57 出島
そこは『出島』と呼ばれる人口の島の港だった。
比較的広い島で、外国人向けの宿屋や迎賓館のような建物、ニッポニアの役所もあり、入国する外国人の入国管理や、入って来た商品を軽量、検分する役人が常駐している。外国語を通訳する者まで手配してくれると言うので驚いた。
『出島』は本土とたった一つの橋で結ばれており、外国人は余程の事情がない限り、本土へ足を踏み入れることは許されていない。
唯一の例外があるとしたら、この地の統治者と謁見する時か、功績を認められてこの国に帰化した者だ。
デュモン卿とオリヴィンは、魔石を扱う商人として入国した。
デモンストレーションとして、湧水石と沸騰石を実演してお茶を入れて見せると、なかなか感心してもらえた。
ジェイドは綺麗に着飾って、デュモン卿の息女として紹介された。
島の中で働くニッポニア人は意外と多かった。黒髪が美しいジェイドは彼らにも馴染みやすいようで、片言のニッポニア語を話すようになると、かなり親しげに話しかけられるようになった。
出島の中ではあまり外の情報が入ってこないので、外の様子を知るために変装して出かけることにする。そのために、スリ・ロータスで『黒髪×黒い目』の変身石を用意して来たのだ。出入りの商人に現地の装束を調達してもらい、外国人のお使いと称して橋を渡って町に出た。
ジェイドは現地語がほんの少しできるので、商館に働きに来ていた娘の服を借りて一緒に行ってもらう。
橋を渡って出た外の町は活気に満ちていて、人々は活き活きとしており皆親切だった。
我々の言葉の拙さに外国人とバレてしまっても、彼らは騒ぐこともなく分かり易いようにいろいろ説明してくれて、最後には『お気をつけて』とにっこりする。
昔、海賊に襲われた島があるという噂を聞いた。
その島には神を祀る神社が一つあったのだが、海賊に襲われた時に焼け落ちて、今は無人島だという。そこに住んでいた人たちはどこへ行ったのかと聞いても、皆一様に首を傾げるばかりだった。
オリヴィンたちが乗って来た貿易船は、持って来た品々をおろし、こちらから持ち帰る代わりの品々を積み込むと、早々に船出して行った。船が行き来できるのは夏から秋の間だけで、その後は来年まで来ないという。
我々も長期戦を覚悟して、調べることにした。
この国の人々の宗教観はちょっとばかり変わっている。我々の国のように神は唯一ではないらしい。唯一ではないばかりか、八百万もの神がいるそうで、そこかしこに神が宿っているのだそうだ。そのせいか、神を祀る神社や寺、祠などがあちらこちらに存在する。
ジェイドの母ミカサの生家も、神を祀る巫女の一族だったので、近いところから一軒一軒神社を訪ねてみることにする。
このあたりの地形は起伏に富んでいる。複雑に入り組んだ入江がいくつもあり、そこから急な傾斜で人々の住む町が形作られている。そして神の社となる場所は大抵それよりも高い場所に作られている。
船の中で大したこともせずのんびりして来た俺たちに、この坂道はきつい。
この国には『山岳信仰』と言って、山を神と見立てて信仰することもあるらしいので、高い所に聖なる場所を築くというのも納得できる気がした。
それにしても、登って登って登りきった所に突如、立派な社殿が姿を現す。
ちらほらと参拝する人たちにの向こうに、白い衣の女性が庭の落ち葉を掃いている。
オリヴィンとジェイドは、商館の宿泊所であらかじめ仲良くなっておいた通辞の人に、『十五年前に神を祀る島に住んでいた巫女の一家を探している』ことをこちらの言葉に翻訳してもらい、紙に書いてもらったものを持参していた。
掃き掃除をしている女性に話しかけ、その紙を見せると、
「私ではわからないけれど、宮司様なら何かご存知かもしれません」
と言って、二人を引っ張って奥へ案内していく。
社殿の奥に、ほかの神職の方々の詰め所があった。白い衣の女性は他の方達に説明してくれて、皆わいわいと持参した紙を覗き込んでくる。
そのうち、誰かが若い男を連れて来て、我々の前にその男を押し出すと、若い男は、片言の我々の言語で話しかけて来た。
男の名はモキチと言う名で、通辞の見習いをしているのだそうだ。
モキチは他の神職のものたちが知っていることを、簡潔に訳して教えてくれた。
十五年前に海賊に襲われた『神の島』はその時の火事で燃えてしまい、今は誰も住んでいない。そこに住んでいた一族は、死んだ者もいるが、助かった者はこの地のあちこちに分かれて住んでいるらしい。
その中の一人は宮司で、宮司というのはその宮で一番偉い人だが、近くにある神社に宮司としてお勤めをしている、と。
そんな、話だった。
モキチは、
「よかったら、これからそのお宮に案内する」
と言ってくれ、オリヴィンとジェイドはすぐさまお願いした。
「この国の人は皆んな親切ね」
「そうだね。皆俺たちが外国人とわかっても、変わらずに親切にしてくれる」
いろいろ教えてくれた神職の人たちも、
「探している人が見つかるといいね」
と言って、笑顔で送り出してくれた。
モキチは
「困っているときはお互いさま、って思うんですよ」
と言って、笑顔を見せる。
半刻ほどかかってまた別の坂を登り、先ほどの神社とは違いひっそりとした小さな社殿の宮に着いた。
「すいませーん。どなたかいらっしゃいませんか?」
モキチが率先して声を掛けてくれた。
奥から、一人の腰の曲がった老人が出て来た。
「はい、何用ですかな?」
と言ったその年配の男性の目が、ジェイドの上で止まった。
「こちらのお二人は、十五年前に焼けた『神の島』に住んでいた一族を探しているみたいです。お爺さん、何かご存知ではありませんか?」
モキチが的確に話をしてくれて、ご老人はジェイドを見つめながら頷いた。
「いかにも、わしがその『神の島』の宮司じゃが…」




