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61 帰化人


 高級妓楼『月華楼』での打ち合わせの翌日、泊まりがけになってしまったオリヴィンは、ジェイドのそれは冷たい目で出迎えを受けた。


「どうして、昨日帰ってこなかったの?」

「そ、それは食事の試食をしたら、ワインを出されてつい飲んでしまって、気付いたらもう出島の橋が閉まる時間を過ぎていて…」


「…そうですか…」

(怒ってる…これは…浮気を疑っている?)

 オリヴィンは盛大にため息をついた。

(やましいことは何も…していない、筈だ…)


* * * 


 それから数日後、黒曜との打ち合わせ通り、出島の迎賓館にて『月華楼』妓女の出張サービス付き『魔石アピール』兼ミカサの現在の夫アダム・ミメットとの顔つなぎのための(うたげ)の当日になった。


 出島の商館長や役員、ニッポニアのお偉方、それに帰化外国三人が加わって、結講盛大な宴になってしまった。

 予算は伝えてあるが、大枚をはたくことになってしまった。


 スリ・ロータスで、ヘリオスに賠償してもらった分と礼金を多分にもらっておいて良かった。

 迎賓館の広間に、招待者分の椅子とテーブルがしつらえられ、酒と料理が振る舞われる。

 オリヴィンとデュモン卿は前に立って挨拶する。久しぶりの正装に身が引き締まる。


「皆様、本日はようこそお越しくださいました。私は西のディヤマンド国から参りました、ユング男爵家子息オリヴィン・ユングと申します。故国において魔石の取引、魔道具の製作をしております。こちらは、我らの業界の中でも屈指の魔石研究・探索者として名高いユーレックス・デュモン氏であります。


 我々が今回まかり越しましたのは、魔石道具の有用性を皆様にお伝えすることが目的でございます。魔石には様々なものがございますが、その魔石を操るものの適性によって、いかようにも利用が可能です。

 それでは、少し見本をお見せいたしましょう。

 こちらの魔石は『湧水石』です」


 オリヴィンはそう言うと湧水石を左手に握り、右手の手のひらの上に水の塊を出現させる。そしてそれを操って横に移動させ、テーブルの上に置かれていた空のゴブレットに注ぎ入れた。その間、彼の左目が金色に輝く。


 会場からは、『おおっ』とか『アメージング!』などの声が上がる。

 オリヴィンは優雅にゴブレットを手に取ると、中の水をゴクリと飲んで見せた。


 次に彼はいつも指に()めている『火焔石』の指輪を皆に見えるように見せた。

「こちらの指輪には『火焔石』が嵌め込んであります」

 と指輪を嵌めた手を前に突き出すと、ポイズン・リング式の(ふた)を外した。

 彼は一度、その手をグッと握ると、左目が金色の輪に輝いた。


 指輪から、真っ赤に燃える蝶がひらひらと出現する。

 これは先日妓女のアイリンがやっていたのを彼がアレンジしたものだ。炎の蝶は彼の手元からひらひらと舞って、客席の上を一周するとフイッと消えた。


 客席から拍手が起こる。同時に『面妖な…』とかの誹謗(ひぼう)の声もちらほら聞かれた。

 最後に、オィヴィンはポケットから小さな四角い板状の物を取り出した。


「今日の目玉は、こちらの『通信機』です。こちらは、遠く離れた者同士がまるで隣に居るように話すことができる通信装置です。ちょっと試してみましょう。

 私はこの国に参るまでに、スリ・ロータスという島に滞在しておりました。ここより船で2週間ほどの距離にあります。いまそちらの王族の方と繋がっております」


 オィヴィンはそう言うと、打ち合わせていた通り『通信機』を合わせて、呼びかけた。


「通信です。こちらニッポニア国のオリヴィンです。ヘリオス殿下、応答願います」


「こちらスリ・ロータスのヘリオスです。皆さん、私の声は届いておりますでしょうか?」


 会場からどよめきが起こる。『これは一体?』『なんと言っているのだ?』『妖術使いめ…』などと困惑の声の方が大きい。それが聴こえたのだろう、ヘリオスが落ち着いて応える。


「皆さん、ごきげんよう。私はムガロア王国のスリ・ロータス島を統治しております国王ブルムード・ベリルの第二王子ヘリオス・ベリルと申す者。怪しい者ではありません。こちらの『通信機』は魔石を利用した大変便利な通信装置です。この装置により、遠方の人と人が同時に会話ができるという画期的な装置です。どうぞ、この装置の開発者である若きオリヴィン・ユング氏に絶大なる拍手を!」


 ヘリオスがこう言うと、会場からパラパラと拍手が起こった。

「オリヴィン、こちらはまだ午後の暑い時刻だが、そちらは?」

「こちらは夕刻になります。日が落ちてすっかり寒くなって来ましたよ」

「そうか、こちらはまだまだ暑い。通信はこんなものでいいかな?」

「殿下、ご協力ありがとうございました。またお礼は後日改めまして」


 そう言って、オリヴィンは通信を終わらせた。

 会場は少し、我々を怪しむような雰囲気になってしまった。


「本日のお披露目はこれまでです。ここからは、お酒と食事、美しい舞手(まいて)の踊りをお楽しみください!」

 オリヴィンは締めくくると、裏方へ引っ込んだ。


 楽の音が響き、踊り子と奏者、酒を注ぐ美しい女たちが客席を周ると、先ほどまでの雰囲気は一変した。


 * * *


(私にだってできるんだから!)

