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44 夜襲

 

 ホラン殿が敵の偵察から帰った夜、息子のダワンにポツリと漏らした。


「敵軍が集結している。明日あたり進軍が始まるかもしれん…」

「そうですか。それではいよいよですね」

「明日夜、奇襲を駆ける。母上に挨拶しておけ」


 ダワンはゴクリと唾を飲み込んで、決心した。

 父上は他の官僚や司祭に、事の詳細を報告に急いで出て行った。


 ダワンは足首にいつものように魔石を革紐でくくりつけると、むくむくと姿を変え黒豹に変身した。黒豹は素早く家々の屋根を伝うと、王宮に入って行った。


 王宮の個室で、窓からの月明かりを眺めているラナ王女の前に、黒豹が現れた。

「ラナ王女」

「…ダワンなの?」

 ダワンの姿が人の形に戻った。


「ご挨拶をしに参りました」

「…とうとう戦が始まるのね?」

「はい」

「私の画策(かくさく)も無駄だったということね…」

「…国や民を救いたいという気持ちは、僕も同じです…」


「私はあなたに死んで欲しくない…そのためなら何でもするわ」

「まさか、僕が戦争で死なないために、他の男と結婚しようとしたと…?」


「……いけない?」

「僕はそう簡単に死にませんよ…」

「そう…かしら。ゴルン王国の精鋭『黒豹部隊』が先陣を切るのでしょう?」


 ラナはこみあげてくる涙に目を(うる)ませながら、ダワンの顔を見上げた。

「ラナ…」

 ダワンは(くずお)れそうなラナ王女を腕に抱き留めて言った。

「必ず、必ず帰って来ます。その時は僕と結婚してください…」



 * * *



 翌朝、アジュラ教の僧兵や、ゴルン王国の中枢部隊は招集を掛けられた。


 ホラン殿は昨晩から家に戻らず指揮をしている。

 ダワンは父からの伝言を携えて、戻って来た。


「デュモン殿、オリヴィン殿、ジェイド殿。父からの伝言です。

 今日の夜、敵に空から夜襲(やしゅう)を掛けたい。申し訳ないが後一日、飛空艇をお貸し願いたい。

 その後は、いつでも自由にこの地を後にしていただいて構わない、とのことです。


 三人は緊張の面持(おもも)ちで、ダワンの話を聞いた。

 オリヴィンは手に持った皮袋から『火焔石(かえんせき)の指輪』を出して

「これを5個作りました。火薬の着火に必要かと思って。どうぞ、使ってください」

 とダワンに手渡した。


 ダワンはそれを受け取ると、自分の指に(はま)っていたオリヴィンの指輪を返し、

「ありがとうございます。皆さんのことは忘れません、お元気で!」

 と深々と頭を下げた。


 デュモン卿はしばらく無言で考え事をしていたが、向き直ると、

「我々も、出発の準備をする時が来たようだな」

 と言った。


(戦争が始まるこの状況で、逃げるように脱出するのは気が進まないが、

 俺たちには、東の島国へ行くと言う目標がある。仕方がないんだよな…)

 オリヴィンは心の中で葛藤(かっとう)しながら、荷物をまとめ始めた。



 * * *



 その夜、ホラン殿、息子のダワン、僧兵長(そうへいちょう)の三人が飛空艇で飛び立った。


「やはり、進軍しておるな」

「このままではあと三日ほどで、やって来てしまいます」

「よし、やるか…」


 ダワンは挺に積み込んであった木箱から、手のひらに乗る大きさの丸い玉を取り出した。玉にはヒモのような尻尾がついている。

 デュモン卿が考案して、中に火薬と砕いた石を詰めて投げられる大きさに丸め、周りを紙とにかわで貼り付けた物を作った。


「『手投弾(てなげだん)』とでも呼びますか。あまり高いところで火をつけても着地する前に爆発してしまうので、もっと高度を下げますぞ」

 ホランは操縦桿を握ったまま、高度を下げて行った。

「敵の武器庫と、大砲を狙ってくれ。行くぞ!」


 飛空艇は急降下して、敵方のテントや大砲が目視でもわかるほどの高さになった。

「それっ!」

 ダワンと僧兵長は『火焔石のリング』で手投弾に火をつけ、投げていく。

『ボオンッ!』と音がして、地上で爆発が起きた。


「敵襲だ!」「敵襲!」「敵襲!」

 ドンドンと太鼓が鳴らされ、地上は蜂の巣を突ついたような大騒ぎになった。


 飛空艇は、上昇と降下を繰り返しながら、次々と『手投弾』を落として行った。

 敵も負けじと、矢を射て来る。

 “ヒュンッ!”と風を切る音がして、火矢が飛んで来た。

 その一つが飛空艇の底部に刺さって火がついた。


「まずい!撤収(てっしゅう)だ。持って来た『手投弾』は全部火をつけて投げ落としてくれ!」

 飛空艇は上空を旋回して、まとめて『手投弾』を落とすと、川へ向かった。


 近くの川へ着水して火を消したが、底部が焼けて浸水して来た。

 ホランは川の流れに逆らわずに、ゆっくりと飛空艇を上昇させて帰路に着いた。


「これで少しは足留めができるだろう。だが、こちらも身動きが取れなくなってしまったな…」


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