66 お茶会
十一月三十日、魔石の適性を見る『登用試験』の日になった。
五つに分けられた会場の前には、名前が書かれた掲示板が設置され、各々が自分の名前が書かれた場所に分かれていく。
女性の数は少なかったが、三十六名の応募があり、女性だけを集めた会場が振り分けられていた。
五人の審査官はそれぞれ、オリヴィン、デュモン卿、古関祐之進、祐之進の道場仲間で魔石適性を見出された二人だ。
オリヴィンとデュモン卿は目立たぬように、また変身石で変身して参加していた。とは言っても、オリヴィンの姿は女性たちには羨望の的であるようで、頬を染めた乙女たちが、モジモジしながらオリヴィンの姿を追っている。
オリヴィンにはモキチが通詞としてぴったり付いている。
女性の応募者クループに配されて、モキチは嬉しそうだった。
試験がそれぞれ始まり、あちらこちらの会場で声が上がったり、拍手が起きたりしている。
オリヴィンの最初の受験者は武家の娘のようだった。
火焔石に共鳴できるようでかなり上手に火を扱う。訊いてみたら、自宅で食事の支度や風呂を炊く時『火打ち石』として使っていたのが、どうやら火焔石だったようだ。
後の湧水石とスコロ石には反応が無かった。
そうして、二人、三人と試験していった。大体は若い娘が多かった。これは嫁ぎ先の相手探しという目的もあるのかもしれない。城勤めになれば、より良い相手を探すこともできるだろう。
スコロ石の適性を測るのに、先日のようにわざわざ怪我をするやり方はやめた。目の前でそんなことをされたら、大抵の者が驚いてしまう。
石を握ってもらい、何も起こらなければ適性なし、温かくなる、白く光るなどの反応があれば適性ありだ。
最後の受験者は十歳くらいの女の子だった。母親が連れて来たのだが、それは素晴らしい適性を示した。しかもどの魔石にも共鳴したのだ。
この少女は間違いなく天才だろう。ここにない魔石でも使いこなす能力が備わっていると思われる。
結果的にそこそこの適性がある者が五名、天才少女が一名の計六名が合格となった。
女性グループの試験が終わって、オリヴィンはここにいない愛しい女のことを思った。
どうしているだろうか…会いたい。
ジェイドの美しい翠色の瞳、白い肌、抱きしめた時に香る花のような匂い…どれを思っても恋しさが募り、体が熱くなる。
(早いとこ終わらせて帰ろう!)
オリヴィンは心に強く誓う。
他の試験会場でも、結果が出始めていた。
* * *
ジェイドはオリヴィンからの手紙を受け取って、少し気持ちが浮き立っていた。
その手紙には、温泉旅館のことや、皆が全裸で風呂に入る習慣があって驚いたことなどが書かれていて、最後には『早く終わって君に会いたい』と結ばれていた。
ジェイドは、どこまでもまっすぐなオリヴィンの気持ちを改めて噛み締める。
やはり、あの妓女の話は嘘だったのだと確信して、返事を書き始めた。
書いている途中で黒曜から声がかかり、どんな用かと思いながら行くと、黒曜は少し興奮を滲ませた声で、
「今日、ミメット邸にお茶に呼ばれました。あなたもご一緒にというお誘いなので、参りましょう」
とにっこりされる。
正直、もうあまり期待をしていなかったので、驚いてしまった。
「わ、私も行って良いのですか⁉︎」
「待った甲斐がありましたね。良かったですわ!」
と手放しで喜んでくれて、ああ、黒曜様が陰ながら助力してくださったのだと思い至る。
「おしゃれして参りましょうね。…手土産は何が良いかしら?ちょっと失礼して、用意いたしますわ!」
ジェイドは部屋に戻って着替えを探す。それほどの替えは持って来ていないので、悩むこともできない。昼間のお茶会なので、比較的地味めな選択になった。
(このショールだけは外せないわね)
ジェイドは18歳の誕生日にオリヴィンから贈られた、鮮やかな花柄の真っ赤な絹のショールを肩に掛けた。彼がこのショールを掛けてくれたあの日を思い出して、彼の手が肩に添えられているような気がして、心がキュンとなる。
そんなことを想いながら、姿見に映ったショールを眺めていると、黒曜の声がした。
襖ドアを開けると黒曜の手には、綺麗な翠色のドレスがあった。
「まあ、素敵なショールね。このドレスなら、そのショールとも合いそうだわ。良かったら着てくれる?」
黒曜の言葉にジェイドは感激した。そのドレスはジェイドの瞳と同じ綺麗な翠色だった。
ドレスを着替えて黒曜に見せに行くと、とても喜んでくれて、更に用意してあった真珠の髪留めとイヤリングを着けてくれた。二人して鏡を覗き込み、気分が高揚してくるのを感じる。
「本当に綺麗だわ。ふふ、オリヴィン様に見せたいでしょう?」
「え、そんな…」
ジェイドはオリヴィンの顔を思い出して、少し頬を染めた。
そうして二人は午後の早い時間、人力車に乗ってミメット邸へと向かった。
