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46 魔石の島

 

 山の天気はみるみる変わっていく。

季節はまだ秋だが、この山岳地帯では一日の間に春夏秋冬があるようだ。

 朝、霜が降りていた高原に暖かな日差しが差すと、僅かに平原を覆っていた草に花が咲き、夕暮れには閉じて雪が舞う。舞っては翌日に溶けていた雪が、やがて少しずつ積もり始めた。

 ゴルン王国の短い夏が終わり、冬が到来する。


 ようやく飛空艇の修理が完了し、ジェイドの足の骨折も完治し、問題なく旅を続けられるまでになった。積めるだけの食料を積んで、オリヴィン、ジェイド、デュモン卿の三人は出発の日を迎えた。



「婚姻の儀に出席して欲しかったな。…気をつけて行けよ」

 ダワンは名残惜しそうにオリヴィンに言った。ダワンとラナ王女は間もなく結婚する。


「デュモン殿、ご無事で。また、お帰りの際にはお寄りください」

「ホラン殿もお元気で。奥方様も大変お世話になり申した」


 雪がぱらつく高原から、飛空艇がゆっくりと上昇する。

 見上げる人々に手を振りながら、三人は出発した。


 オリヴィンの記憶は少しずつ回復している。主にはジェイドのお陰だが…

 ジェイドは、この飛空艇を手に入れた経緯(けいい)を話すことが辛すぎて、その辺りの話は曖昧(あいまい)にしてしまっている。


 艇は雪雲を避けるように、南を目指す。


 今我々はある場所を目指している。


 ゴルン王国で出発の準備をしている時、デュモン卿に

『もう一箇所だけ、どうしても行かねばならぬところがある…』

 と打ち明けられた場所があった。それが今目指している場所だ。


『魔石の島』スリ・ロータス。


 世界中の魔石ハンターが、一度は行ってみたいと憧れる魔石だらけの島が在るのだ。今、我々はその島を目指している。

 オリヴィンの心は踊った。ワクワクでつい鼻歌を歌っていたりする。


(その島のことは、子供の頃から知っている。魔石好きなら、誰でも知っている有名な場所だから!)

 とうとうその島に行けるんだと思うと、浮かれてしまうのも当然かもしれない。 


 雪雲を突き抜けて、白い高原を後にすると、徐々に緑の大地が広がって来た。

 三日ほどかけて、大陸の上を縦断した。今回はよく休んだお陰と、気候が南寄りになって温かくなったので、交代で夜も飛び続けた。

 いい天気が続いて、星がよく見えることも幸いした。


 緑の大地はやがて、木々が繁った林になり、森になり、ジャングルに変わっていく。

 緑のジャングルの中をうねうねと河がくねり、その先に海が見えて来た。


 暑い南国の海は、海岸線を白砂とエメラルドグリーンの珊瑚礁で縁取っていて、宝石のように美しい。

 海岸線に沿うように、飛空艇は飛んで行く。


「先に言っておかなばならぬことがある」

 オリヴィンの浮ついた気持ちをぶった斬るように、デュモン卿が口を開いた。


「これから向かう魔石の島『スリ・ロータス島』は今、隣国のムガロア帝国の支配下にある。だが、この島の全権を担い統治するのは、王家であるベリル一族(いちぞく)だ。ベリル一族には逆らってはいけない。それが、この島のルールだ」


「そうなんですか?」

 ぽやんとした顔でオリィが答えると、

「ベリル一族に逆らっては、この業界で生きていくことはできんぞ」

 という重々しい言葉が、卿から帰って来た。


「魔石の流通を一手に仕切っている一族なんです。仲良くしておくことに越したことはありません」

 ジェイドが言葉を繋げる。


「お知り合いなんですか?」

 と尋ねると、

「…まあな」

 という曖昧な答えが返って来た。

 デュモン卿はこの業界では、名の知れた魔石ハンターだ。知り合いなのも当然かもしれない。そう言われるのならば、仲良くしておく方が得策なのだろう。


 夜の闇の中に、わずかに硫黄のような匂いが混じって来た。見下ろすとチラチラ赤い炎が見える場所がある。

 海底火山が海の中から頭を出しているようだ。

 それを見てデュモン卿が

「もうすぐ着くぞ」

 と言って、飛空艇の高度を下げた。


 島は夜の闇の中で眠りについている。

 やがて、海と空の境界が少しずつ明るくなり、空の藍が薄れていく。見えていた星の川も見えなくなって、残るのは明けの明星と月だけになった。


 『スリ・ロータス島』は大きな島だ。そのほとんどはジャングルに覆われている。

 黒々としていた海は色を取り戻し、まもなく太陽が登る頃、島に着陸した。


 比較的町に近い、ジャングルの中の小さな空き地に飛空艇を下ろし、周りの樹木などを折ってきて艇を隠した。持てる荷物を背負って、徒歩で町を目指す。


 道すがら卿から、ベリル一族のことを聞いた。

 一族郎党、ことごとく魔石の感応力が半端なく強いこと、変身の魔石も見抜く強力な力の持ち主がいること、などだ。

 …ということは、ジェイドの性別転換も見抜いてしまうということか。

 特に現王のブルムード・ベリルは桁外れの魔石使いとのことだ。


 単一民族で構成された孤立した島国であったスリ・ロータスは、魔石の産出が古くから盛んであったため、独立国家を永いこと貫いていた。


 それが海を隔てたムガロア帝国の圧倒的な兵力で侵略され、あわや王国が滅ぶという危機に落ちいった。通常なら、侵略された国の王族は揃って首を落とされ、侵略国のいいように富を略奪(りゃくだつ)蹂躙(じゅうりん)されるところだが、この国は違った。


