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63 城下町

 

 翌日から丸二日間はただひたすら街道を歩いて、夜は宿屋に泊まる。歩き疲れて泥のように眠った。

 歩く以外することもないので、モキチとシンスケの生い立ちを聞いた。


 モキチは出島の近くの商家の末っ子で、商いは一番上の兄が継いでいるらしい。

 その実家の取引先の一つが『月華楼』の黒曜様で、外国語を教えてもらう代わりにいろいろ用事を言い(つか)っているのだそうだ。今では俺のような外国人のお得意様もあり、実家に客を紹介するまでになっている。

 彼には幼馴染の許嫁(いいなずけ)がいて、その娘が十八才になったら結婚するそうだ。

「へぇ、どんな娘なんだよ?」

 シンスケが興味津々(きょうみしんしん)に聞いている。どこの世界でも女のことで話は盛り上がるものだ。


「オリィ様こそ、ジェイド様とどうなんです?」

「どうって…?」

「もう床入りなさったんですか?」

「は?」

「なんだよ旦那、(すみ)に置けねえなぁ〜」

 こうゆうことはさして言葉がわからなくても通じるらしい…


「シンスケはどうなんだ?」

「俺っちはよ、今はいねぇよ」

「今はいない、ということは“前はいた”ってことですよね」

 モキチが畳み掛けるように訊くと、

「おれの村は貧しいもんが多くてよ、大体はタバコの栽培をしてたんだがよ…

 二年続きの凶作でみんな食うに困って、娘のいる家は娘を売るしかなくて。俺が好きだった()も人買いに売られて行っちまった…」

 いつもは明るいシンスケが珍しく神妙(しんみょう)な声を出す。


「へぇ、どんな()だったんですか?」

 モキチが問うと、

「真っ黒な長い髪に、真っ白なちっさい綺麗(きれい)な顔で…ただ、目だけが違うんだ。真っ赤な目でな…」

 オリヴィンとモキチはその言葉に、何かが引っかかって黙り込んだ。


「何だ、二人とも⁉︎心当たりがあるのか?」

 そう問い返されて、

「いや、どんな美人だろうって思っちゃって…」

「そうですよ、見てみたいな」

 二人は言葉を(にご)して、先に進む。


「あ、そろそろ見えてきましたよ。宗像(むなかた)様のご城下が」


 道の先に町へ入る木戸が見えてきた。その先の小高い丘に大きな屋敷が建っているのが見える。さらにその後ろには、また火山が(そび)えていた。


 モキチが入り口の官吏(かんり)に、宗像(むなかた)の殿様からの書状を見せると皆恐縮して通してくれた。城へ到着の使いを走らせてもらい、三人はゆっくりと城下に入った。


 案内された宿屋に入り、ややあって知らせが来る。

『本日はゆるりと旅の疲れを癒やされて、明日登城くださるように』という内容だった。

 城下町と言っても、出島のある地のような大きさはなく、小さな領地のようだ。母国で言えば侯爵か伯爵のようなものだろうか?


 その晩はゆっくりと温泉に浸かって、旅の疲れを癒す。

 明日は変装なしの正装で城へ向かう予定だ。


 だんだんこの国の温泉にも慣れて来た。とは言ってもやはり、全裸は慣れないが…


 * * *


 翌朝、朝食を済ませ正装し、変身ブレスレットを外すと、シンスケがびっくりしていた。

「旦那、やっぱり異人(いじん)だったのかい…」

 と驚きの目を見張る。

 シンスケには悪いが留守番してもらい、俺と通詞(つうじ)のモキチだけで登城する。

 宿屋の表に駕籠(かご)が寄せられ、オリヴィンはそれに乗った。モキチは俺の荷物を持って後に続く。


 城は、木造の平城(ひらじろ)だった。周りは白土の土塀で囲まれ、中には広い庭園に囲まれた屋敷があった。

 玄関から中まで赤い厚地の布が敷き詰められ、

「お(はき)き物はそのままで」

 ということで、案内されるままに進んでいくと、中庭に面した広い部屋に通された。家来たちは、案内を終えるとそれぞれ位置が決まっているようで、(ひざま)いて頭を低くする。

