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69 異人の娘

 

 古関祐之進がキクとアカネの二人と共にご城下に戻って来た頃、すでに他の『異能(いのう)の衆』の訓練は始まっていた。


 男たちは、基本的な体力づくりや、武器の扱い方などを中心に訓練が開始され、女たちは基礎的な護身術や柔術、怪我などに対応するための机上での講義が始まっていた。


 祐之進は、他の者たちより遅く入居したキクとアカネのために、最低限必要な生活用品などを持って彼らの住居となった長屋に向かっていた。

 主には鍋、釜、食器などだが、米や野菜なども預かって持って来ていた。


「キクさん、アカネ、古関です」

 奥からバタバタと走ってくる子供の足音が聞こえ、勢いよく外口(とぐち)が開いた。

「古関さま、こんばんは!」

 アカネは大きな声で挨拶すると、人懐(ひとなつ)こい顔を祐之進に向ける。


 祐之進は、

「着いたばかりで何もなくて大変だとは思うが、鍋と食材も少し持参した。これで夕餉の足しにしてくれ」

 と、どさりと上り口に荷物を置いた。

 母親のキクが出て来て答える。

「ありがとうございます!近所の人たちもいろいろ持って来てくださって、本当に助かっています」

「夜具はあらかじめ運んであったと思うが、足りそうか?」

「はい、大丈夫です。古関さまには何から何まで親身になっていただき、お礼の申しようもありません」

「はは、気にせず何でも困ったことがあったら言ってくれ。明日からは、少し訓練も始まるが大丈夫か?」

「はい、他の方々も時間になったらお声を掛けていただけるということですので、ご心配なく」

「そうか。ではまた明日、訓練場で待っている」

「古関さま、またねー!」

 アカネが明るい声で返事する。



 * * *



 デュモン卿とオリヴィンは、『異能の衆』の訓練を指揮していた。

 とは言っても、まだまだ魔石に慣れない素人(しろうと)の集まりである。侍のように武術の稽古を受けていれば統率(とうそつ)がとりやすいのかもしれないが、そちらの訓練もまだ始まったばかりである。


 オリヴィンは母国の学院で剣や体術の訓練や、団体での統率の取れた行動の取り方が馴染(なじ)んでいたので、侍たちの上から下への指揮系統がわかりやすかったのだが、そうゆう教育を受けていない者たちを教えるのは、結構大変なことなのだと今更ながら思い知る。


 今日からジェイドも女性たちの指導を手伝ってくれることになり、少しホッとしている。

 武家育ちの娘たちは、武道のほか座学で学ぶことも慣れているようで、講義の方も非常に熱心に聞いてくれて、通詞のモキチもやり甲斐(がい)を感じてくれているようだ。


 古関祐之進は女性の班の中にアカネの姿を探していた。

 そして、思ってもみなかった意外な人物を発見する。


 腰まである(つや)やかな黒髪、大きな翠色の瞳、桜色の口唇(くちびる)が花が(ほころ)ぶようだ。

(温泉宿で出会ったあの美しい女子(おなご)…何故こんなところに?)

 祐之進の胸は高鳴った。

「古関さま!」

 アカネの高い声が響く。声のした方に歩いていくと、数人の大人の女の陰から少女の顔が見えた。


「みな久しく訓練に励んでおるか?」

『はい!』と女たちが口々に元気な返事をする。


「古関さま、この(ひと)覚えてる?」

 アカネが親しげに話しかけてくる。

「あ、ああ。あの時の…」

「翡翠でございます。お久しゅうございます」

「翡翠どのであったか。息災(そくさい)でおられたか?」

「お陰様で…」


「古関さま、翡翠さまはすごいんだよ!どんな石でも(あやつ)れるの!」

 アカネが二人の間に割ってはいる。

「そうでござったか…翡翠どのは、どちらかのご推挙(すいきょ)でこちらに?」

「はい、私はデュモンの娘でございますので、お手伝いに参りました」


「デュモン殿の娘ご、でござるか…?」

 信じられない、という思いが祐之進の頭を駆け巡る。

異人(いじん)の娘』

 その言葉が祐之進の心の中に波紋のように拡がっていく。


「…古関さま、どうしたの?」

 アカネの丸い瞳が下から見上げている。我に帰った祐之進はアカネに尋ねた。

「それで、今日は何を教わっているんだい?」


 アカネは祐之進の前に細い左腕を差し出すと、右手の爪で猫のようにガリリッと引っ掻いた。猫に爪を立てられた時のように赤い引っ掻き傷ができた。

「な、何を⁉︎」

 驚く祐之進を尻目にアカネは落ち着いたものだ。

「大丈夫、大丈夫」

 アカネはそう言うと右手に白い石を握りこむ。すると握った手から(まばゆ)い白い光が(ひらめ)いた。

 その白い光を放つ手で傷の上をゆっくりとなぞる。

 赤い筋状に血が滲んでいた傷は、みるみる治っていった。


「これは…すごいな」

 祐之進が感嘆(かんたん)の言葉を漏らす。


「アカネは本当にすごいです。私の国でもこれほどに魔石を使える人は、ほんの一握りです」

 ジェイドはアカネの頭を撫でながら、祐之進に言った。

「そうなのでござるか?」

「あの…差し出がましいとは思うのですが…」

「なにか?」

「この女性たちは、戦わせる訓練をするのではなく、後方で怪我人の治療や薬を作る知識を与えてはどうでしょうか?」

「え?」

「私は“女が戦闘の中に身を置く”という未来が想像できないのです。それに戦う技術ばかり教えても、平時には何の役にも立ちません」

「……言われてみれば、そうでござるな…」


 祐之進はこの異人の娘の言葉に、妙に感心した。彼自身もアカネのような小さな女童が戦う訓練をするということに、内心は違和感を感じていたのだ。

 この違和感の答えが、異人の娘が言ったことにぴたりとはまったのだ。


「…早速、父上に提言してみます。翡翠殿、かたじけのうございます」


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