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82 祭り


 オリヴィンとジェイドは祭りに備えて、さまざまなパフォーマンスの練習をした。

 火焔石を使って炎の蝶を飛ばしたり、水湧石を使って手元から綺麗な弧を描いて噴水を噴出させる練習など、遠くから見ても見栄えのするものにしたい。


 今更ながらだが、ジェイドの魔石を使う能力は目を見張るものがあった。普段、デュモン卿とオリヴィンの影に隠れてあまり顧みられていないことがよくわかった。


(……なんか楽しいな)

 オリヴィンの顔は嫌が上でもにやけてしまう。


 久しぶりにジェイドと、こうして魔石の腕を磨きあっているのが楽しくて仕方がない。

 明日はいよいよ本番だ。



 祭りの朝が来た。

 夜中降っていた雨は夜明け前に小降りになって、日が昇る頃には太陽が顔を出していた。


「よかったですね!いい天気ですっ」

 ジェイドも気合十分だ。朝食を終えたオリヴィンとジェイドは、着替えのために黒曜邸に出かける。


「デュモン卿、後で見に来てくださいね」

「ああ、二人とも頑張って来い」

 オリヴィンはデュモン卿に肩をバシバシと叩かれて送り出される。


(痛ってぇ〜!なんだよ、いったい……)

 二人は揃って出島の橋を渡った。


 町中もそれぞれが趣向をこらした飾りで華やかに飾られ、太鼓や笛の音が風に乗って聴こえてくる。


「ふふふ……父も参加したかったのかもしれませんね」

 ジェイドが歩きながら笑った。


「用心棒とか、大男の役があったらピッタリだったね〜」

 オリヴィンが言うと、ジェイドは声を上げて笑った。


 街路も浮かれた町人や、見物客でごったがえしている。

 そんな人々をかき分けて、ようやく黒曜亭に辿り着いた。


 奥で誰かの高い声がしている。


「なんでっ!……なんであんたがここにいるのよっ!」

 アイリンの声だった。


「黒曜殿、お邪魔します」

 声を掛けて奥に進んで行くと、奥の座敷でアイリンがシンスケを睨みつけていた。

 黒曜が間に入って、まあまあとアイリンを(なだ)めている。


「どうしたんです?」

 オリヴィンとジェイドが入って行くと、黒曜が少し困ったような顔でオリヴィンに耳打ちした。

「この二人が知り合いと知っておられたのですか?」


「とにかくっ!あたしはこいつとは同じ船に乗らないからっ!」

 アイリンがすごい形相でこちらを(にら)んで来る。


「アイリン、オリヴィン殿とジェイド殿は魔石が使えるから良いが、シンスケ殿は使えないのだから、お前と同じ船に乗るしかないのだよ」

 黒曜がアイリンを(たしな)める。


「なんでっ! なんで……会いたくなかったのに……」

 アイリンが唇を噛み締めて、精一杯の抵抗をする。


「俺は……お前に会いたくて会いたくて、仕方なかったよ……」

 シンスケがポツリと(つぶや)いた。


「まあまあ、アイリン。今日の所は仕事と割り切って勤めてもらえないか?」

 黒曜が頼み込むようにアイリンに言うと、アイリンは黙って下を向いていたが、やがて

「……わかりました」

 と返事をした。その顔は暗く苦痛に満ちていた。


「隣の部屋に衣装が用意してあるから……」

 黒曜の話も半分に、アイリンはサッと部屋を出て行った。


「オリヴィン殿とシンスケ殿はこちらでお着替えください。後で私が手直しをいたしますので。ジェイド殿はこちらに……」

 黒曜はジェイドを伴うと、部屋を出て行った。


 部屋に残されたシンスケとオリヴィンは顔を見合わせると、気まずくそれぞれの衣装に着替え始めた。


(まさか、アイリンがこんなに怒るなんて……)

 想定していなかったわけではないが、アイリンとシンスケの両方を傷つけてしまったという思いに、オリヴィンの胸に苦いものが込み上げた。



 午後になって少し風が出て来た。

 海からの風は春とはいえ、まだ冷たい。


 重たい衣装をつけた人形役は、黒曜邸からそれぞれ駕籠(かご)に乗って川の舟寄せ場に着いた。各々町や団体の旗を掲げた、派手に飾り付けられた船がどんどん川を登って来る。河口に近いこの辺りでは、水深もあり水量もかなりのものだ。


