77 雷灯
シンスケの故郷の村から戻って数日が過ぎた。
案内してくれたシンスケが別れ際に
「俺っちがアイに会う覚悟ができたら、そんときは紹介してくれ…」
と言ったので、そのあとは何も連絡をしていない。
ただ、同郷のアイでなくアイリンは妓女なので、タダでは会えない。
会うには大枚を叩かなくてはならないだろう。しかも売れっ子の妓女なので、あちらから断られる可能性もある。シンスケの恋は前途多難なようだ。
オリヴィンは持ち帰った雷石を使って、道具を作っていた。
まず、手に握りやすいくらいの竹をたくさん切ってもらった。こちらでは水筒に使われるくらいの大きさで、持ち運びしやすい。
次に彫金の技法を使って、銅板をなまして金槌で円錐状に薄く叩き伸ばしていく。均等な円錐形になったら、竹筒の中にはめ込んで固定する。その円錐の銅板の中に雷石をはめこんだ。そのままでは逆さまにしたら石が落ちてしまうので銅を細く切って爪立てして留めた。
雷石に光をイメージして触ると、パッと明るいライトが光った。
やはり思った通り、筒に閉じ込めることで光が拡散せず、さらに円錐状にした銅板によって光が反射し、想像以上に明るい。
「明るい!これなら夜、本を読むこともできそう!」
ジェイドが感心してくれた。
「売り物になるかなあ?」
「そうね、もう少しだけ外見を整えれば…」
「…うーん、やっぱりそうだね…」
工房があれば、筒は銀で作っただろう。装飾も着けて彫りで模様をつければ、貴族向けの商品として売れそうだ。だが、この出島にいてはそんなことも難しい。
デュモン卿は最近『体が鈍るから』と言って、月華楼の黒曜殿に地元の道場を紹介してもらい、変身石でニッポニア人になりすまして紛れ込んでいる。せっかくお殿様から賜った刀を、使いこなせないのが嫌なのかもしれない。
(今度、金銀細工の職人を紹介してもらおうかなあ…)
そんなことを考えていたら、ちょうどモキチが顔を出してくれた。
「オリィの旦那!」
「おぅ、モキチ。今日はどうしたんだ?」
「今日は黒曜様のお使いです。もうすぐ春祭りがあるんで、そのことで旦那に相談があるとかで。明日、昼前に黒曜様の屋敷に来てもらえますか?できれば、翡翠さんもご一緒に」
「わかった。ジェイドは大丈夫?」
「大丈夫です!」
モキチがオリヴィンの手元の竹筒を見て、尋ねた。
「旦那、それなんですか?」
「ああこれ?」
オリヴィンが “ほら” とライトを点けると、モキチは後ろにひっくり返って椅子から転げ落ちそうになった。
「な、な、何ですか!?」
あまりにモキチが驚いたので、オリヴィンとジェイドが顔を見合わせた。
「…そんなに驚くんだ…」
「…!お、驚きますよ!何なんですか、それ?」
「…う〜ん、ライト?」
「雷灯ですか?」
「そうだね…」
「そうだね、って!スゴイじゃないですか?」
「そうかな?」
「スゴイです。見せてください…」
モキチは手に取ると、まじまじと眩しい竹筒を見た。一度点灯すると持続するようで、魔石耐性がほぼないと思われたモキチが持っても、まだ光り続けている。
「これ、面白いと思う?」
ジェイドに尋ねられてモキチが返す。
「面白いと言うか、スゴイです。…これ、明日まで貸していただけませんか?必ずお返ししますので」
「いいけど…どうするの?」
「黒曜様にお見せしたいんです。それに家の者にも見せたいし…」
「あ、でもあまり大事にならないようにね…」
オリヴィンはライトを手に取ると、いったん光を消した。
「点けられる人と、点けられない人がいるかもしれないよ。それでもいいの?」
「…そうですか…どうすれば光るんですか?」
「光れ、って思うだけ。消す時は暗くなれ、って思うだけだよ」
「そんなんでいいんですか?」
「黒曜殿の所だったら、多分アイリンが点けられると思うな…」
「わかりました。お借りしていきます。それではまた明日、お迎えにまいりますね」
そう言ってモキチは『雷灯』を懐に入れて帰って行った。
「祭りって言ってたね?」
「そうね、どんな祭りなのかしら?」
出島に外国船が入るのはまだまだ先だ。まだ、ここに居てできることはあるかもしれない。オリヴィンもジェイドもこれから先のことを考えなくてはならない。