 ジェイドは今回の宴の中で、自分の出番がないことに、少し苛立(いらだ)っていた。

 そして昨晩、オリヴィンと父を説得したのだ。


 ジェイドは町の古着屋で見つけた美しい晴れ着を自分で手直しして、ドレスのように(まと)い、銀色のサッシュで帯のようにウエストを締めた。普段はしないような派手な化粧をし、真っ赤な紅を唇に引いた。


 ジェイドはワインの入った大きめのデカンタを持ち、帰化外国人のテーブルを目指した。


 アダム・ミメットは明るい茶色い髪に金茶の瞳の、見た目平凡な男だった。

 髪色と同じ口髭が唇の上から揉み上げまで続いている。


「ようこそ、旦那様。本日はオクスタリア産の白ワインをご用意しております。お注ぎいたしますわ」


 ジェイドは新しいワイングラスに白ワインを注いで、にっこりとした。ミメットは少し戸惑った顔をしたが、『オクスタリアの白ワイン』と聞いて興味を惹かれたのか、『ありがとう』とグラスを受け取った。


「君、オクスタリア語が上手いね。どこで習ったんだい?」

 ミメットはワイングラスに口を付けながら訊いた。


「私、父のユーレックス・デュモンと一緒に世界中を旅しておりますの。父はディヤマンドの出身なので、隣国のオクスタリア語は普通に話せますわ」


 その話を聞いていたミメットは一瞬で顔色が変わった。

 ジェイドは予め、ミメットに近づくための作り話を考えていたのだが、『嘘』はそれが明らかになった時に、どれほど人を傷つけ怒りを買うかわかっていたので、あえて真実を話すことにしたのだ。

 だいたい、相手だってこちらのことを調べてから来るのだから、予想はしているのではないか。


「フフ…ハハハハハ…」

 黙っていたミメットが急に笑いだすと、彼はジェイドに隣の椅子を勧めた。


「アハハハハ…まったく、どんな手を使って来るのかと思っていたが…まさか、正面突破とはね」

 ジェイドが隣に腰掛けると、ミメットはジェイドの顔を眺めて言う。

「見間違いようがない、君はミカサの娘だね。やっぱり生きていたんだな」


 その時、ジェイドの後ろにスッと近づいた男がいた。

「失礼。うちの娘が何かご無礼をいたしましたかな?」

 デュモン卿だった。


 ミメットはデュモン卿を見上げると、立ち上がって握手を求めて来た。

「これはこれは。高名な魔石ハンターのデュモン卿にお会いできるとは光栄ですね」


 ミメットはデュモン卿にも椅子を勧めると、

「ミカサから話は聞いていましたが、何だって今頃この国くんだりまで来られたのです?」

「ミカサから聞いておられたと…?では、奪われた『秘宝』の話は聞いてはおらんのですかな?」

「…何ですか、それは?」

 

 ミメットはそれまでの警戒するような目から、驚きが混じった目になった。


「海賊の襲撃の目的は、その『秘宝』だったのです」

「『秘宝』ですか…その話は初耳です」

「私はその『秘宝』を追って世界を巡っていたのです」

「それは…どのような物なのですか?」


 デュモン卿は深く(なつ)かしむように目線を落とすと、

「あれは、ミカサの一族が先祖代々『神の島』で守り続けて来た物、と聞いています」

「そうなのですか…私はミカサから何も…」

 ミメットは、自分が何も知らなかったことに僅かな(いきどおり)りを感じた。


「奪われた物のことを話しても、(せん)ないことと思ったやもしれませんな…」

「それで、その『秘宝』はどうなったのですか?」

「昨年、とある場所で見つかりましてな。お返しせねばと参った次第です」


 ミメットは、自分が知らなかったもう一つの話があったことに複雑な思いを隠せなかったが、目の前の人物がただ闇雲に妻を奪いに来たのではないと知って、少し安堵(あんど)した。


「デュモン殿は…ミカサを取り返しに来たわけではないのですか?」

「…もう、このように年月が経っております。今更私などが出張(でば)って行っても迷惑なだけでしょう…」

「…ミカサと私の間にもまだ小さな子供がおります。子供たちは何も知らず、幸せに暮らしているのです。どうか、子供たちから母親を奪わないでやってください…」


「…ミメット殿、そんな気持ちは毛頭ありません。ただ、できることなら…」

「何でしょう?」

「娘を一目、母に合わせてやっていただけないでしょうか?」


 ミメットはデュモン卿の悲痛な言葉に、膝の上の拳をギュッと握りしめた。


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