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75 雷石の可能性

「お日様みたいだね…」


 そう漏らした子どもの言葉にオリヴィンは、感動を新たにする。


「明るい!」

「…すごく明るいですね!」

 ジェイドと顔を見合わせて、二人とも同じことを考えていると共感した。


 オリヴィンは持っていた石が輝くと同時に、だんだん熱を()びて来るのを感じて、(ふところ)から取り出した手拭いに石を包んだ。


「シンスケ、この石をもっと拾って帰りたいんだけど、この土地は誰のものかな?」

「いいんじゃねえか、石ころを拾うぐれぇ。誰も気にしやしねえよ」


「そう言うわけにはいかないよ。ちゃんと断って買い受けたいんだ」

「え、この石ころに金を払うのか?」


「そりゃそうだろう。これが金や銀なら払うのが当然だろう?」

「金や銀?…これってそんなに価値のあるものなのか?」


「金や銀まではいかないけど、人によっては役に立つかもしれない石…というか…」

「なんだその、人によっては、って」


 オリヴィンは子どもの一人を傍に呼ぶと、黒い石を握らせて

「“お日様” って思い浮かべてごらん」

 と言った。


 すると、石は子どもの手の中でホワホワと光りだした。

「ほんとだ、お日様だねっ」

 と子供がにっこりする。


「シンスケおじさんに渡してごらん」

 とオリヴィンが促すと、子供は

「はい」

 と言ってシンスケの手に石を乗せた。

 先ほどまで光っていた石は、ウンともスンとも言わず静かに元の黒い石になった。


「…そうゆうことか…」

 シンスケは少しガッカリして手の中の黒い石を眺めた。


「わかった。この土地はアイの実家のもんだから、俺が話をしてやるよ。付いて来な」

 シンスケはそう言うと歩き始めた。そこから更に村外れの方向に少し歩くと、一軒の小さな家が見えて来た。


 軒先にキセルを吸いながら座っている年配の男がいた。

「おーい、おやっさん。元気かぁ?」

 シンスケが手を振りながら近づいていくと、男が顔を上げた。


「…村長んとこのシンスケじゃねぇか。どうした、帰って来たんか?」

「ああ、ちょっと客人連れてな。正月も帰れなかったしな」

「そうかい…」


「ところで、アイからは(ふみ)でも来たか?あいつ、今どこにいるんだ?」

 シンスケが問うと、おやっさんはぶっきらぼうに言った。


「…文なんざ、寄越(よこ)しゃしねえさ。…アイはワシのこと恨んでるからな…」

「そうかもしれねえが、育ててもらった恩ってもんがあんだろ。あんときはみんな食べてくことができないくらい不作続きで、仕方がなかったのさ」


「仕方がないなんて、所詮(しょせん)親の都合さ…元気で生きていてくれりゃそれで(おん)の字さね。…口入屋(くちいれや)の話じゃ、今では出島界隈(かいわい)では名の知れたな妓女になったって話だ…」

「そうなのかい?俺も随分探し回ったけど…」


「ねえねえシンスケおじちゃん、お客さん待ってるよ」

 待ちくたびれた子供が、シンスケの手を引っ張る。


「そうだった、いけねぇ。おやっさん、こちらのお(さむらい)さんは俺っちのお客さんで、さっきあの雷岩のとこで石を見てたんだけど、あすこに転がってる石を拾って行っても構わねえかな?」


道端(みちばた)に落ちてるもんを拾おうと、別にわざわざ言いに来ることもあんめぇ。お侍さん、あんなもんどうすんだ?」


「これは失礼致す。それがし『石』の研究をしておりまして、この地に変わった『雷岩』なるものがあると聞きまして、ここまで参った次第です」


「そうかい。あんなもんは無くなったってワシにとっちゃどうでも良いもんだ、好きにしてくれ。あんなもんが傍に在ったお陰で、娘が()()()()なっちまって、いい迷惑さ…」


