59 ジェイドの憂い
『しかるべき宴』と言われてオリヴィンは頭を抱えた。
何せ自分は男なので、女性が喜んで出席しそうなパーティーなど、想像がつかない。
『それについては内容を詰めてから、後日』ということにしてもらい、その日の顔合わせは終了した。
男相手のパーティーなら簡単だ。酒とまあまあの食事、それに美しい酌婦と楽でも用意すれば事足りる。
黒曜が商館を訪ねて来たことで、商館にいる者たちは色めき立った。どんな豪奢なパーティーが開かれるのかと期待して、それに自分たちも招いてくれないかと言って来る。
今回は女性がターゲットなのだと言っても、変な誤解を招きそうなので、気は進まないがここは一度、普通に皆の気が済む方向で催した方がいいかと思う。
そんなことを考えている内にまた数日が過ぎる。その間に、ミカサの父君がデュモン卿を訪ねて来た。
紹介者がなかなか見つからず、訪ねて来るのが大変だったようで、遅くなったことを申し訳なく思っているようだった。
「親父殿…、お元気でしたか?」
デュモン卿はこちらの言葉が堪能なようで、普通に話しかけている。
「ああ、なんとか生き延びてこちらに来た。婿殿も元気そうで何よりじゃ」
懐かしさを込めて、ミカサの父君はデュモン卿の手を握った。
「長い年月が掛かってしまって申し訳ありません。私はあの時奪われた物をずっと探し求めていました。…そして、ようやく見つけることができました」
そう言うと、卿は懐から何やら包みを取り出して、親父殿の前に差し出した。
「これは…?」
親父殿は、戸惑ったような表情でその包みを受け取ると、おそるおそるそれを開いた。
それはあの海賊の襲撃があった時奪われた、『翡翠の玉璽』だった。
親父殿は涙の滲んだ目を見開いて、
「…玉璽を、取り戻してくれたのか…⁉︎」
とその目をデュモン卿に向けた。
「よくぞ…よくぞ…申し訳ない、婿殿…。小さなこの子を連れて、これを取り戻すのは、さぞかし大変だったことだろう…かたじけない…」
義父殿は床に手をつくと、泣きながらデュモン卿に頭を下げた。
「親父殿、手を挙げてくだい。これは私の意地だったのです。私が望んで探したのです。これで全てが元に戻るわけではないですが、私の気持ちは区切りがつきました」
デュモン卿はそう言うと、親父殿の肩に手を置いて、頭を上げさせた。
「すまんな、婿殿…先日ミカサに会って来た。そして、かつての夫と娘がはるばる会いに来ていることを伝えたが、本人は『会わない』と言うのだ。どうしてだと問うと、『今の夫と子供たちに申し訳ないから』と言うのだ。
一目、会うだけでもと言ったのだが、ガンとして聞き入れないのだ」
会話の中身まではよく分からないまでも、なんだかよくない話なのだろうな、とオリヴィンは思った。
「そういうこともあるかもしれぬ、とは思っておりました。親父殿のせいではありませぬ」
デュモン卿は静かに言った。親父殿はいつまでも、すまなそうに謝っていた。
しばらくの後、ふと親父殿が口を開いた。
「ところで、こちらの若者はどなたかな?」
「その男は、翡翠の許婚です」
「おお、そうであったか!名はなんと申す?」
「オリヴィンです」
デュモン卿がそう言うと、親父殿は
「よくここまでいらせられた。オリヴィン殿、翡翠をよろしくお願いしますじゃ」
と頭を下げた。
オリヴィンは話の内容もよくわからなかったが、ジェイドの祖父という人に名前を呼ばれて頭を下げられ、恐縮した。
詳しいことは後で、デュモン卿に聞こうと考え、オリヴィンはパーティの趣向に頭を巡らせる。
しばらくして、親父殿は帰って行った。
デュモン卿は我々に
『ミカサは今の家族に遠慮して、私たちには会えないと言っているらしい』
と打ち明けた。
ジェイドは少し、現地の言葉がわかるので、お爺さんの話していたことを、薄々理解していたようだ。
夜になって食事を済ませた後、ジェイドが俺を呼んだ。
「…オリィ…」
「ん?」
「わかってたの…もしかしたら、母は会いたくないかもしれないって…」
「…そう?」
「私のことなんて、忘れてしまいたいって思ってるんじゃないかって…」
「ジェイド、言葉にしたことだけが、真実とは限らないよ…」
「…だって…」
オリヴィンはジェイドを優しく優しく抱きしめた。
「俺がジェイドのこと嫌いだって言ったって、信じないだろ?」
「…オリィは、そんなこと絶対言わないよ…」
オリヴィンは涙でいっぱいのジェイドの翠の瞳をじっと見て、その瞼にキスを落とした。




