74 雷岩
シンスケ、オリヴィン、ジェイドの一行は、シンスケの故郷である村に向けて旅をしていた。今回は山の中の村に向かっていくので、上り坂が多い。若い三人だが、流石に三日目はほとんど山の中を歩いて行くだけで、息が上がる。
だが反対に、久々の里帰りであるシンスケは元気になって来た。
「旦那〜、もうすぐ村が見えてくるぜ!」
その声からまた二つ山を越えて、いよいよ夕日が傾いた頃、里が見えた。
「さすがに山ん中は冷えて来たな、もうすぐ家だ。旦那、狭くてなんのもてなしもできないけど、今日は俺の家に泊まってくれ。家族には飛脚で文を出してあるから」
「悪いなシンスケ。今日は甘えさせてもらうよ。ジェイド、大丈夫?」
ジェイドはオリヴィンの声に『うん』と首を振って微笑んだ。
村に入って、麦が植えられた畑の中の道を進んでゆく。ぽつぽつと藁葺き屋根の家が点在する中を進むと、一段上がったところに大きな藁葺きの二階屋があった。
「着いたぜ、ここだ。おーい、ただいま!」
シンスケが障子が貼られた板戸を開けると、中から賑やかな声がした。
「おかえり!」
「シンスケおじちゃん、おかえり!」
小さな子供が二人、シンスケの足元に絡みついて来た。
その後ろはシンスケよく似た若い男だ。
「おお、シンスケ。よく帰ったな〜」
「兄さん、ただいま!」
「お客さんだ、兄さん悪いけど頼むな。あと、父さんと母さんは?」
「奥の座敷でそわそわしながら待ってるさ。…さあさ、お客人。奥へお入りください」
「急にお邪魔して申し訳ない。よろしくお願い致す」
オリヴィンは城下町で覚えた侍言葉で返した。
見たところ、シンスケの家は村内でも裕福な家なのだろう。奥の広い座敷に通されて、シンスケの親父殿と対面する。
「やあ、よくいらっしゃった。こんな山奥まで、さぞかし大変だったでしょう」
「いえ、シンスケ殿の道案内で良い旅ができました。申し遅れました、それがし織部祐之進と申します。お見知り置きを。こちらはそれがしの許嫁で翡翠と申します」
オリヴィンはあらかじめ考えておいた偽名を言い、後ろを少し振り向いてジェイドを紹介すると、斜め後ろに控えていた彼女が首を垂れた。
「これはご丁寧に、わしはこの吉福村の村長をしております、椎名又右衛門と申します。それにしても、お美しい許嫁の方をお連れで」
「ほんにねえ、こんなお美しい方、村にはおらんねぇ」
シンスケの母上と思しき年嵩の女が言葉をはさんだ。親父殿が慌てて
「これは失礼を。こちらは家内のお幸でございます」
と付け加える。
「後ろに控えておりますのが、シンスケの兄長助、長助の家内のお駒、それに二人の孫たちですじゃ」
「みなさま、お世話になります」
オリヴィンが軽く会釈をすると、皆んなが深く頭を下げた。
「織部様、この度は我が村の『雷岩』のお調べでお見えとか…?」
「はい」
「あれは不思議な岩でのう…何度も何度も雷が落ちるのじゃが、粉々になることものうて、まるで空の雷様と岩が挨拶しているようでのう…」
「そうですか、それは興味深いですね」
「岩に触ると『ビリビリする』ちゅうもんもおるし、火花が散ったとか、いろんな話があるのですじゃ」
「岩に触って何か、それまでと違うことができるようになった方はおられるのですか?」
そうオリヴィンに問われて、シンスケの親父殿は “しまった”と言うような表情になった。
「…わしにはようわかりませんが、そんなのはまあ噂話というか、伝説というか…ま、今日はお疲れでしょうから、風呂にでも入ってお寛ぎください」
親父殿が長男に、奥の部屋に案内するように言って、オリヴィンは奥の間に通され、ジェイドは子供たちと一緒に別の部屋になるようだ。
ジェイドを案内した長男の嫁のお駒さんが、
「まだご婚礼前と聞きましたので、翡翠さんは申し訳ありませんが、子供たちと同じ部屋でお願いいたします」
と申し訳なさそうに言う。
「ありがとうございます。私、子供大好きなので嬉しいです」
