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56 デュモン卿の恋

 

 嵐の後、波は徐々に静まっていき、穏やかな海が水平線まで広がっている。


 デュモン卿はだんだん言葉少なになった。船の上でジェイドとオリヴィンが仲良さげに寄り添っていても怒らなくなった。じっとりとした目つきで睨んでは来るが、何も言わない。

(それだけ、認めてくれているっていうことかな?)

 オリヴィンはそう都合良く解釈することにした。


 もう三、四日ほどで極東の国ニッポニアの港に着く。気候もすっかり涼しくなって来た。デュモン卿は甲板で静かに(たたず)んでいた。


「名前は何とおっしゃるのですか?」

 唐突にオリヴィンが尋ねた。

「…妻のか?」

「はい。お聞かせ願えるのなら」

「ミカサ、という名前だ…」

 卿は、ポツリ、ポツリと噛み締めるように話し出した。


 * * *


 その娘は、『ミカサ』と言った。


 まだ若かった私は、大陸から翡翠(ひすい)を求めて船に乗った。その船は貿易船で、いつもと同じ港に着くはずだった。

 しかし、遠くない筈の港は大嵐で辿り着けず、尚も流されて岩礁にぶつかり船は大破してしまい、乗船していた者は皆海に投げ出された。


 気づくと海辺の民に助けられて、介抱されていた。木造の立派な太い柱の建物に敷かれた“布団(フトン)”というベッドに寝かされていた。

 目を開けると暗い部屋の中で光を背に、長い黒髪の娘が私の汗を拭い、乾いた唇に水を含ませた綿をあてがってくれていた。

 その美しい黒髪の娘が『ミカサ』だった。


 この国は、決められた港以外に流れ着いた者は、みつかれば罪人として捕まってしまう、と聞いていたので、私もいずれはそうゆう運命なのだと思った。


 私の他にも流れ着いた船員も居ると思っていたのだが、どうやら他には誰も居ないようだ。

 起きられるようになると、その理由がだんだんわかって来た。


 この島は、たどり着くはずだった島国本体ではなく、島国の手前に位置する小さな島々の一つだった。


 この島は『神の島』とされていた。

 島には住むのは、祀られた神の(やしろ)を守る神職の一族のみで、普通の人間は島に上がることすら許されていない。

 週に一度、この神職の一族のために食糧を運んだ船が行き来している、そんな閉ざされた島だった。


 ミカサはその一族の娘で、巫女(みこ)だった。

 自然豊かな島の中で、静かに淡々と生きる一族、私は急速にミカサに()かれていった。

 初めは言葉も通じず、身振り手振り、絵を描いてお互いの意思疎通を計っていたのだが、私の国の言語を教え始めると、ミカサは真綿が水を吸うようにするすると吸収していった。


 ミカサは賢い娘だった。

 この国の外の世界のこと、違う髪や皮膚の色の人々のこと、様々な魔石のこと、私が教えることをどんどん受け入れて、自分なりの考えも語るようになり、私はこの美しく聡明な娘にどんどん魅せられていった。

 ミカサといると、今までの人生が何だったかと思えるほど、心の中が満たされていく。


 ある日、

「結婚しよう」

 と言うと、意外にもさらりと

「はい」

 という返事が返って来た。


 私たちはその夜の内に“(ちぎ)り”を()わし、翌朝二人でいるところを家人に見つかった。

 家人は驚いて二人を引き離そうとしたが、もう(とこ)を共にしてしまったと知ると、(あきら)めて二人のための家を用意してくれた。


 客用の離れとして使っていた部屋に、二人で暮らすようになった。

 土地を耕し、種を蒔き、それを育てて収穫するというシンプルな暮らしだったが、心は満たされていく。

 そのうち子供もでき、生まれて来たのが『翡翠、ジェイド』だった。


「美しい翡翠の色ね」

 生まれて来た赤ん坊のその瞳を見て、ミカサが名付けたのだ。

 それから二年ほど、私たちは温かく優しい人々の間で静かな生活を送っていた。ある出来事が、突然この島を襲うまでは…


 この島の社に代々受け継がれている秘宝があった。

 そのことを、いったいどこで聞きつけたのかわからないが、海の向こうの半島の海賊が突然やって来て、島を襲った。


翡翠(ひすい)玉璽(ぎょくじ)

 それが、その海賊の狙いだった。

 奴らは家人の家に火を掛け、社に土足で踏み込んで社殿を荒らした。

 そして、『翡翠の玉璽』を奪い去ったのだ。


 何人かの家人は逃げて、本土に助けを求めた。残った私とミカサ、幼いジェイドは小舟に乗って島を脱出したが、海賊に追われ矢を射かけられ、ジェイドとミカサが海に落ちた。

 私は必死にジェイドを助け、周りを見渡したが、ミカサの姿はどこにも見当たらなかった。


 ジェイドを抱いて、しばらく小舟で漂流していると、貿易船に助けられた。

 偶然、行きの船で嵐に会い助かった船員が乗っていて、私たちを出発地の港まで送り届けてくれた。


 あの時、海に落ちたミカサがどうなったのか、生きているのか、死んでしまったのか、それもわからない。



 * * *



 デュモン卿が話終えると、一緒に話を聞いていたジェイドが口を開いた。


「その時ね、私の(ころも)の中にあの二つの石が入っていたの。これもきっと、社殿に納められていた宝だったんじゃないかしら…」

 あの二つの石『性別逆転の石』だ。


 それから、デュモン卿とジェイドは旅をしながらずっと『翡翠の玉璽』を探し続けた。

 卿の気持ちを察すれば、あの『翡翠の玉璽』無しでは戻れない、という思いがあったのだろう。

 そして、その玉璽も手に入れた。

 もし万が一ミカサが生きているとすれば、会いにいく理由は整ったという訳だ。


 それから三日後、波は穏やかで風向きも順調だったお陰で、船は無事ニッポニアの港に入った。


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