人力車は狭く入り組んだ坂道を上へと登って行き、瀟洒な邸宅へ通ずる小道の入り口で止まった。
二人は降り立つと、黒曜が先に立って狭い小道を案内していく。
「こちらですわ。足元にお気をつけて…」
木々に囲まれた小道を登って行くと、広い庭の隅に出た。綺麗に刈りそろえられた低木樹、その間に植えられた何種類もの花々が見事に調和している。
庭の中の小道を進むと、この辺りでは見られない二階建ての洋館が建っていた。木々の緑で外からは隠されているが、庭側の正面から眺めると、ちょっとした貴族のコテージのようで、ここが極東の外国であることが嘘のようだ。
「ごきげんよう、お招きいただきましてありがとうございます。奥様はいらっしゃるかしら?」
メイド頭が入り口で待ち受けている。
「はい、先ほどからお待ちでございます。どうぞこちらへ」
メイド頭に付いて、開かれた両開きのドアをくぐり、エントランスへ進む。
「ようこそいらっしゃいました」
そう言って出迎えてくれたのは、腰まである長い黒髪の女主人だった。
「今日は主人が出掛けておりますので、私たちだけでゆっくりおやつでも頂きましょう」
優しい声でそう言って、二階の庭に面したバルコニーに案内される。
「どうぞ、こちらにお掛けになって」
黒曜とジェイドは、女主人の後について、椅子に掛けた。
緊張で動きがぎこちないまま、ジェイドは女主人の右側に腰掛けた。ジェイドは俯いて膝の上でギュッと手を握りしめている。
「…遠いところをよくいらっしゃいました。私がミカサ・ミメットです。あなたが、ジェイドさんですね」
ミカサとジェイドの目線が重なり合った。
急速にジェイドの目の周りに熱が集まり、涙が盛り上がる。
その美しい翠の目から涙がこぼれ落ちる寸前に、ミカサはジェイドを抱きしめていた。
「翡翠、私の翡翠…」
ジェイドはこの瞬間に悟った。
『ああ、この人も苦しんでいたのだ。けっして会いたくなかった訳じゃなかったのだ』と…
ミカサはひとしきりジェイドを抱きしめた後、震える声でこう言った。
「翡翠、こんなに大きくなって…綺麗になったわね。…お顔をよく見せて頂だい」
ジェイドは溢れる涙に濡れた顔を上げて、ミカサの瞳を見つめた。
「素敵な女の子になったわね。あの人に感謝しなくては…」
「…ぁ。…お、かあ、さん…」
ジェイドが小さな声で絞り出すように言った。
ミカサの目にもみるみる涙が溢れて、もう一度しっかりとジェイドを抱きしめた。二人はしっかりと抱き合って、涙を流していた。
(よかった…!会いに来て良かった…)
ジェイドは長い長い道のりの果てに、こうして母と会えたことに心から感謝した。
その時、部屋のドアがバタンと開いて、小さな黒髪の女の子が走って来た。
「おかあちゃま、おきゃくさまなの?」
まるでジェイドを小さくしたような、可愛い女の子だった。その後ろから、更に小さな子供の顔が覗いた。
「おねえちゃま、ずるい〜。おかあちゃま、ぼくも〜!」
こちらの男の子はまだ少し舌足らずな話し方だ。さらさらの茶色い髪が天使の輪のように輝いて見える。
ジェイドは小さな二人を見て、母がなかなか会うことを承知しなかった理由に思い当たる。
ミカサは我に返ると、ハンカチで涙を拭って言った。
「二人とも、お行儀が悪いですよ。お客様にご挨拶なさい」
黒曜がすかさずハンカチをジェイドに差し出し、ジェイドはそれを受け取ると涙を拭った。
「なんでないてるの…?かなしいおはなしきいたの?」
小さな男の子が母とジェイドを交互に見上げて聞いた。
女の子の方はそんな弟を叱るように、
「ケンジー、だまって。ごあいさつするのよ」
と言って、丁寧にカテーシーのポーズを取った。
「ごきげんよう。わたしはミリアムともうします」
それに釣られるように弟も挨拶する。
「ご、きげんよぅ。ケンジーです」
黒曜が
「ごきげんよう、ミリアム様、ケンジー様」
と挨拶を返す。
「…ごきげんよう。ジェイドと申します」
ジェイドも可愛い二人にお辞儀する。するとジェイドを見上げていた男の子が不意に大きな声を出した。
「おねえちゃま、ぼくのおねえちゃまにそっくり!おおきいおねえちゃま?」
小さなケンジーの素直な言葉に、そこにいた全員が言葉に詰まる。
ミカサは眉を少し顰めると、
「ケンジー、ミリアム。さあ、お菓子をあげますから、あちらで遊んでいて頂だい。お母様はお客様とお話があるの」
と言って、テーブルの上に置かれた焼き菓子を二つ手に取り、子供達に持たせた。
「はぁい、おかあちゃま」
「おきゃくさま、おじゃましてごめんなさい」
二人は手にお菓子を貰って、嬉しそうに笑いドアから出て行った。
「ごめんなさい、お騒がせしてしまって…」
ミカサはティーポットから紅茶をそれぞれのカップに注ぐと、『どうぞ』と勧めた。
