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52 第八王子


 魔石の島“スリ・ロータス”。この島は代々ベリル一族が支配して来た。現王ブルムード・ベリルで14代目というのが、記述として残っている記録だ。


 ブルムード王には四人の王子と四人の王女がいる。末子のエルカリアは三人目の側妃が産んだ子となる。

 歳の離れた末の王子を、王をはじめ周囲の者は(いつく)しんで育てた。そのため、やや目に余る行動も許されてしまっている。つまりは甘やかされた我儘(わがまま)な王子様、なのだ。

 その容姿は父王似の金色の瞳と通った鼻筋、母親似の真っ赤なクルクルの髪が誰の目をも引く、力強い印象だった。


「デュモン先生、お久しゅうございます」

 歳の頃十五くらいの少年は、明るい透る声で挨拶した。そして、ジェイドに向き直ると、

「おかえり、ジェイド。綺麗になったね!」

 とジェイドに抱きついた。

「ちょ、ちょっと!エルってば…」

 ジェイドは少し眉を(ひそ)めたが、さすがに押しのけることはせず、自分より大きくなった王子の手をおさえた。


 オリヴィンは、いきなり目の前に現れた馴れ馴れしい態度でジェイドに触れる少年に、少々苛立(いらだ)ちを感じた。それが、顔に出ていたのだろうか、唐突に

「誰、こいつ?」

 少年から声が発せられる。

「この者はわしの弟子で、オリヴィン・ユングという者です、殿下」

 デュモン卿が割って入る。

「ふ〜ん、そう」

 エルカリアは胡散臭(うさんくさ)そうな目でオリヴィンを一瞥(いちべつ)したが、すぐにジェイドに向かって言った。

「ねえ、こんなところに泊まらなくても、王宮に来てくれれば良かったのに。部屋を用意させるからおいでよ」


『こんなところに』の言葉に、後ろで聞いていた女主人の気配が(けわ)しくなったが、王子は一向に構わない様子だ。

「ぜひそうして欲しいな。だってジェイドは僕の婚約者なんだから!」


 王子の言葉に、そこにいた全員が顔を引き()らせた感じがしたが、尚も王子は続ける。

「だって、秘宝は見つかったんだろ。だから、君は僕の婚約者だ」

 どこでどう聞きつけたのか、王子はデュモン卿が秘宝を手に入れたことを知っており、畳み掛けて来る。


「お言葉ですが、エルカリア殿下。それにつきましては、時間と場所を決めた上改めてと、国王陛下にお目通りをお願いしております」

 デュモン卿が伝えると、

「…父上に…。それなら仕方ないか…」

 不服そうに呟くと、

「わかった。じゃあ今日は帰るけど、次に会うのを楽しみにしてるよ」

 エルカリアはジェイドの手を取ると、にっこりして

「また、すぐ会えるからね、僕の婚約者さん」

 と言って、その手の甲に口付けた。


 王子が従者を引き連れて宿屋を出て行くと、残った者は皆、やれやれという表情になった。

 女主人のジェマが

「あれは、聞きしに勝るね」

 と呟く。

「何がですか?」

 オリヴィンが訊くと

「末の王子さ。みんなで可愛がるもんだから、今では誰の言うことも聞きやしない。あれで、とんでもない魔石使いなんだから、困ったものさね」

『とんでもない魔石使い』という言葉が気になって、オリヴィンが更に尋ねた。


「どんな魔石を使うのですか?」

 その言葉に、ジェマは嫌そうに言う。

「殿下のお得意は『精神石(サイコストーン)』なのさ」

 その言葉に、デュモン卿もジェイドも顔を(しか)めた。


「な、なんですか、その反応?」

 オリヴィンの問いにデュモン卿が渋い顔を向けながら言った。


「…ディヤマンド辺りではまず、お目にかかることのない魔石だ。『精神石(サイコストーン)』は他者の感情に干渉する石だ。エルカリア殿下は太子の中でも末っ子で、体力的にも経験的にも兄弟姉妹に(かな)わない。その中で、唯一対抗しうるものが『精神攻撃(メンタルアタック)』だったのだ。結果的にそれが長じた、ということだな」


