47 遠い日の約束
ジェイドはパレードの山車に乗っているその女を見て、頭の中がフリーズした。
(なんで!どうして…この人がここに⁉︎)
魔石の島『スリ・ロータス』、王家の行方不明だった第2王子の帰還パレードの山車に乗っていたのは、オリヴィンを騙し、砂漠の魔女の所に連れ去った、セレスティン・ピアースだった。
父の顔を見上げると、父も気付いたようで苦い顔をしている。その時、オリィが振り向いて訊いた。
「なんて言ってるんですか、みんな?」
「…」
どう説明したらいいのだろう?オリィは覚えていないのだ、あの時のことを…
「閉じ込められていた王子を、あの後ろの女性が救ったらしい、と噂しておる」
父が説明してくれた。
(そうね、今は嘘や誤魔化しでなく、客観的な事実を伝えればいいのよね…
そして、できるならこの後も二人が合わない方向で…できるなら…)
パレードが行ってしまうと、人々は浮かれ気分でわいわいと街のあちこちに散って行く。
すると、パレードの最後尾を見守っていた馬に乗った男が、不意にデュモン卿を呼び止めた。
「デュモン殿…、デュモン殿ではないか?」
男は馬を降りると、デュモン卿の方へ歩いて来た。
「やはり、デュモン殿でしたか。お久しゅうございます」
男はそう言うと軽く頭を下げた。
「サフロワ殿、久しいのう。しばらく見ぬ間に、随分と出世されたようだ」
「いやいや、それほどではございません。しばらくこちらにご逗留の予定で?」
デュモン卿は短く息を吐くと、
「…約束があるものでな…」
と小さな声で言った。
「そうでしたな。もうそんなになられるのか…。と言うことは、こちらの美しい娘子が、ジェイドですね!」
サフロワがジェイドの方を向くと、驚きと嬉しさの入り混じった顔でジェイドに歩み寄った。
「ロワ兄様、お久しぶりです」
ジェイドも嬉しそうな顔で応える。
「おー!ジェイドか。元気だったか?すっかり大きくなっちまって…」
サフロワはワシワシとジェイドの頭を撫でた。
「今は第2王子の帰還で王宮もバタバタしているが、デュモン殿が来られていることは、ブルムード国王にお伝えいたしましょう。お知らせすることがありましたら、祖母の宿屋の方にお知らせいたします」
そう言うとサフロワは馬に乗って行ってしまった。
「今の方、宿屋のジェマおばさんのお孫さんなんですよ」
ジェイドは顔に『?』の表情を貼り付けたオリィに説明した。
「このラプナプラには、結構長くいたことがあるので、ジェマおばさんやそのご家族には、とても良くしてもらっているんです」
それから三人は、ラプナプラの魔石店が並ぶ一角に足を運んだ。
『ここにしかない魔石』というのも存在するらしいので、オリヴィンは興味津々だ。
広い通りまるごと一本に、魔石を売る店がひしめいている。右も左も魔石だらけだ。
オリヴィンは次々と石を眺めては手に取り、見定めて行った。
中でも興味を惹かれたのは、『見た目を変える魔石』だ。
ここには、すごくたくさん種類が置いてある。古今東西『自分とは違う人間になってみたい』という願望は同じらしい。
しかも、ここの『変身石』はかなり希望が絞り込まれている。
肌の色を 白→褐 色褐色→黒 黒→黄色 黒→白
目の色を 茶色→青 青→銀色 青→黒 黒→緑
髪の色を 金色→黒 黒→赤 赤→青 藍色→桃色
などと、選んで変身できる。
なるほどそのせいか、俺がこんな髪色でも誰も気にしないわけだ。
(これをひとつひとつ検証した強者がいるってことだな…)
などと感心しながら、見て行く。
その沢山の変身石とは逆に、『変身を見破る石』が売られているのも面白かった。
(まあ、そりゃそうか…)
あと、高級店のショウケースの中に、興味深い物を見つけた。
手のひらサイズの板に、中央にレッドクォーツ、周りに10個ほどサイロメレン石のビーズがぐるりと取り囲んでいる。真ん中のレッドクォーツが固定されている代わりに、周りのサイロメレン石のビーズが動くようになっている。
気になって店主に聞いてみたら、
『西方の国で最近発明された通信機』ということだった。
(こんな遠くにまで、俺の発明品が知れ渡っている…)
ちなみに金額はこちらでは家が一軒買える程の金額だ。だがおそらく、この通信機はオリジナルの模倣品で、そのパテント料は、俺のところに入ってこないんだろうなあ、などと思う。
