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6 魔石研磨師

 工房の裏にゴンドラを係留すると、裏口の鍵を取り出す。鍵には小さな青い魔石が付けられている。泥棒避けだ。ガチャリと鍵を開けると、暗い廊下に灯りがもう灯されている。

「おはよう、誰かもう来ているのかい?」

そう声を掛けながら奥に進んでいくと、職人頭のボラックスの声がした。

「おはようございます、坊っちゃま。お早いですね」

「頼むから、その『坊っちゃま』はやめてくれ。もう子供じゃないんだから…ボラ爺に相談があって、ちょっと早めに来たんだ」

「ハッハッハ、わかりましたオリィ様。それでは少しおまちください。今、見習いのネルが掃除をしておりますので」

ボラ爺は楽しそうに笑うと、工房へ戻って行った。

 彼は俺が小さい頃からずっといる職人で、何かにつけて面倒を見てくれた。ボラ爺ことボラックスは石の研磨から、地金の溶解、鍛造(たんぞう)、彫り、石留めと何でもこなす凄い職人で、学校の無い日など俺は一日中彼に(まと)わり着いていた。


 ボラ爺から見れば俺なんてひよっこだもんな、なんて頷きながら、地下のコレクションルームへ降りてゆく。分厚い石壁で囲まれたコレクションルームの扉を開け、左手を壁に沿わせながら目線を上げる。左目が金のリングのように光り、部屋のあちこちが発光石の白い光で満たされる。

「さて…昨日仕入れた石は…っと。」


 石壁の内側全面に、保管棚が並べられている。魔石はその魔力の強さによって分けられている。その一角に扉のついた棚があり、むろん鍵も掛けられている。ここは比較的強力な魔石が収められている場所だ。鍵束の中から小さな白い魔石の付いた鍵を取り、鍵穴に差し込む。

 カチャリと乾いた音がした。扉を開けていくつかの重なった木箱の中から、さらに小さな箱を取り出す。

そうそう、手袋、手袋…。

 これらの魔石は命の危険は無いものの、素手で触るのはよした方がいい。特に魔石が扱える魔眼持ちには、石の魔力が瞬時に発動しかねない。オリヴィンはポケットから薄い山羊皮の手袋を取り出して()めた。その中から一つの箱を取り出し、それを持って一階の工房に向かう。奥でボラ爺と見習いのネルが待っていた。


「これなんだけどね…。ちょっと大きいから、3つぐらいに切って欲しいんだ」

研磨台の前の椅子に腰掛けたボラ爺が、おもむろに箱を開けて石を取り出す。

「ほぉ、これはラビカン石ですかな」

「お前の目は誤魔化(ごまか)せないね」

「このことはご主人様はご存知で?」

「父上の目を誤魔化(ごまか)せるはずないだろ?」

俺は(かぶ)りを振って、諦めたように返す。

「そのうち詳しいことは父上にお話しするよ。けど、ちょっと急ぎで1個研磨して欲しいんだ」

「どのようにされるおつもりで?」

「大、中、小と三つの大きさにカットして、取り()えず一番小さいのをカボションにしてくれるかい? お前なら半刻(さんじゅっぷん)もかからずに出来ると思うが…」

「かしこまりました。ではこちらを優先でカット致しましょう」

「助かるよ。お前なら分かってると思うけど、少し厄介な石だ。気をつけてやってくれ」

ボラ爺にそう頼むと、今度は見習いのネルを振り向いて言った。

「ネルもこの石のことは黙っていてくれ。触るのもよした方がいい。普通の者にはボラ爺ほどの耐性はないからね。頼んだよ。」

 石の魔力がちょっと変わった方向なので、よく念押しをしておく。


 俺はボラ爺が石のカットと研磨をしている間に、ジュエリー本体を作る。手袋を分厚い豚革のものに換え、もうすでに火が入って熱くなっている炉の真ん中に、()()()をセットする。

るつぼが熱されて赤く熱気を帯びて来たら、小さな粒状の金を入れる。そこへ銀と銅を少々加えていく。

 金は純金のままだと軟らか過ぎてすぐ(ゆが)んでしまうので、こうして他の金属を加えて強度を上げるのだ。加える金属の種類や量で、強度や色合いまで変えることができる。

 下から足踏み式の吹子(ふいご)でどんどん空気を吹き込んで温度を上げていく。

一旦、るつぼの中は黒っぽくなるが、温度が上がるとともに赤みを帯びていく。

もう熱されたるつぼは底が真っ赤になっている。中の合金は混ざり合い、熱によってぐるぐる回りながら赤い色を増していく。暗い赤がだんだんと明るいオレンジ色に輝き出す。この瞬間に俺は、るつぼを鉄箸(てつばし)で掴んで、溶けた金を鋳型(いがた)に流し込んだ。オレンジ色に輝いていた金は、つぅーっと鋳型を駆け抜けて、黒っぽく静かに固まった。

 俺は静かに黒く変化した棒状の金を奴床でつまみ、金床に乗せる。そして金槌で叩いていく。

 均等な角棒になったら、鉄製のローラーを掛けて平たい棒状に延ばしていく。こうやって少しずつ形を整えて指輪を作ってゆくのだ。

 平たい棒状にした地金を金属の芯金に巻きつけて、金槌で叩きながら丸めてゆく。


サイズはどのくらいにしたら良いだろう?…と考えて手が止まる。

う~む、どうしよう。男の自分よりは細いよな…などと悩んでいると、研磨機の方からボラ爺がやって来て、磨いていた石を見せる。今日頼んだカボションカットは、裏側が(フラット)で表が山形のきれいな局面を作る、簡単な研磨だ。


「坊っちゃま、どうですか?」

オイオイ、また坊っちゃまって呼んでるし…と思いながら、石を確認する。

「ウン、大きさはこれでいいから、あとは表面を仕上げてもらえるかな?」

「わかりました、坊っちゃま」

あーもう、一生坊っちゃまでいいかー…とやさぐれていると、

工房の職人たちが次々と出勤して来た。


「おっ? お早うございまーす!…オリィ様、早いっすね~」

「おはよう、クロム」

クロムはまだ若いが、子供の頃から見習いで入ったので、今や工房の中堅だ。

「おはよう~、オリィ」

「リア(ねえ)、おはよう」

そしてラズリアこと“リア姐”は俺より9つ上の、凝った装飾を得意とする彫金師だ。

「お、お早うございます、オリヴィン様。」

「おはよう、ビリオム」

ビリオムはこの中では見習いのネルよりは長いが、比較的新しい研磨師だ。

主にボラ爺に付いて石の研磨をやっている。こうして、工房は一気に活気を取り戻す。


 その午前中に俺は、金の指輪のデザインを決め、おおまかに印を付けた地金を切って、パーツを切り出した。サイズを後で変更できそうな蔦の絡まるデザインに決め、どんどん(やすり)で削り出していく。最初は荒目の鑢から始めて、だんだん目の細かい細身の鑢で、蔦や葉を金の地金に削り出す。


「オリィ様。昼食はどうなさいますか?」

夢中になってやっていたら、もうすぐ昼だ。

「もう父上もお帰りになるだろうから、父上と食べるよ。皆はそれぞれ好きなようにしてくれ」

そう答えて、形になって来た指輪に目を落とす。石はもうボラ爺が仕上げてくれたので、石座を金のロウで指輪に付ければ、あとは石を留めつけるだけだ。

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