「…ごめんなさい。父に『ユーレックスが翡翠の玉璽を持って帰って来た』という話を聞いて、きっと何かの伝手をたどって来るのでは…と思っていました。夫の手前、面と向かっては会えませんので、黒曜さんから、その…翡翠のことを聞いて『会いたい』と思っていました。ですが夫は迎賓館で会って話をしたことをなかなか言ってくれなくて。
…黒曜さんに説得されて、やっと私に話してくれたんです。私は『一眼だけでいいから会いたい』と言って、やっと会うことを許されました。本当に遅くなってしまってごめんなさい…」
「いいの。おかあさんが、会いたいと思っていてくれただけで、嬉しい…」
ジェイドはもうそれだけで充分だった。
そして、ミカサは話始めた。あの別れの日のことを…
海賊の襲撃を受け、矢傷を負ったミカサは海に落ちた。
次に気がついたのは、大きな帆船の中だった。その船は貿易船で、西への風が吹いているうちに本国へ向かう途中だった。
誰に聞いても、小さな女の子と金髪の大男のことはわからず、そのまま船で航海を続けることになった。
その船で知り合ったのが今の夫、アダム・ミメットだった。彼は医者で、ミカサの傷を手当てし、その後もなにくれとなく優しくしてくれた。
本来、女が船に乗るのは縁起が悪いと船乗りたちに嫌われている上、異教徒のミカサに対する周りの圧力はかなり厳しいものだったが、船から放り出されることなく済んだのは、船医のミメットのお陰だった。
船が母港に辿り着いて、雇われ船医だったミメットはミカサを彼の故郷オクスタリア国に連れて行った。そしてその後、結婚を申し出た。
他に誰の知り合いもいないミカサは承諾し、しばらくの間オクスタリアで過ごす。その間に、オクスタリアの言葉や歴史、西洋世界についての見聞を広めていった。
「人間の生涯というのは、思いがけないものですね。
その後、また夫が船医の仕事を得て、この国に舞い戻って来れたのです。夫は私のために、この国に帰化することを決意してくれて、子供も生まれ、こうしてここにいる訳です…」
ジェイドは、母も数奇な運命に翻弄されてここにあるのだと思うと、とても不思議な気がした。父も母も、ジェイド自身もその運命の命ずるままにこうして出会い、別れ、また出会う。
こうして紡がれた運命の糸は撚り合わされて、人生の物語を織りあげていくのだろう。
「今度はあなたの話を聞きたいわ…」
ミカサがジェイドの顔を覗き込んだ。
すると、俄かに下の階でバタバタと音がして、誰かがこちらへ近づく気配がした。
「ミカサ!今帰ったよ!」
ドアが勢いよく開けられると、声の主が入って来た。
明るい茶色い髪に、金茶の瞳、口髭が無ければ先ほどの小さな男の子がそのまま大人になったような容貌の紳士だった。
「ミメット様、お邪魔しております」
すかさず、黒曜が挨拶した。
「おや、これは失礼した。女性だけのお茶会を邪魔してしまったね」
「ごきげんよう、ミメット様。ジェイド・デュモンです。お会いできる機会を下さって感謝します」
ジェイドは咄嗟にミメットに挨拶を返す。
「おとうさま。おかえりなさい!」
「おとうちゃま!」
二人の子供が子犬のように足元にまとわり付いて来て、ミメット卿は小さなケンジーを抱き上げた。
「よかったらゆっくり話をしていってくれたまえ。子供達の相手は私がするから」
ミメットはそう言うと、二人の子供を連れて階下に降りて行った。
それから、ジェイドは自分の生い立ちを二人に話した。
今まで生きて来て、誰にも話したことのない話だ。
物心のつかない小さい頃から、ずっと父と二人で世界中を旅して魔石を掘って来たこと。時々はお金がなくて食べ物が買えなかったり、ボロボロの服を着て過ごしたこと。
生活のために魔石掘りに行った父を、ずっと他人の家に預けられて、ひたすら待ったこと。
生きていくために、魔石のことや外国語、人々の考え方や風習を見て覚え、過酷な地への魔石採取のために性別を変える魔石で男になり、体を鍛えたこと。
黒曜とミカサは黙って泣きながらジェイドの話を聴いていた。
ミカサは子供のジェイドがどれだけ大変な旅をして来たか、改めて知った。
それでも今ジェイドは、さまざまな出会いがあって、こうしてまた自分の生まれた国へ来れて、死んだと思っていた母親に会えたことに感謝していると言う。
最後には陽の落ちかけた夕暮れのバルコニーで、三人とも号泣していた。
冷め切ったお茶をすすり、いつまでも枯れない涙を拭いて、ジェイドと黒曜はミカサに別れの挨拶をする。
「あの人に…、あの人に『感謝している』と伝えてください…。『こんな素敵な娘に育ててくれてありがとう』と…」
ミカサはそう言って、もう一度ジェイドを抱き締めた。
陽が落ちて黒曜が暇乞いをすると、ミカサが人力車を手配してくれた。
ミメット氏にも丁寧にお礼を申し上げると、二人は屋敷を後にした。




