8 街の噂
鍛冶屋から一ブロックほどのところに、宿屋を兼ねた料理屋がある。ここは、外から来た商人や旅人が常宿にする店で、外国からもたらされた食材などを使った変わった料理も食べられる上、料金も安い。よそ者が多いお陰で、いろいろな噂話も聞くことができる。
「本日のおススメは『ブラックイールの蒲焼とシーウィードのセサミ和え定食です。蕪のサラダとポテトのスープが付いて、大変お得ですよ!」
店に入って奥の席に着くと、さっそく女給が説明してくれる。
「父上、それでいいですか?…じゃあ、それを2人前頼むよ」
頷く父上を見ながら、オーダーする。
「…昨日、オクスタリアからの船で着いたばかりなんだが、一緒の船にすごい楽団が乗ってたんだよ…!」
手前の席に陣取っている集団が、話で盛り上がっている。
「そこの歌い手が、女と見まごうばかりの美しい男で、その男の歌声が、まるで天女のようなんだ…!」
「しかも、彼はカストラート(去勢された男)じゃない、歴としたした男なんだ!」
『カストラート』と言うのは聞いたことがある。美しいボーイソプラノの歌手を、声変わりがしないように去勢してしまうことだという。
…ううっ、考えるのも恐ろしい…!
「お待たせしました」
美味しそうな匂いがして、女給が定食を運んで来た。
俺は、甘辛いたれをくぐらせたブラックイールの蒲焼をパクつきながら、耳をそば立てていた。
「オクスタリアと言えば、王子がこの国の王女に結婚を申し込んだらしい…!」
「なんでも、オクスタリアに留学していた王女に、一目惚れしたとか…」
おいおい、リチア様は留学なんてされてないと思うぞ…などと感想を抱きながら、旅人の噂話に聞きいる。
ふと、父上の目線に気づき、
「どうなさいました、父上?」と声を掛ける。
「いや、昨日のハーキマー殿の話は、どうだったのだね?」
そうだった…!忘れていた!…父上にお話せねば…。
俺は、噂話に耳を傾けるのをやめ、昨日のハックの話を切り出す。
「実は…、ハーキマー殿の兄上のお話なのですが…」
俺はハックが言い出した、少しやり過ぎかもしれない、例の話を父上に打ち明けた。ハックが強硬な手段を用いて、兄君の結婚を実現しようとしていること。そして、偶然昨日、それに必要な魔石が手に入ったこと…だ。
父上はじっと俺の話を聞いていたが、最後にはフウーッっとため息をついて、
困った顔をした。
「…それは、聞き捨てならないねえ…」
「ハーキマー殿には、もう一度冷静に考えてもらえるようお話しましたが…彼のことです、すぐに実行しようとするかもしれません」
「そうだねえ…。だけど、お前は今日その頼まれものを作っていたんじゃないのかい?」
そう言われてギクリとして、思わずフォークを持った手が止まる。
さすが父上、お見通し…。
「そう言えば、父上!今朝一番の商談というのは何だったんですか?」
さっきの話をごまかそうと(絶対できないけど)して、別の話を振ったことは、先刻父上もご承知とは思ったが、意外に食いついてくれた。父上は少しうつ向き加減で、話し始めた。
「実は『商談』というのはただの人目を避けるための方便でね…。オリィは先日までハーキマー殿が、北方高地に遠征していたのは知っているね」
「はい、まあ大体は。…近年北方地域で前王の落とし胤を王位に復活させようという輩が出没しているそうで。それをハックたち近衛騎士団が、しらみつぶしに探し出して討伐するという、そんな話だったと思いますけど…」
「まあ、大体はそんなとこだね。…だが今回は、私にもその探索に加わって欲しい、という依頼なんだよ」
「え?……何で父上が?」
父上は、現ディアマンデ王の国家統一戦争の時こそ、年も若く闊達だっただろうが、現在はすでに40代半ばを過ぎている。俺や兄君が行くならまだしも、父上にそんな依頼が来ると言うのは、一体どうゆうことだろうか?
「お前は、私が北方の領主の息子だったという話を憶えているかい?」
俺は遠い昔に聞かされた、父上の出自のことを思い出し、ハッとした。
小さい頃、寝物語に聞いたそんな話はいつの間にか、現実とはかけ離れたお寓話のようなものになってしまっていた。
「私が北方の地勢に詳しいと、誰かが進言したのだろうね。次の討伐隊に、是非に参画せよ、との国王陛下直々のお言葉だ」
俺の頭の中は真っ白になった。