 それぞれの船に男雛、女雛役が乗り込んでは岸から離れて行く。

 すべての船に雛役が乗船し、船溜りに待っていた船が隊列を組み始めた。


 まずは、昨年の一番手、二番手、三番手が並ぶ。

 太鼓が打ち鳴らされ、大きな旗が打ち振られると舟行列の始まりだ。


 オリヴィンが乗った船は昨年の三番手らしく、前の二隻に続いてゆっくりと進み始めた。

 男雛、女雛役は船の舳先(へさき)に取り付けられた高い物見櫓(ものみやぐら)の上に乗って手を振ったり、花を散らしたりパフォーマンスを繰り広げる。


 一番手の船には有名な歌舞伎役者が乗っているらしく、何かパフォーマンスをする度に岸辺の観客席から拍手喝采が上がっている。

 岸辺より近くで見たい金持ちたちは、それぞれに屋形船を繰り出して見物を決め込んでいる。


 オリヴィンの船の女雛役は、月華楼のナンバーワンのそれは美しい芸妓だった。ゆるりと衣装を着こなした彼女は、物見櫓の前方に立つと優雅に手を振った。


 オリヴィンは彼女の動きにあわせて、赤い火の鳥を羽ばたかせる。それはまるで彼女が、手から真っ赤な鳥を出したかのように観客を魅了した。

 赤い鳥は高く飛ぶと近くを舞って、やがて海の中に没する。

 彼女の手から鳥が飛び立つ度に、大歓声が起こった。


 そうして船列はゆっくりと河口に下って行った。


「オリヴィン様、有難うござります。私をお引き立てくださり、感謝いたしますわ」

 美しい女雛役に言われて、オリヴィンは照れた。

「いえいえ、あなたがとてもお美しいので、私は引き立て役で十分ですよ」


「まあ、お若いのにお上手ですわ。今度、私もぜひお座敷にお呼びくださいましね……」

 そんなことを言われて流し目で見つめられたら、どんな男でもその気になってしまいそうだ。


 河口から出た辺りで待っていると、なんだか後ろが賑やかになって来た。


 その頃船団の後方では、困った事態が勃発(ぼっぱつ)していた。

 あらかじめ決めてあった順番を守らない船が他の船の(きっさき)を横切り、接触事故が起きたのだ。

 ぶつけられた船は舵を切り接触を避けようとしたのだが間に合わず、その事故を起点に後ろの船が次々とぶつかるという、玉突き事故が起きた。


「人が落ちたぞっ!」

 誰かが叫んで、その辺りは大騒ぎになった。


 ぶつかった船に乗っていた者が何人か海に落ちて、そこに更に船が行き交うのだから、何が何やら大混乱になった。


「アイっ!!!」

 シンスケは目の前で、アイリンが海に落ちるのを見た。


 船と船がドオンとぶつかった衝撃で、舳先(へさき)にいたアイリンが落ちたのだ。


 シンスケは考える間もなく海に飛び込んでいた。


(うっ、衣装が重い……)


 シンスケは衣装を脱いで飛び込まなかったことを後悔したが、今更そんなことを思っても手遅れだ。アイリンに向かってまっすぐに泳ぐ。

 最初、首だけ海から出していたアイリンの体が海に沈み始めた。


(アイ……俺が絶対助ける……)


 シンスケは必死で泳いだ。そのうち帯が少し(ゆる)んだので、重い衣装を脱ぎ捨てた。暗い海の中をゆっくりとアイリンが沈んでゆく。

 衣装を脱いで身軽になったシンスケは、大きく息を吸い込むとアイリンに向かって潜っていった。


 シンスケはアイリンの着物の襟を掴むと懸命に浮上した。

 かろうじて首だけを海の上に出すと、船の上からジェイドの声がした。

「シンスケ!」


 衣装の重みでまた水の中に引き込まれそうだ。船がたくさん行き交っているせいで波が起こり、何度も水を被る。海水を飲んで咳き込んでしまい、苦しい。

(溺れる……)


 そう思った時だった。

 海の水が盛り上がり、まるで大きな水の手が二人を持ち上げたかのように浮かび上がらせたのだ。大きな水の手は、二人を船の上に乗せるとサッと海の中に消えた。


 このあとも、海から持ち上がった大きな水の手は、海に落ちた人々を次々と救っていった。


(ふう〜、よかった! 皆無事に助けられたわ!)

 男雛姿のジェイドは、ひとり安堵(あんど)の息を()らした。


 ここにいる誰も、この救出劇がジェイドによるものだと気がついていなかった。ただ海の神が助けてくれたのだと、これを目の当たりにした者たちは神の奇跡に感謝した。


 そんな事件があったため、日の入りを過ぎてもなかなか舟行列の順位は決まらなかったが、暗くなると同時に花火が上がり始め、観客たちは元の喧騒の中に戻って行った。


 港に戻ったオリヴィンを黒曜とデュモン卿が迎えに出ていた。


「賑やかでしたが、何かあったんですか?」

 オリヴィンが尋ねると、

「後方の船団で船同士がぶつかって、何人か海に落ちたんですよ」

 そう言うと黒曜はデュモン卿の顔を見て微笑んだ。


「ジェイドがな、湧水石を使って皆を救い出したんだ」

 デュモン卿が続ける。

「あれが、ジェイド殿のお陰とは誰も気づいていないようですがね……」

 そう言うと黒曜はにっこりと笑った。


「そんなことがあったんですか……」

 月明かりで明るい空に、ポンポンと花火が上がっている。


(ああ、ジェイドとこんな花火を一緒に眺めたかったな……)

 オリヴィンはしみじみ思いながら、デュモン卿と黒曜と一緒に出演者の控えの席に移動して行った。


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