「そうでござるか…それでは些少でござるが、日々の足しにしてください」

 オィヴィンはそう言うと、銀貨を数枚包んだ包みを男に渡した。

「そうかい、じゃあ遠慮なく貰っとく…」


 子供たちはもう元来た方へ走り出していた。

 それを追いかけてジェイド、オリヴィン、シンスケが続く。


 雷岩のところに戻ると、子供たちも一緒になって黒い小さな結晶を拾った。

 子供たちは拾うたびに石がキラキラするのが嬉しいようだ。

 五十個ほども拾っただろうか、朝は少しだけ空に浮いていた雲が、少しずつ空に広がって来た。


「そろそろ帰りましょう。空がなんだか怪しいわ」

 ジェイドがそう言って子供たちを(うなが)し、シンスケの家に帰ることにする。


 辺りが急に暗くなり、分厚い灰色の雲が低い位置まで(おお)って来た。

 すると空がゴロゴロと空気を震わせ始め、稲光が光り始めた。


 灰色の濃い霧のような雲が下がって来たと思ったら、いきなり雨が落ち始めた。最初五月雨(さみだれ)だった雨が、次の瞬間には強烈な勢いで大きな雨粒となって叩きつけて来た。


 ドゥゥゥン…ドゥゥゥン…と雲の中を稲光が駆けたと思うと、バシィッ…と光って、さっきまで石を拾っていた岩にもの凄い衝撃で雷が落ちた。


 バリバリバリッッッッ…と耳をつんざく音。全員必死で雨の中を駆ける。

 びしょ濡れになって近くの民家の軒下に駆け込んだ。


 全員、ハァ、ハァと息が上がっている。

 家の中から家人が出て来て、雨が上がるまで休ませてもらうことにした。


「またあの雷岩に落ちたんだね…くわばらくわばら…あんたたちも(そば)に行っちゃいけないよ」

 その家のおばさんが子供たちの体を拭いてやりながら、そんなことを言う。


「えーっ、雷様がお話ししてるんだよー」

 と子供が言うと、

「雷様も機嫌(きげん)のいい時ばっかりじゃないからね。触らぬ神に祟りなしって言うだろ?」


 雨が止んで明るくなり、家の人にお礼を言って帰る。


 シンスケの家では、お駒さんと長介さんが心配して近所を探しに出ていた。

 濡れたまま外を歩いて来たので、すっかり凍えてしまった。


 部屋に戻って着替えると、ジェイドも着替えて子供たちの着替えを手伝っている。シンスケが

「よっし、おじちゃんと風呂に入ろう!」

 と言って子供たちを風呂場に連れて行った。


 オリヴィンは懐から、ずっしり重たい石の入った手拭いを取り出した。

 先ほどから、何だか少し石が温かい気がしていたのだ。

(温かい…っていうかちょっと熱くない?)

 自問自答(じもんじとう)して手拭いの中から石を取り出してみると、温かいばかりか表面がパリパリと稲妻のように光っている。


(キレイだな…何故光っているんだろう?こんなの今まで見たことない…)


 オリヴィンは光っている一粒を摘んで見る。

 部屋中に(まぶ)しい光が充満した。


(雷のエネルギーを吸収したのか?それにしても…眩しいほどの光量だ)


 西の大陸には光源となる『発光石』という魔石が一般的だ。それほどの光量は無く、たくさん使うことで明るさを確保しているが、色は白色でやはり太陽光と比べると、全く足りないと言っていい。


 だが、この石はどうだろう?


 たった一つでこれほどの明るさだ。蝋燭(ろうそく)松明(たいまつ)、油を燃やして得る光と比べようもない。まさに日の光のようで、これならば夜の闇に(おび)えることもなく、本を読んだり、普通の生活ができるだろう。

 オリヴィンはこの石の持つ無限の可能性を想像して、背中がゾクゾクした。



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