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88 夜桜見物

 

「黒曜殿。……この娘を引き取るには、どれほど(きん)すが必要かな?」


 その言葉に当のアイリン、妓楼の主人である黒曜、デュモン卿の娘であるジェイド、皆がフリーズした……


「はあっ?何言ってんの、おっさん! 娘のいる前で!」


「デュモン殿……本気では無いのですよね……?」


 アイリンが思わず大声を上げ、黒曜が狼狽(うろた)える。


「……皆さん、落ち着いてください……」

 ジェイドが静かな声で皆をたしなめた。


「父さん、こんな時にそんな冗談はやめてください、迷惑です」



 デュモン卿は悪戯っぽい目でチラリと皆を見渡すと、

「いや~、若い愛人を囲うのも良いかなって……」


「だ・か・ら!!!そんな冗談は笑えないってっ!」


 さっきまでの重苦しい話は何だったのか、今はもうそんなことはどこかへ飛んでしまって、全てがたいした話ではないと言う感じになってしまった。


「黒曜様、大変申し訳ございません。父には後でよく言い聞かせておきますので、今日のところはこれでお引き取り願えますか?」


 ジェイドは済まなそうに黒曜に言うと、席を立ってドアを開けた。

 黒曜とアイリンは、立ち上がるとジェイドに言った。


翡翠(ジェイド)殿、この次はゆっくりお茶でも致しましょう」


「……まったく、あんたの親父とんでもないこと言うね。あんたも苦労してんな」


「恐れ入ります……」


 ジェイドは客人を出島の橋まで見送ると、応接室に戻って来た。

 デュモン卿はどこ吹く風で、お茶と茶菓子を口に運んでいる。


「父さん、なんであんなこと言ったの?」

 ジェイドが責めるように言うと、

「さあな、ワシにもわからん……」


「適当なこと言って……本気にしたらどうするのよ!」

「あっちが断ってくるだろう?」


「断るってわかってて言ったの?」

 デュモン卿は黙ってまたお茶を飲むと、窓の外を見上げた。


 季節はすっかり春になっていた。



 川辺に植えられた『桜』という薄桃色の花が一斉に花開き、その花を見ようと人々が川辺に集まって『花見』をしている。

 それぞれが敷物や手弁当を持参して、満開の桜の下で宴会が始まる。


 夜は夜で木に取り付けられた提灯に照らされて、暗い夜空に花が照り映えてまた美しい。その頃になると一杯ひっかけた酔客(すいきゃく)もホロ酔いでいい気になって、歌のひとつも歌い出すのだ。


 夜になって、ジェイドとオリヴィンは着物に着替えて、川縁(かわべり)の散歩をしていた。

 (あた)りは賑やかで、皆が思い思いに『花見』を楽しんでいる。


「なんだか、懐かしいわ」

 夜風に長い黒髪を解かれながらジェイドが言う。


故郷(くに)でも、ミモザが見ごろだろうね」


 オリヴィンもジェイドも同じ日の光景を思い浮かべているようだ。


 ゴンドラに二人して横になり、ミモザのトンネルをくぐったあの日のことを……。


「随分と遠くまで来たね」

「遠くまで、来ました……」


 ジェイドはオリィと旅した長い時間を思い、ふと今まで言って来なかった言葉を口にする。


「オリィ……」

「ん?」

「ここまで一緒に来てくれてありがとう」


 オリィの顔に驚きのような、嬉しいような表情が広がった。

「ジェイド……」


 オリヴィンは思わずジェイドを抱きしめていた。



「いよっ! お二人さん、お熱いねぇ~!」

 周りの花見客から、冷やかしの声が飛ぶ。


 二人は我に帰ると、パッと離れて

「い、行こうか……」

 と歩き出した。


 春の夜風は存外に冷たい。オリヴィンは着ていた羽織を脱ぐと、ふわりとジェイドの肩に掛けた。


「……ありがとう」

 ジェイドがオリヴィンを見上げる。


(少し照れた顔の、ジェイドが可愛い……)


 お礼を言われてオリィは嬉しくなった。



「そう言えば……ヘリオスとセレさんから通信があって、結婚式にぜひ出て欲しいから、迎えに行くって……」


「ええっ? 迎えに、ですか?」


「飛行船が完成したので、その試運転も兼ねて迎えに来たいらしいんだ」


「それって、いつ頃なんですか?」


「うーん、1週間後ぐらい?」


 ジェイドの目が一瞬点になった。


「ええーーーーっ!1週間ですか?」


「いやまだ、決まったわけではないんだけどね」


「その話、もう少し詳しく聞かせてください!」


(まったくもう、私の周りの男どもときたら……唐突にいろんなことを言って!)


 ジェイドは先ほどまでの甘く懐かしい気持ちがどこかへすっ飛んでしまった。


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