 帝国の傘下に入り、潤沢(じゅんたく)な魔石の供給と加工を受け持つことを、恒久的な条件として交渉したのだ。

 その結果、王族のベリル一族は生き(ながら)え、こうして帝国傘下での繁栄を続けている。


 最大の都『ラプナプラ』は立派な建物が多い。

 宮殿のような丸い屋根、色とりどりの宝石で飾られた扉や梁の装飾、魔石の他に普通に沢山の宝石が取れる島の表通りは、大層に(はな)やかだ。


 それにしても、人々が浮き立っている感じがする。

 言葉のわかるジェイドが、露天の主人に尋ねてみると、

『半月ほど前、旅に出たまま戻らなかったベリル一族(いちぞく)の王子が戻って来た』

 のだそうだ。そのお祝いのパレードがまもなく行われるらしい。


「そうか、それでは王宮は騒がしいであろうな。先に宿を取って支度を整えるとしよう」

 デュモン卿の言葉に二人とも(うなず)いて付いていく。


 いくつか裏通りを通り過ぎて、表通りの喧騒が聞こえなくなった頃、宿屋に着いた。


 宿屋の主人は、白髪の老婆だった。歳を取っているものの、腰も曲がっておらず、立派な体躯のご老女だった。デュモン卿が入っていくと、鋭い目でジロリと眺め、

「おやおや、随分と久しぶりだね」

 と短く言った。が、続いて入って来たジェイドを見て、破顔した。


「あら〜!この子があの可愛かった女の子かい?」

 ジェイドも嬉しそうに笑った。

「ジェマおばさん、お久しぶりです!」

「まったく、六年なんてあっという間さね!」


 ジェマおばさんはジェイドを抱き寄せると、頭をぐりぐりと撫でた。

「幾つになったんだい?すっかり綺麗になって!」

「もうすぐ18です。ジェマおばさんは変わらないね」

「この娘は嬉しいことを言ってくれるね。…おや、後ろの男は誰だい?」


「こいつはな、ディヤマンド王国から連れて来た、私の弟子だ」

 ジェイドに代わってデュモン卿が応える。

「ふ〜ん、そうかい。弟子かい」

「オリヴィン・ユングといいます。よろしくお願いします」


「ジェマおばさんは、宿屋を始める前は、魔石ハンターをやっていたのよ。世界中を回って魔石探検の旅をしていたから、いろいろな言葉もしゃべれるし、私たち魔石ハンターにとって頼れるお母さん的存在なの」

 ジェイドがそう説明すると、ジェマおばさんは照れたように笑った。


 いつものように、ジェイドとデュモン卿は二間続きの部屋、オリヴィンは一人部屋に分かれて、外出の準備をする。

 街中に紛れるように地味な生成りのシャツにこの辺りの男たちが着ている巻きスカートのような物を、来る道すがら買って来たものを着る。

 顔だけはどうしようもないが、この国は世界中から宝石や魔石の買い出しの人々が訪れるそうなので、それほど気にされないかもしれない。


 支度を整えて階下に行くと、キッチンで紅茶を淹れてくれるという。

 ありがたくキッチンへ向かうと、デュモン卿とジェイドはもう紅茶を飲んでいた。


 ジェマおばさんが、俺の服装を軽くチェックして直してくれた。


 この島の紅茶はとても有名で、ディヤマンド王国でも上流階級の御用達だそうだ。

「もうすぐ、第2王子の凱旋パレードが始まるらしいよ」

 そう言われて、紅茶を急いで流し込み、三人で表通りに出た。


 通りの両側は人で埋め尽くされている。

 遠くから、打楽器の音と歓声が徐々に近づいてくる。

 道には赤や黄色、ピンクの花びらが敷き詰められ、人々のベリル王家のへの愛着が伝わって来る。


 その花で飾られた美しい山車(だし)は、真っ白な4頭の牛に引かれてゆっくりと進んで来る。

 白い制服の御者が二人前に座り、その後ろの一段高いところにベリルの第2王子が乗っていた。


 そして、その後ろに一人の女性が乗っている。ざわざわと、人々の間に噂話が広がっていく。


「…なんでも、あの後ろの女が王子を救い出したんだそうだよ」

「王子はどこかに囚われていたってこと?」

「遠い国の、砂漠の中の悪い魔女に捕まっていたんだって…」

 そんな話が、人から人へ伝わって行く。


「なんて言ってるんですか、みんな?」


 言葉がわからないオリヴィンは、ジェイドとデュモン卿を振り返って、訊いた。


 振り返った二人の表情はまるで、『戦場で死神に会った』みたいな表情だった。


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