 見事な螺鈿(らでん)の施されたテーブルと、椅子がその周りに四脚置かれている。

 そのまま立って待つよう言われ、オリヴィンと通詞のモキチは三歩後ろでそのまま待った。


 奥から誰かが歩いて来る。

 この城の主人、宗像司郎(むなかたしろう)時貞(ときさだ)公だ。

 モキチが小さな声で頭を下げて待つようにと伝えて来た。


 時貞公が着席すると、

(おもて)を挙げい」

 と発声した。これは顔を上げても良いという合図かと思い、チラとモキチを見やると、いいという合図だ。

 顔を上げると、一番近くに控えていた従者が口を開いた。

「殿、こちらが西方より参りましたオリヴィン・ユングと申す外国人でございます」

 オリヴィンは紹介されて、母国式に片膝を折ってお辞儀をした。

()が宗像司郎時貞じゃ。オリヴィン殿、よう参られた」

 その声に(うなが)されて、

「お初にお目にかかります。私はディヤマンド王国ユング男爵が次男、オリヴィン・ユングでございます」

 と申し上げた。


通詞(つうじ)、なんと申しておるのか?」

 と殿が申されるので、モキチが通訳する。

「オリヴィン殿は母国の礼儀に(のっと)ってご挨拶をしておられます。母国では男爵、という地位であるそうです」

「それはどのような位であるか?」

「おそらく、小規模な領地を持つ領主であるかと存じます」

「そうか、一角(ひとかど)の者ではあるのだな。オリヴィンと申したな。我は宗像司郎時貞じゃ、こちらに座られよ」

 オリヴィンに向かってそう言うと、モキチに

「通詞、訳せ」

 と続けた。モキチは

「椅子に掛けるように言っておられます。横はまずいので向かいに掛けてください」

 と付け足す。

 オリヴィンが向かいに腰掛けると、時貞公はモキチを手招きして、

『面倒なので、逐一(ちくいち)訳すよう』命じた。


「先日の宴で、炎の蝶を舞わせたそうだが、見せてみよ」

 と言うので、

(おおせ)せのままに」

 と指輪の火焔石を使って飛ばした。頭上を一回りさせて庭に出るとそれは掻き消えた。

 周りの家臣たちからどよめきの声が上がった。


「他には何かできるか?」

 と問われ、うーん、危なくないものならやはり湧水石かと思い、石を取り出す。

「少々お庭をお借りしても?」

 と()いてもらい、了解を得ると両手に湧水石を持って庭に降りた。


 腕を広げて手のひらから、水の玉をたくさん作り空に向かって打ち出していく。奇術師の見せ物のようだが、見栄えはそれなりだ。

 思いつきで、できるかどうかわからなかったが、頭の中に白をイメージする。

 水の玉を小さく小さくしていって雨粒サイズにしたら、一気に冷たくして放りあげた。

 小さな雨粒が雪になり、ひらひらと舞い落ちる。

 今度は拍手が起こった。



「見事じゃ!」

 時貞公がお()めの言葉を下さり、オリヴィンは席に戻った。


「して、訊いたところでは『魔石』という物を(あやつ)るには、各々(おのおの)の才気が必要ということだが、それは誠か?」

「本当です。何もないところに火が立たないように、これらの魔石はきっかけを与える物に過ぎません。人の中にある力を、石をきっかけとして引き出すのです」


「それはそちの国での話か、それともこの国の者も同じか?」

「私はこの国でも魔石を操る者に出会いました。彼らは総じて異端(いたん)の目を向けられることを恐れて、その才能を隠しているのです」


 そんな問答が繰り返された後、時貞公はこう切り出した。

「その才気の有るものを見出す手伝いをしてくれぬか?褒美(ほうび)は存分に取らすぞ」


 その申し出は、オリヴィンに有無(うむ)を言わせぬものだった。

(かしこ)まりました…」

 オリヴィンはジェイドのことを思うと、内心複雑な思いがあったが、引き受けることを決めた。

 この国の魔石能力者が、『異端』として人々の目を恐れてひっそり生きている現実を変える一端になればと思うのだ。


古関(こぜき)、そちはオリヴィン殿の手伝いをせよ。そちをオリヴィン殿付きの世話役に任ずる」

 古関と呼ばれた家臣が時貞公の前に進み出て(ひざまず)くと、『(かしこ)まりました』と頭を下げた。


 オリヴィンは、時貞公の願いを聞き入れるに当たり考えたことがあった。

「時貞様、一つお願いしたいことがございます。出島に私の師とも呼べる者がおります。その者を呼び寄せて手伝ってもらっても構わないでしょうか?」

そう申し出ると、時貞公は

「構わぬ。そちが師と申すなら、相当の手練(てだれ)であろう。早速、早馬を仕立てよ。古関、あとは頼むぞ」


 オリヴィンは、いったん準備のために宿に下がると、デュモン卿とジェイドに宛てて手紙を書いた。


 『魔石を操る才能の有るものを、見出す手伝いをするべく申しつけられたので、しばらく帰れそうもない』こと、『できればデュモン卿にも、こちらにおいでいただき協力をお願いしたい』(むね)を書き送った。

 

 魔石のことを誰よりも深く研究し、教えてもいた彼ならば、幾多の者の才能を見出し、その力を引き出すであろうからだ。それに、この国の言葉がわかる卿なら、直接的な指導ができるだろう。


 手紙は早馬で、たった一日で出島に届けられた。

 それは、毎日を悶々(もんもん)と過ごしていたデュモン卿にも光明(こうみょう)となった。


 手紙を書いた三日後、デュモン卿は馬に乗ってこの城下町へやって来た。


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