表通りの店々をほぼ冷やかし終えたら、もう陽が傾いていた。途中露天で、美味しそうと思う物を買って食べていたので、それほどの空腹感はない。
こうして一日目は過ぎていった。
宿に帰って、汗だくの体をどうにかしようと聞いたら、『近くに川があるから、そこで洗って』と言われる。
ディヤマンド国人もあまり風呂は頻繁に使わないが、それは気候によるせいで、あまり湿気で体がベタベタしないからだ。ここは暑過ぎて身体中の汗腺が開いた感じがする…
川では大人も子供も、着衣のまま水浴びをしていた。俺も上だけ脱いで汗を洗い流す。傍に寄って来た子供にも水をかけてやったら、キャッキャ言って喜んでいる。ジェイドとデュモン卿もやって来て、体を洗い流していた。
「オリィはすごいね。すぐ地元に馴染んじゃう」
ジェイドに言われて、
「えっ、だって汗臭いのやだろ…?」
とトンチンカンなことを答えたが、そうなのだろうか。あまり、習慣の違いに抵抗を感じたりしないのかもしれない。
宿で夕飯を食べて、女主人のジェマさんと世間話をしていた。
主には、昔のジェマさんの魔石探検の旅の話で、盛り上がった。
若い頃、デュモン卿と一緒に探検をしたこともあるらしい。
「その頃のレックスはまだ、10代の青臭い少年でね、生意気な子だったよ…」
(“レックス”って!デュモン卿をこんなふうに呼べる人がいるなんて、なんだかすごいな…)
「それよりレックス、“あの約束”はどうするつもりなんだい?」
そうジェマさんに言われて、デュモン卿とジェイドの顔が曇った。
「約束、って何ですか?」
何も知らない俺は、うっかり聞いてしまう。
そんな俺の言葉に、ジェイドがゆっくりと口を開いた。
「六年前に、この国の偉い人と約束をしたの。『ある情報』と引き換えに、私とその人の息子を結婚させる、という約束なの」
「……!」
オリヴィンはあまりの驚きで、あいた口が塞がらない。
「…冗談、ですよね?」
誰も否定しない…
「そのために、この国へ来たんですか⁉︎ジェイドを結婚させるために?」
オリヴィンは、腹の中にグルグルと怒りが苦しいほどに渦巻いて、我慢できなくなった。
「クッソッ!…お、俺は寝ます!」
そう言うとオリヴィンは席を蹴って、部屋に走って行ってしまった。
* * *
部屋に戻ったオリヴィンは、ベッドに突っ伏してしばらく両拳を握りしめていた。爪が握った手に喰い込んで血が滲んだが、そんなことはどうでも良かった。
(ジェイドが結婚する。俺以外の他の誰かと…)
そう考えただけで身体中の血が逆流するほど、怒りと震えが走った。
(あの綺麗な瞳に俺以外の男が映り、あの白い肌が他の男に…)
ジェイドの白い肌がフラッシュバックする。
頭の中をどす黒い感情がグルグルと巡り、強引に自分のものにしてしまいたいと言う凶悪な思いが頭の中をよぎるのだ。
『身を焦がすほどの嫉妬』
そんなものが自分の内に潜んでいようとは、想像もしていなかった。
突然の激情で感情が制御できなくなり、そんな自分が苦し過ぎて、オリヴィンは走って宿を飛び出した。
気付くと、さっき水浴びしに来た川のほとりに来ていた。
怒りが収まらず、バシャバシャとそのままの姿で川に入って行く。
足が立たなくなったところで、力を抜いて仰向けになり、川の流れのままに身を任せた。
濁った川はゆったりとオリヴィンを運んで行く。
街の中を流れる大河は、海に向かって流れて行く。
大分流されたところで、ようやく少し頭が冷えて来て、気を取り直して岸辺に向かって泳ぎ始めた。結構流されたらしい。
一番近い何か、階段状になった所へ泳ぎ着く。広い白い大理石の階段が河に向かって段々になっている。
神殿か何か、儀式にでも使う場所だろうか?
階段の向こうは芝生の庭園と低い植樹になっている。明るい篝火が焚かれていて、大きな白い建物があった。
宿に帰りたくとも、ここが何処かすらわからない。
とりあえず、誰かに聞いてみるか…と周りを見渡していると、制服を着た見張りのような男に出会った。
何か、現地の言葉で言われているが、俺には全く通じない。どうしようかと思っていると、同じ制服を着た男がバラバラと出て来て、取り押さえられてしまった。
「違うんです。怪しいものじゃありません。川に流されてしまって…」
と弁明してみるが、一向に通じない。
すると向こうから、
「どうしたの?」
という俺の国の言葉が聞こえて来た。
その声の持ち主は、近くまで来るとまるで俺を知っているかのように、
「オリィ…」
と呼んだ。