「『精神攻撃(メンタルアタック)』ですか…最悪ですね」

「とりあえずわしは、国王陛下に一筆『ジェイドに結婚の意思はない』と書き送るが、エルカリア殿下にそれが通用するか…」

 デュモン卿はそう言うと部屋に戻って行った。


「殿下にその石を渡したのが、レックスなのさ」

 ジェマがぼそりと言った。


* * *


 ジェイドは呆然(ぼうぜん)としていた。あんな小さい頃の約束、もうとうに忘れているに違いないと思っていた。それが忘れていないばかりか、結婚を迫る勢いではないか…


「オリィ…わたし…」

 ジェイドは(すが)るような目でオリヴィンを見上げた。

 オリヴィンは(そば)に来るとジェイドの目を見つめて、

「大丈夫だから、俺が君を守るよ」

 と言った。ジェイドは彼の胸に飛び込むと、小さな声で言った。

「…私が好きなのは、オリィ、あなただけなの…」


 オリヴィンは込み上げる思いと、速くなる鼓動を感じながら、しっかりとジェイドを抱きしめた。

「ジェイド…俺も君だけを愛してる」

 二人の鼓動が急速に早くなっていき、見つめ合う目と目に互いの姿が映し出される。二人の唇が重なっていった。


 ジェマは熱い抱擁(ほうよう)()わしている二人に気づかれないように、そっと食堂を出てドアを閉めた。



 翌日、宿屋の前にまたもや立派な馬車が止まり、一組の男女がお忍びで訪ねて来た。やや控えめな服装にしてはいるが、その(たたず)まいは身分の高さを感じさせる。

 ベリル王家第二王子ヘリオスとその恋人セレスティンだ。


 前触(まえぶ)れはあったものの、迎える(ほう)の心づもりは実物の迫力に気圧(けお)される。

 女主人のジェマは丁寧(ていねい)にお辞儀して

「このようなところへ、ようこそおいでくださいました」

 と言った。


「昨日は、弟が無作法をしてすまなかったね」

「と、とんでもない!滅相(めっそう)もございません」


「サフロワはとてもよく尽くしてくれているよ」

「あ、有り難きお言葉…どうぞ、狭苦しいところではございますが、お入りくださいませ」


 ジェマは第二王子の心遣いに感動しながら、宿の中に招き入れた。

 まさか、弟太子のことを詫びてくれたばかりか、孫息子のことを気にかけてくださるなんて、思いもしなかった。


「ごきげんよう、ヘリオス殿下、セレさん」

 オリヴィンは食堂の奥で待っていた。横にはデュモン卿とジェイドも控えている。

「やあ、ごきげんよう、みなさん」

 ヘリオスは明るい声で皆に挨拶した。


「デュモン先生、お久しぶりでございます」

 どうやら二人には『魔石学』を教えていた頃、面識(めんしき)があったようだ。

 ヘリオスは、彼の後ろにいた女性を前に立たせると、

「セレスティンから、お二人に謝りたいことがあるようだ」

 と言った。


 セレスティンは顔を上げられないほど恐縮していたが、おずおずと口を開いた。


「…本当にごめんなさい。わたし、あなた達を(だま)して、利用して…。謝っても謝っても許すことなんてできないとは思います。ですが、謝ることをお許しください…申し訳ございませんでした…」


「私からも、謝らせてください。彼女は私を救い出すために皆さんを騙しました。これは私の責任でもあります。申し訳ありませんでした」

 セレスティンに続いてヘリオス殿下にまで頭を下げられ、そこにいた者全員が恐縮(きょうしゅく)する。


「頭をお上げください。我々はもう良いのです。他ならぬ、オリヴィンが(ゆる)したのですから」

 デュモン卿はそう言って、セレスティンの肩に手を置いた。

「もう良いではないか、セレスティン殿」


 セレスティンは涙で(あふ)れた顔を上げた。ジェイドがそっとハンカチを差し出す。

「どうぞ、お掛けください。今日はオリィと話をしに来られたのでしょう?」

 ジェイドはヘリオス殿下とセレスティンに椅子を勧めた。


 オリヴィンはその向かい側に掛け、ジェイドとデュモン卿がその隣の席に着いた。

 最初に口火を切ったのは、ヘリオス殿下だった。


「驚いたよ。昨日弟が帰って来て、急に『結婚する』って言って。王宮中大騒ぎさ。それがまさか、オリィが言ってた決闘の相手が弟だなんて…」

「決闘⁉︎」

 ジェイドが驚きの声を上げる。デュモン卿も(いぶか)しげな目でオリヴィンを見る。


「あれ、言ってなかったのかな?」

 ヘリオスは『まずかったかな…』という視線になってオリヴィンを見る。

「あ、そこまで話を進めるべきかどうか、迷ったのでまだ何も…」


 そもそも、本当にエルカリア殿下が王に結婚を認められるかどうかもわからなかった訳なので、決闘という手段があることは話していなかった。


「どうゆうことかな?」

 デュモン卿もどうして、そんな話になっているのかと言う顔だ。


「デュモン先生は、我が国に『決闘』という制度があることをご存知ですよね。先日、オリヴィンと話をした時に、最終的な手段として『決闘』という方法があるという話をしたんです」


「…知ってはいるが、見たことはないのだが。やり過ぎて命を落とした例もあると聞く」

 ジェイドとセレスティンの顔が青くなった。


「…そんな危険なことはして欲しくありません。どちらにも…」

 ジェイドが絞り出すように言う。

「話し合いで解決はできないのかしら…」

 セレスティンも、できれば決闘などという手段はやめて欲しかった。


「国王陛下に『結婚の意思はない』旨の書状を出しているのだが…」

 デュモン卿がそう言うと、ジェイドも付け加える。

「そもそも、婚約の証書には条件が付いていたはずよ。“ジェイドが18歳になって、双方に結婚の意思がある場合”という条文が付いていたはず。なのに、どうして?」

 デュモン卿とジェイドが慌てていなかったのは、その条文があったためだ。

 ヘリオス殿下は、

「ふうん、そうなのですか?それは確かめてみねばならないですね」

 と(うなず)いた。だが少し暗い顔になって、付け加えた。


「もしかすると、ですが…証書は改変されているかもしれません。…弟の、エルカリアの得意な魔石はご存知ですか?」

「『精神石』、ですか?」

 オリヴィンが答えると、

「あれは最悪です。物理的な攻撃が得意なものには、あの石の『精神攻撃(メンタルアタック)』が極めて効果的です。あれは私たちの心の中の一番辛い記憶を(えぐ)って来るでしょう。できれば、避けたい相手です。

 この国に久しぶりに帰って来て、少々違和感を感じています。陛下、父ですが、やけにエルカリアのことを甘やかしているというか…疑いたくはありませんが、『精神石』の影響があるのかもしれません」


ヘリオスが打ち明けると、セレスティンも言った。

「わたしも、王宮では言いづらくて言わなかったけれど、エルカリア殿下の(そば)に行くといつも、変な魔石の匂いがするのよ。彼は怖いわ」

「そうだったのかい?セレがそう言うなら要注意だね」


ヘリオス殿下とセレスティンは王宮でのエルカリア殿下の様子と証書のこと、オリヴィンとデュモン卿、ジェイドは『精神石(サイコストーン)』について調べてみることを約束して、その日は帰って行った。


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