ジェイドがそう言うと、お駒の顔がほっとした表情になった。
「織部さま、風呂が沸きましたのでこちらへどうぞ」
シンスケが部屋に呼びに来る。
「旦那、誰だよ、織部祐之進って?まあ、本名言っても驚かれんだろうけど…」
と可笑しそうに笑う。
「なるべく驚かせたくないんだ。黙っててくれよ」
「わかってるって。俺に取っちゃ仕事で里帰りもできて、御の字だしな」
シンスケは風呂場に案内すると、
「上がったら、これ着替えな。そういや、旦那五右衛門風呂の入り方ってわかるか?」
オリヴィンはそう聞かれて、
「大丈夫。宗像様の城下で知り合いの家に逗留した時、教えてもらった」
と答えると、
「そっか。じゃあぱっぱと入っちまってくれ。旦那にゃ悪いが、後がつかえてるからな…」
その夜はシンスケの実家の手厚いもてなしを受け、頂いた酒と旅の疲れでぐっすり眠った。
翌朝、鶏が刻を作る声で目覚めると、もう家の者たちは黙々と仕事をしている。農家の朝は早い。飼っている家畜たちに餌をやり、飯前仕事をする。子供達まで鶏に餌をやり、水を替え、玉子を集めるなどの仕事を分担している。
ジェイドが髪に手拭いで頰被りして、朝餉の支度を手伝っている。なかなか慣れた手つきだ。
「おはようございます、織部様。よう眠られましたか?」
奥方が声を掛けてくれる。
「すみませんね、翡翠さんにお手伝いさせちゃって。いいお嫁さんになりますよ、手際がいい」
そう褒められて、オリヴィンんもジェイドもちょっと照れた。
朝餉を済ますと、シンスケに案内してもらって『雷岩』に向かう。
「オリィ、子供たちも連れて行っていい?私が面倒を見るから…」
と上目遣いにお願いされ、断れる筈もなく一緒に行くことになった。
子供たちと楽しそうに手を繋いで歩くジェイドに、別の一面を見た気がして目を奪われていると、シンスケに
「旦那、今また翡翠さんに惚れ直してるだろ…」
と揶揄われた。
その岩は村の外れの断層になっている場所に在った。
地殻の変動で隆起した場所が一部崩落して、そこから現れた白い岩石に黒い鉱物の結晶の塊が無数に埋まり込んでいる。
「それに触ると “ビリビリ”するんだよ」
ジェイドが連れてきた子供の一人が言う。
オリヴィンとジェイドは顔を見合わせて、そっと近づいてみる。
黒い結晶に手を伸ばした途端、手と石の間にビリビリっと白い光が雷のように走った。
オリヴィンの左目に金色の輪が輝く。
「お兄さんの目、金色に光るんだ!」
大きい方の子がオリヴィンの目を見て、驚きの声を挙げた。
「怖くない?」
「…少し、こわい」
「正直だね…みんなも触るとビリビリなるのかい?」
「みんなじゃないけど…」
「私も触ってみていい?」
ジェイドが我慢できずに聞いた。
「うん、お姉さんも触ってみなよ!」
ジェイドの指先が白い岩石の上の、黒い鉱物に触れる。
途端にバリバリと何本もの細い光の線が指と鉱物の間を伝った。
「俺も触っていいかな?」
シンスケが横から手を出した。だが、シンスケの手からは何も反応がない。
「シンスケおじちゃん、何も起こんないね…」
「…ちぇっ、なんだよ…」
子供達はシンスケの残念そうな顔を見て、あはははと笑っている。
子供達が言うには、
『村の子どもの半分はビリビリするよ』『それに、女の方が多いよ』と説明してくれた。
「岩の中に雷神さんの子が住んでいて、時々天の雷神の父様、母様とお話ししてるんじゃないかな?」
子供たちの間ではそんな伝承になっているらしい。
オリヴィンは足元に、黒い結晶の欠片が転がっているのを見て、拾って帰ろうと手を伸ばした。
その途端、真っ黒な欠片はなんと太陽のように輝き出したではないか!
「えっ?」
そこにいた全員が呆気に取られる。
オィヴィンの左目も金の輪が浮かんでいるが、黒い石の明るい輝きはその比ではないのだ。
夜の月よりも明るく、蝋燭や行燈の火よりも数倍眩しいくらいに輝いている。
子どもの一人がポロリと漏らした。
「お日様みたいだね…」




