55 最後の目的地へ
オリヴィン、ジェイド、デュモン卿の三人は、いよいよ旅の最終目的地に向けて準備を進めている。
その前に第2王子のヘリオス殿下を通じて、いろいろ相談をしていた。
オリヴィンは今後のスリ・ロータスとの魔石交易を踏まえて、何とか輸送手段を別ルートで確保できないか考えていた。
一つ思いついたのは飛行石だ。砂漠の魔女のところから奪って来た飛空艇は、接収したタルク国から借り受けたものだ。だが、この艇は少人数での飛行用で輸送には向かない。しかし、大きく軽い材質でもっと沢山の物資や人を運ぶ物を作ったらどうだろうか?
船での移動は、沢山物を運べるという点では優れているが、風向きや天候に左右され、何より航行に時間がかかりすぎる。
飛空艇に嵌め込まれた石をヘリオスに見せながら、そんな構想を練った。
もう一つは通信手段だ。これはもう作れるので、制作のための工房を貸してもらい、数日かけて作った。
ヘリオス殿下の提案で、振動石も組み込んで音がもっと明瞭に聞こえるよう改良した。据え置きタイプもいいが、持ち運べるとより便利ということで、ポケットに入る大きさで作ってみた。これがなかなか良い。
魔石を使っているので、魔石を使いこなす能力に依るのが難点だが、いずれそれも『増幅石』を使ってなんとか改良できたらと思う。
ヘリオス殿下に出来上がった通信機を献上した。この島とはこれからも何かと行き来したい。
最終目的地である極東の島国には、ここから他国の交易船に乗せてもらえるよう手配した。彼の国は現在鎖国状態にあり、限られた国の交易船しか受け入れていないと聞いたからだ。飛空艇はその間、ヘリオスに預けて、研究してもらうことにした。
幸い、スリ・ロータスは西からの交易船の中継地点になっているので、何とか乗船交渉ができた。風が良ければ2週間ほどで極東の島へ行けるそうだ。
「私たち、来年結婚するわ…」
セレさんがちょっと恥ずかしそうに言った。
「わぁ!良かったですね!」
ジェイドも嬉しそうだ。
「いろいろあったが、そうなることになってな…。反対していた陛下も、精神石の影響から抜けたら、首を縦に振ってくれた。
悪戯が過ぎたエルカリアは、暫く厳重監視下に置かれることになったよ」
ヘリオスが照れながら、俺の顔を見る。
「君に会えたお陰で、私たちはすっかり人生をやり直すことができそうだ。ありがとう」
「俺なんかでヘリオスとセレさんの役に立てたら嬉しいです!帰りも必ずここに来るので、その時までに『飛行石』探しといてください」
港に見送りに来てくれたヘリオス殿下とセレさんに、別れの挨拶をして船に乗り込む。出航を合図する鐘が鳴り、帆いっぱいに風がはらむと滑るように船は港を出て行く。
緑豊かなスリ・ロータスは徐々に遠くなっていった。
海岸のエメラルド・グリーンの珊瑚礁を抜けると、海の色は一変してやや墨を混ぜたような深いブルーに変わっていく。
イルカの群れが船に沿走するように泳いでいる。周りを取り囲んで跳ねたり、遊んでくれとこちらの様子をうかがっているようだ。
遠くで鯨が汐を噴き上げているのが見えた。南の海は豊かな楽園だ。
その交易船は西の乾燥地帯で取れる岩塩や、南の国で生産された黒砂糖、綿布などを積んでいる。スリ・ロータスでは紅茶と宝石、魔石なども積んで、倉庫は満杯だ。
ここからは北東を目指すので、少しずつ気候は穏やかになるはずだった。
ある朝、まだ暗いうちに目が覚めた。
船が尋常でないくらいに揺れている。凄まじい強風が吹きつけ、ギシギシと嫌な音を立てている。
家よりも大きな波が次々に押し寄せ、船は木の葉のように揺れている。大きく波のてっぺんに押し上げられたと思ったら、次の瞬間には谷底へ突き落とされる。
船員たちは上を下への大騒ぎで、何とか船を軽くしようと積荷を捨てている。
季節は十一の月、この季節には珍しい嵐に遭遇したようだ。布教活動のため彼の国を目指して船に乗っている西の国の宣教師も、青ざめて祈りを捧げながら、自分の体をロープで梁に縛り付けている。
デュモン卿は船旅に慣れているらしく、船員の手伝いをしている。
オリヴィンの顔を見ると『ジェイドを頼む』と言った。
ジェイドの部屋に向かうと、ちょうど出て来たところだった。
万が一のことを考え、荷物をロープでまとめて梁に縛り付ける。ジェイドが変わった物を持っていた。
「豚の膀胱を洗って干した物なの。中に空気を吹き込めば浮袋になるの」
ジェイドからそれを一つ受け取ると、彼女の真似をして息を吹き込んだ。
俺は通信装置付きの水筒を空にし、それも括り付ける。
ジェイドとオリヴィンはお互いを抱き締めて、嵐が去るのをじっと耐えた。
船室の中まで海水が流れ込んで来て、転がった荷物が右へ左へと揺れに合わせて移動している。
どれだけ時間が経ったのだろうか、船はまだ多少のうねりに翻弄されているが、上下に叩きつけられるような動きは無くなった。
少し、眠ってしまっていたようだ。傍を見ると、腕の中でジェイドが眠っている。オリヴィンはその黒い真っ直ぐな髪にそっと口づけをした。
「ん…」
ジェイドが目を覚ます。
オリヴィンの腕の中で眠ってしまっていたことに気付くと、急いで身を起こして、恥ずかしそうに俯く。
「何とか、嵐を乗り切ったみたいだね…」
「…そうね。父は無事かしら?」
そんなやりとりをしていると、デュモン卿が甲板から降りて来た。
俺たちは立ち上がって、互いの無事を確認する。
「積荷は大分無駄にしてしまったが、何とか目的地には向かえそうだ。この程度で良かったな」
「俺たちの荷物は全部無事です。船員のみなさんに何か労いたいですね」
「そうだな。手持ちの茶葉があったら、皆んなに熱い茶でも振る舞ってくれ」
オリヴィンとジェイドは、食堂へ降りて行って、メチャクチャに床の上に転がっている食器の中から、木製のコップを選り出してお茶を淹れた。
二人でお茶を持って甲板に上がっていくと、疲れた顔の船員にお茶のコップを差し出す。
「おぉ、有難い!」
「すまんな、嬢ちゃん」
ようやく雲の隙間から陽の光が差し込んで来て、明るくなって来た。




