケとオリヴィンが、顔から水滴を滴らせながら振り向いた。

「旦那、今殿下は何とおっしゃって?」

 言葉のわからないシンスケがオリヴィンの方へ首を(かし)げた。


「“人一人分の自由” が対価でいいかって」

 シンスケの目が大きく見開かれた。

「そ、それって……アイのことか?」

 シンスケは顔を拭くのも忘れて、1歩2歩ヘリオスの方へ歩み寄った。

「落ち着け。シンスケ、まず顔を拭け」

 オリヴィンが手拭いを差し出した。


「岩を砕いてみなければ、まだどれほどの量の魔石がその中から取れるかもわからないが、ヘリオスはいいのか?」

「いいさ、結婚の前祝い、景気付け? 何でもいい」


「シンスケは、どう思う……?」

 差し出された手拭いで顔を(ぬぐ)うと、シンスケは真剣な眼差(まなざ)しで言った。

「俺は、アイが取り戻せるなら何でもいい……」

 手に持った手拭いをシンスケはギュッと握りしめた。


「今日岩を崩してみてもっとこの石が取れるようなら、彼にここの責任者を任せられるだろうか?」

 ヘリオスは採掘した後の商売のことまで、考え始めているようだ。


「この石が、カネになるとわかれば、寄ってたかって甘い汁を吸おうとするものも出て来るぞ」

「そうだな……」

「できれば、そのような商売ができる者の方がいいとは思うが……。そもそもこの国は、我が国に国交を開いていない。大事な資源がよその国に(かす)め取られると思えば、強力な手段に出て来る可能性もある」


「やはり、極秘で動くしかないか……」

 二人は顔を見合わせてうなずいた。どう動くのが最良かはまだわからないが、当面は素早く極秘裏に動く方が良さそうだ。


 “今日は岩を砕いて、取れる限りの魔石を回収する”

 とりあえずは大まかに決めて、シンスケと家族、アイの親父さんにそう話をすることにした。

 荷車を貸してもらって、石の運搬に備える。シンスケは父と兄に協力を仰いだ。一足先に兄にアイの親父さんに話に行ってもらい、我々一行はカラの荷車を引きながら『雷岩』に向かった。


 オリヴィンは先ほどヘリオスに『振動(バイブレーション)(ストーン)』を渡されていた。久しぶりの感触に少し緊張を覚える。手の中でムズムズする感じは、スリ・ロータスでの決闘を思い起こさせた。

『今日はあの岩だけに集中すればいい、簡単だ……』そう自分に言い聞かせながら、手に少し汗を感じていた。

 春の日差しは暖かく、雲もそれなりに出てはいるが雨にはなりそうもない。


 一行が『雷岩』に着く頃、先に伝えに出ていた兄とアイの親父さんがもう岩の前に来ていた。


「おはよう、おやっさん!」

 シンスケが明るい声で言うと、親父さんの顔が少しだけ柔らかになった気がした。


「おはようございます。迎えに出てくださったのですね、ありがとうございます」

 オリヴィンが言うと、親父さんは怪訝(けげん)そうに顔を見上げた。


「……見たとこ石工(いしく)も呼んでねえようだが、どうやってこれを割るって言うんだい?」

「ああそれなら、心配いりません! お任せください!」

 明るい顔で言って、オリヴィンは皆を石から下がらせた。


「危ないですから、もっともっと下がってください!」

 威力を知っているヘリオスだけが、遥か遠くに離れて見守っている。

「同じところまで下がってください!」

 もう一度声を掛けて皆がヘリオスの位置まで下がったことを確認し、オリヴィンはポケットから『振動(バイブレーション)(ストーン)』を取り出した。


 右手でしっかりと石を握ると、そのつるつるした表面を指で確かめながら意識を『雷岩』に集中する。

(砕けろっ!)

 オリヴィンは心の中でイメージしたーーー小さな黒い結晶が岩の中から転がり出る様をーーー


 雷岩は最初、少しだけ身じろぎしたような気がした。

 やがて静かに振動して、真ん中に “ビシィッ” と亀裂が走った。

 亀裂は徐々に大きくなっていき、落雷の軌道のように何本にも枝分かれして広がっていく。その表面に蜘蛛の巣のような細かいヒビが伸びていき、最後に派手な音を立てて全体が砕け散った。

 足元に黒い結晶と崩れた母岩が一面に散らばった。


 誰も無言で一言も発せず、呆気(あっけ)に取られたようにその様を見ている。


「こ、こりゃあ……鬼神様の生まれ変わりだ……」


 アイの親父さんが呟くと、皆んな我に帰ったように口々にいろんなことを言い始めた。

「織部様、神のお使いだったのですか?」

「どうか今年はタバコの葉も順調に育ちますように……」

 シンスケの父上などは、手を合わせて祈り始めた。


「違います、違いますよ。神の使いなんかじゃないので、皆んな落ち着いてください!」

「旦那……すげえとは思っていたが。やっぱ目の前で見るとな……」

 シンスケが口の中で小さく『おっかねえぜ……』と呟いた気がする。


 ヘリオスは落ち着いたもので、しゃがみ込んで黒い結晶を集め始めた。

「人が集まってこないうちに運んでしまおう」


 一行は総出で結晶を集め始めた。石に触るとピリピリと火花のような光が手元で輝く。麻袋に結晶を集めて、ほどほどの重さになったら次の麻袋、と入れていくが、袋の中で石がチカチカと発光しているのが透けて見えた。


 麻袋三つ分ほどになって、砕けた母岩を道の端まで片付けてから、雷岩のあったところを見る。

 表に出ていた分は全て破壊してしまったが、岩はまだ地中に埋まった部分があるようだ。白っぽい母岩の中に黒い結晶があるのが確認できた。

 シンスケはその母岩の上に土を掛けて見えなくなるまで埋めると、その辺に

 生えている雑草を根っこごと抜いて、その上に置いた。

 一見すればそこにあった『雷岩』だけが無くなった感じだ。


「親父さんいいかい、このことは誰にも言わないでくれ。村の者にもな……」

 シンスケは再びアイの親父さんに言うと、背中に手を添えながら家に送って行った。

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