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65 登用試験

 

 明らかな悪意だった。

 妓女のアイリンが言ったことのすべてが本当とは思わないが、ジェイドは悲しくなった。

(『何ももなかった』って、オリィは言ってた。もし、何かがあったんだとしても、彼がそれを私に隠せる筈がない…)

 それよりも、何がアイリンにそう言わせるように導いたのかが、気になった。

(誰かが言わせてる?それとも、私か、オリィが彼女を傷つけた?)


 気づかぬうちに人を傷つけてしまうことは有り得る…私たちが傲慢(ごうまん)な人間に見えたのだろうか…?そう考え始めて、ジェイドは(かぶ)りを振った。

(…やめよう、こんなことを考えても仕方がないわ…)

 ジェイドは足の(しび)れが(おさま)ると、自室へと帰って行った。



 * * *



 一方、宗像城(むなかたじょう)の城下ではこんな高札(こうさつ)が立てられていた。


『城にて身を(ささ)げ働く意思のある者を、身分の上下なく求む。

 (こころざし)の有るものは後日登用試験を行うので、名、居所(いどころ)を記入し受付箱へ入れよ』


 高札の横には黒々とした字で『受付箱』と書かれた木の箱が設置されていた。

 その日から、昼間堂々と書きつけた書状を入れる浪人者や、夜中コソコソと人目を忍んで入れに来る者まで、沢山の者が訪れた。

 七日ののち受付箱は撤去され、その三日後に新たな高札が掲げられた。


『十一月三十日、登用試験を行う。名前を受付箱へ入れたものは、当日“風紋地区皆神川河川敷”へ来られたし』

 と記されてあった。


 城内では、場所を借りてオリヴィンとデュモン卿、世話役を仰せつかった古関(こぜき)殿が、通詞(つうじ)のモキチと共に話し合っていた。


 魔石を扱える者かどうかを吟味する振り分け試験(テスト)の内容については、あらかじめ古関殿にも話している。だが、今回は応募者が予想を上回る人数で寄せられたのだ。


 人数が少なければ、事前にその者の素性(すじょう)を調べ、その出自に怪しいところなどがないか確認をするところなのだが、今回の募集では二百名近くの応募があり、それでは対応できなくなってしまった。

 それで、場所を河川敷に変え、万が一何か起こっても対処が可能な開けた場所を選んだ。


 隣の部屋では、手伝いを言いつかった家臣たちが、寄せられた名から性別を分け、五つの山に振り分けている。

「五つに分け、それぞれの場所で同じ条件の試験を行う、それでよろしいか?」


 思わぬ仕事を振られてしまった古関は、齢四十代中頃といったところであろうか、真面目で穏健(おんけん)な性格を見込まれての抜擢(ばってき)だろう。


「それぞれの場所で『審査をする者』が必要ですので、取り急ぎ新たに『審査官』を養成しましょう」

 オリヴィンの言葉にデュモン卿も頷く。

「まずは、城内の方たちにやってもらいましょうか?」

 オリヴィンの言葉に、古関はため息を吐きそうになる。


(城の家臣たちが皆、協力してくれるだろうか…?)

 大体において、君主で有る時貞公は“新しもの好き”である。今回の“異人召喚(いじんしょうかん)”もその君主の気まぐれの一つで有る。家臣の中には『いちいちそんな気紛れに付き合ってはいられない』と思っている者たちも多いのだ。

