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73 シンスケ

 

 何でも屋のシンスケは、出島に出入りしている商人の紹介で、異人の旅人の荷物を運ぶ仕事を引き受けた。


 出島から三日かけて『大きな半島の向こう側にある小藩の城下町まで荷物持ち兼従者となって異人を送り届ける』という仕事だった。

 “異人” と言うからてっきり髭面で顔の赤い大きな男を想像していたのだが、実物はまるで違った。


 長い黒髪に黒い目の役者のような色男だった。言葉こそあまり話せないので、通詞のモキチという若者が付いて、逐一いろんなことを説明していたが、異人らしい黒い革の長靴を履いている以外は、普通の男に見えた。


 三日間一緒に旅をし、同じものを食べ、同じ部屋で寝て、一緒に裸で風呂にも入った。


 (なんだ、異人って言うからどんな奴かと思えば、全然良いヤツじゃんか…)


 返りの荷運びも期待したが、逗留(とうりゅう)が長くなりそうだと聞いたので、先に戻ることにした。

 初めてできた異人の友達(俺がそう思っているだけか?)とも別れがたかったが、()扶持(ぶち)を稼がねばならないので仕方がない。帰りはのんびりせずに歩けるだけ歩いて、二日で帰った。


 そうこうしているうちに歳末となり、新年を迎えた。

 大晦日は一人長屋で酒を飲んでそのまま新年を迎えたが、寂しいことこの上ない。


 寝る前にいつも思うには、あの娘のこと…

(アイ、お前はどこでどうしているんだろう…?)


 真っ黒な長い髪、ちっさな白い顔、真っ赤な目…人伝(ひとづ)てに町場へ出て来たものの、なかなか消息は(つか)めない。


 松の内も明けてからしばらくして、再び出島からお呼びがかかった。


 話を聞きに行ってみると

「ある村に不思議な現象を起こすと言う石があるらしい。その村までの案内を頼みたい」

 というものだった。


 シンスケはオリヴィンを前に、久方ぶりの再会で少し心がウキウキした。

 今回の調査は、帰化した異人の頼みのようで、オリヴィンとその想い人である女子(おなご)も一緒に行くのだそうだ。


「こんにちは、シンスケさん。私、ジェイドと申します。ニッポニア名では翡翠(ひすい)と申します。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げられて、シンスケはしどろもどろになった。

「あ、俺シンスケちゅうもんで…お、オリヴィンの旦那とは、前に、そのなんだ、一緒に旅をさしてもらって…裸で風呂まで入った仲で…」

「おいおい、誤解されるようなことを言わないでくれ、シンスケ」

 慌ててオリヴィンが言葉を制す。


 それを聞いていたジェイドがクスクスと笑いながら言った。

「前回、宗像様(むなかたさま)のご城下まで、モキチさんとシンスケさんがご一緒してくださったんですね。オリィから聞いてます」


「そ、その通りで…」

 シンスケは内心ドキドキして、翡翠(ジェイド)の顔を真っ直ぐに見れない。


(スッゲー美人じゃんか!って、今度はこんな美人と一緒か!嬉しすぎるぜ…)


旦那(だんな)、俺を頼ってくれるのは嬉しいけど、どこへ行くんだ?」

 と聞くと、シンスケの故郷である村だと言う。


「え、もしかしてあれか、 “雷岩(かみなりいわ)” か?」

「知ってるのか?」


「知ってるも何も、おれっちの村じゃ “村の守り神” みたいなもんだ。“守り神”なんだか、“疫病神(やくびょうがみ)” なんだかわからないけどな…」

「そうなのか?」


「しょっちゅう雷が落ちるんだ、そこ。雷が鳴り始めたらその岩からはなれないと危ないんだ」

「へぇ、面白いな…」


「面白いちゅうか、あぶねえ。その辺りには木も植えられないし、作物も植えられない。しょっちゅう雷が落ちて燃えるからな」

「なるほどね…」


「通りがかりに雷に当てられて、人が死ぬこともある」

「怖いな…」


「だっろー?でも、雷に当てられても死ななかった子もいるんだぜ」

「そうなの?」


「前に話した女のこと、覚えてるか?」

「ああ、黒い長い髪に赤い目の娘のこと?」


「そう。あの子は小さい頃雷石のそばで雷に()って、それから目が真っ赤になっちまったんだ」

「へぇー、すごいね」


「シンスケさん、その人、その(あと)何か変わったことなかったですか、目の色以外で…?」

 ジェイドにそう聞かれて、シンスケは内心ぎくりとした。


「な、なんで知ってる…?」

「他にもそういう方がいるんです、世界中に…」


「せかいじゅう…?」

「雷に当たっても死なずに、その後いろいろな力を見せた人たちが結構います」


「そうなのか?」

 シンスケは逡巡(しゅんじゅん)する。雷に当たって一時は危なかったものの生き延びて、それから変わったこと…


「思い当たるんだね…」

 オリヴィンに言われて、シンスケはボソボソと話し出した。


「…日照(ひで)りでさ、作ってたタバコの葉がみんな枯れて、地代も納められなくて…そんなとき、お(かみ)が税の取り立てに来てよ、あの()が追い払ったんだ…手から雷みたいの出して…」

「そうなんですか…」


「みんなのために、あいつが一人で立ち向かったんだ。でも最初は凄い凄いって言ってた村の者も、そのうち気味悪がってさ…薄情(はくじょう)だよな…挙句(あげく)に親に売られて行っちまった…」

「そうだったんですね…」


 ジェイドは頭の中にあの赤い目の妓女を思い浮かべた。

 あの強い瞳は、そんな逆境も跳ね除けて生き抜いてきた強者(つわもの)の目だったのだ。


「で、いつから行ける?」

「今日明日は他が入ってるんで、明後日なら行けるぜ、旦那」


「どれくらいの旅になりそうかな?」

「丸二日と半日って距離かね。三日目の夕方着く感じかな」


「わかった。今回は彼女が一緒だから宿もそれなりを紹介してくれ。駄賃(だちん)(はず)むよ」


「…旦那、すっかりこっちの言葉が板に着いたな。もうモキチの出番はねえやな!」

 そう言うとシンスケは楽しそうに笑った。



 * * *



 その明後日(みょうごにち)、出島の門が開くとすぐ、シンスケはオリヴィンたちを迎えに来て、驚いた。


 オリヴィンはすっかりニッポニアの若侍のような旅装束(たびしょうぞく)で、変身石で黒髪・黒目になっていて、長い髪を後ろで結え、馬の尻尾のように垂らしている。腰には脇差(わきざし)を差して草鞋(ぞうり)を履いた姿は、言われなければ別人だと思っただろう。

 ジェイドは町娘の旅姿で、なんら違和感もない。


「ダンナ~、言われなきゃわからなかったぜ。すっかり旅慣れたようだなー」


 今回も特別に依頼された旅なので、それなりの通行手形(つうこうてがた)を出してもらったようだ。

 三人はシンスケの故郷である内陸の村に向けて出発した。

シンスケって誰?と思った方、ごめんなさい。 62話 温泉の「荷物持ち」です。

書き更えさせていただきました。

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