79 才の無い者に、才を
翌朝、ジェイドとオリヴィンは、黒曜の屋敷に向かった。オリヴィンはいつものように黒髪・黒目に変身している。
起伏の多い細い小道を通り抜けて、もうこの道は何度も行き来しているので慣れたものだ。
「ジェイドさん、オリヴィン殿、お元気でしたか?ささ、どうぞ奥へお上がりください」
黒曜殿は相変わらず凛とした佇まいで、2人を迎えた。
「おふたり揃ってのお越し、感謝いたします。実は、今度行われる春祭りなのですが…」
黒曜が2人に説明してくれた『春祭り』の概要はこんなだ。
毎年三月には『雛祭り』という祭りが行われる。それは尊いこの国の王が御成婚された時の様子を人形になぞらえたもので、各家々でもそれは立派な人形を何段も重ねた階段状の台に飾りつけるのだそうだ。
祭りのフィナーレは、その人形飾りを人間に当てはめたもので、豪華な昔風の衣装で着飾った男女が人形さながら、飾りの着いた船に乗って川を下る、というものらしい。この船が地区によって競い合い、何艘もの船を出すという大見せ物だそうだ。
そして毎年苦慮するのが、この男性の男雛役だそうだ。化粧は施すものの、なかなか見栄えのする男性という適役が見つからないのだそうだ。
有名どころの芝居役者はすでに、大金を積んだ大店のお抱えになっていて手が出せない。妓楼の多いこの地区では、祇女に男装させて男雛役を務めることもあるそうだ。
「そこで! オリヴィン殿とジェイドさんにはこの男雛役を勤めていただきたいのです」
そこで、聞き間違い?かと思い、ジェイドとオリヴィンの視線が合う。
「え?私もですか? 女雛役でなく?」
「そうなんです!女雛役は妓楼を探せばすぐ見つかりますが、男雛役が圧倒的に足りないのです!」
「…なるほど」
「それで、申し訳ないのですがジェイドさんには『変身石』を使って男になっていただき、お二人とも男雛をやって頂きたいのです」
オリヴィンとジェイドは顔を見合わせた。もちろん、お世話になっている黒曜の頼みなのだ、断る理由はない。
「それは面白そうですね」
ジェイドも乗り気だ。
「やらせていただきます」
俺も返事をした。
「あともう一人、いればいいのですが…」
黒曜が呟く。
「もう一人ですか?…それ、俺の知り合いに任せてもらえませんか?今度、連れて来ます」
「そうですか、ならばお願いいたします。お引き受けいただけるなら助かります!」
黒曜は安堵の表情を見せた。
「当日はどんな衣装を着るのですか?」
ジェイドが訊くと、
「ちょうど家にありますので、持ってまいりますね」
と急いで部屋から出て行った。
「もう一人のあて、ってまさか父ではないですよね?」
ジェイドが真顔で訊くので、オリヴィンはちょっと笑いを堪えながら、
「さすがにそれは…。頭に浮かんだんだ、シンスケの顔が」
と応える。
「ああ、それなら…何とかなるんじゃないでしょうか」
「役どころ…と言うより、アイリンに会うチャンスかもしれないと思って」
「そうですね!なるほど、それは思いつきませんでした」
黒曜が重そうな衣装を抱えて返って来ると、オリヴィンの手を取って姿見の前に立たせた。オリヴィンはされるがままに着物を肩に掛けられた。
「お似合いです。長さは…最大まで裾を直してもらいますね。まあ、船の上では特に動くわけではないので、問題はないと思いますが」
「立っているだけで良いのですか?湧水石で『水芸』もできますよ」
オリヴィンが言うと、黒曜の瞳がパッと輝いた。
「まあっ、それは素敵ですね!さぞかし注目を浴びるでしょうね。それはぜひ、お願い致します!」
黒曜は興奮を隠せないようで、次々とオリヴィンとジェイドに衣装を着せて、修理が必要かどうかを確かめていた。
「あ、変身すると背も伸びるかしら?」
「伸びますね。肩幅とか体型も変わります。一度戻って変身してから衣装合わせの方がいいかもしれません」
「そうですか?そうしていただけると助かります!何せ、あまり時間がなくて…。それではすぐに人力車を呼びますね」
黒曜は、お茶を運んで来たお手伝いのシズさんに、人力車の手配を頼んだ。
「ジェイドさんに『変身石』を取りに戻っていただいている間、オリヴィン殿と昨日モキチから見せてもらった『雷灯』のお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」
オリヴィンはさりげなくジェイドの顔を見て、伺いをたてる。
ジェイドが “うん” と頷いたのを確認して、
「いいですよ。俺も感想を聞きたいです」
と答えた。
出されたお茶をいただいていると、もう人力車が来たようだ。
「それでは、行って来ます」
ジェイドが部屋を出て行き、オリヴィンはさっそく黒曜に感想を聞いた。
「どうでしたか、昨日の『雷灯』は?」
「大変興味深いです…同時に少し戸惑いました」
「…と言うと?」
「私が『光れ』と言うと、明かりが点いたのです…」
「そうですか、それでは…」
「私にも、アイリンのような才があるかもしれぬ、ということですよね?」
「…それはまだわかりません。ですが、あの『雷灯』に使われている魔石は、
もともとほんの少し、雷の力を蓄えているようなのです」
「雷の力、ですか?」
「そして、その力を “人にも与えることができる” ようなのです」
「 “人にも与えることができる”…」
呟きながら、黒曜は考えを巡らせているようだった。
暫しの沈黙の後、黒曜が口を開いた。
「…それって『才の無い者に、才を目覚めさせる』ことができるかもしてない、ということでしょうか?」