 そんな(うれ)いが顔に出ていたのか、デュモン卿が助け舟を出した。


「やっても良いと申し出てくれる者だけで良いのではないか?」

「そうですね!その方が早くすみますし!」

 モキチも古関の気持ちを察したのか、同調する。


「そうですか、それじゃあそうしましょう。場所はどうしますか?」

 古関は思いついて、

「息子が通っている道場主に、協力を仰いでみましょう。そこに通っている若者にも協力を請えば、話は早いやもしれません」

「わかりました。よろしくお願いいたします」

 オリヴィンはそう答えて、

「それでは我々は、会場の下見にでも行きますか?」

 とデュモン卿を見やる。


 古関殿が慌てて、それを止める。

「お待ちください。この辺りの者は出島と違って異人に慣れていないのです。そのお姿では皆、引いてしまいますぞ」

「それなら、心配ご無用です。お手数ですが、着物を二着お貸し頂けませんか?」

 そう言うと、オリヴィンは『変身石』で黒髪、黒目の麗しい若者に変身した。


 デュモン卿も持ち物の中から変身石を取り出すと、渋い中年の大きなニッポニア人に変身した。これも、手紙の中に『変身石』で変装して来てくれるように書いておいたお陰だ。


 用意された着物に着替えると、オリヴィンは長い黒髪を頭の後ろの高い位置で結んだ。

 デュモン卿は植物の茎を乾かした物で編まれた“編笠(あみがさ)”を(かぶ)って、モキチと案内の若者一人だけで、歩いて試験会場予定地に向かった。


 案内の若者は古関殿のご子息らしい。

「古関祐之進(ゆうのしん)と申します。父共々よろしくお願いします」

 と、丁寧に挨拶された。お父上と同じく気配りのできる御仁(ごじん)らしい。


「そうしていると、宗像(むなかた)ご城下のお(さむらい)って言っても通じますね」

 モキチがオリヴィンを見て楽しそうに言う。

 着物の他に、何とご丁寧に刀まで貸してくれたのだ。


 半刻ほど歩いて、河原にたどり着いた。川の向こうには雄大な火山が(そび)えている。

「この河原には温泉が沸いているのですよ。川の水を()き止めて温泉に浸かるものもおります」

 祐之進殿が解説してくれる。

 河原の向こうに小さな小屋が立っているのが見える。

「河砂を寝床に(しつら)えて、『砂蒸し』という温泉の熱を利用した療養施設です。万病に効きます」


 火山のある国というのは初めてだが、こんなに民衆の生活に火山が違和感なく溶け込んでいるのかと感心する。

 広い河原を視察して、五箇所の試験場の大体の場所を決める。

「大雨や火山の噴火でもないかぎり、これで大丈夫かと思います」

 と祐之進殿が言ってくれ、安心した。


「ところで祐之進殿、今ちょっと試してみませんか?」

 唐突にオリヴィンに言われて、祐之進は『え?』っとなった。

「うむ、そうだな。手始めにお主が受けてみると良い」

 デュモン卿も同意する。


「あー、俺もやってみたいです!」

 モキチが手を上げて一歩進み出る。

「いいよ、じゃあモキチから行くか…」

 その時、

「お待ちください!私にやらせて頂けませんか?町人に遅れを取ったと言われては武士の名折れ…申し訳ないがモキチ殿、お譲りください」

 と祐之進が真剣な表情で申し出て来た。モキチは特にこだわる様子もなく、

「祐之進様、どうぞお先に」

 と後ろに下がった。


 デュモン卿は荷物の中から数個の石を取り出すと、その一つを手に乗せて祐之進の目の前に差し出した。


「この石は『火焔(かえん)石』という魔石です。これを利き手に握って、頭の中に『炎』を想像するのです」

 そう言うと、デュモン卿はその手に火焔石を握り、手の上に炎を現出させた。

「おお!」

 祐之進は驚いて一歩後ろに後ずさった。

「さて、やってみましょう」

 卿はそう言うと、石を祐之進の前に差し出し、祐之進はそれを左手で受け取った。

 そして左手に握り込むと、

『うん!』と掛け声を掛ける。

 前に突き出した左手の上で、チカチカと小さな火花が上がった。

「おお!」

 祐之進は思わず声を上げるが、それ以上の火は出てこない。

 少しがっかりした顔になった祐之進から火焔石を受け取り、デュモン卿は別の石を渡した。

「これはどんな…?」

 といい掛けたその時、ぴゅうっと水が手から吹き出した。


「祐之進殿は『湧水(ゆうすい)石』の適性があるようですな」

「そのまま、川に向かって水の玉を打ち出すのを想像してください」

 オリヴィンが言うと、じっと見つめた祐之進の左手から、水の玉が作り出された。水の玉は大きくなると勢いをつけて川に飛んでいく。

 バチャンッ、と川の上で(はじ)けた。祐之進は呆然(ぼうぜん)と自分の手を見つめる。


「では最後にこれを握ってもらおう」

 デュモン卿はそう言って小さな白い石を取り出した。

「あ、そんな物を持って来たんですね」

 オリヴィンが意外そうにする。


 デュモン卿はまだ固まっている祐之進の手から湧水石を回収すると、その白い石を握らせ、

『ちょっと待っていてくれ』と言って河原から欠けた石を一つ拾い上げる。

 そしてオリヴィンの袖を(めく)ると、その欠けた石をズリっと()り付けた。


「痛っ!何するんですか?」

「お主はわしの弟子だったろう?」

 デュモン卿は悪戯(いたずら)っぽい目をしてオリヴィンを見る。

 石で擦られたオリヴィンの腕は擦り傷ができて血が(にじ)んだ。

「まったく!何てことするんだあんたは!」


 祐之進は呆気(あっけ)に取られていたが、手に握った石がほんの少し温かくなるのを感じ、それを見る。

 なんだか、じんわりと白く光っている気がする。

 デュモン卿は怒るオリヴィンの腕を掴んだまま、祐之進の前まで引っ張っていくと、光っている石を握っていない方の手で触れさせる。

 オリヴィンは腕の痛みが急速に無くなったのに気付いた。


「そうでしたね、小さい頃はよくこれで治してもらいました」

「スコロ石は小さな傷くらいなら、これで治せる」

 オリヴィンとデュモン卿は互いに(うなず)いて、傷が治っていくのを確認した。


「祐之進殿の魔石適性は、『水』と『(いや)し』だな」

「み『水』と『癒し』ですか?」

 呆気に取られて見ていた祐之進が我にかえって聞き直した。


「そうだ、良かったな。何の適性も無い者も世の中には沢山いる」

 デュモン卿に言われて、祐之進は少しホッとした。

(何の適性も無い、と言われなくて良かった…)


 その後モキチのテストもやったが、何の適性も見られず、帰り道でのモキチは意気消沈(いきしょうちん)して黙ったままだった。

 再度腕に傷をつけられたオリヴィンは、文句を言いながらデュモン卿に治してもらっていた。


「もう、毎回俺の腕で確かめるのはやめてくだい!」

「お主の他に誰に頼めばいいんだ?」


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