43 火薬
東の大国で作られたと言う『新兵器』がどのようなものか、朝からホラン殿と数人のゴルン王国の役人が検証をしている。
昨晩、飛空艇で出かけて行って盗み出して来たものを、高地の広い平原に運んで来た。
鉄で鋳造された筒形の砲に、車輪のついた台車が付けられている。
「これと同じ形でもっと大きなものが、いくつも敵の陣地に置かれていた。
おそらく同じものではないかと思うが…こちらはそれを小型化して、機動性を良くしたものではないかな」
ホランが他の役人たちに説明すると、
「これはどのように使われるのか?」と質問が来る。
「それを今から、試すのです」
ホランは昨夜戻ってから、持って帰って来たものを徹夜で検証していた。
おおよその使い方は予測ができている。
筒形の砲の後ろを開け、丸い鉄玉を装着する。取り付けて置いた火縄に、火焔石で火を点ける。
「下がってください!」
火縄が燃えて砲に着火すると、恐ろしい爆音が鳴り響いた。
ドォォォォォオンッ‼︎
遠くに砂埃の柱が立って、先ほど装着した丸い鉄球が着弾して、爆発したことが視認できた。
「恐ろしい威力ですな…」
「これが我が国へ向けられたら、馬や剣など、役に立ちませんな…」
「これらが盗まれたと分かったら、敵は即座に進軍してくるでしょう。こちらも急がなければなりません」
* * *
「その『火焔石』の指輪を貸してもらえないだろうか?」
オリヴィンはダワンにそう言われて、躊躇なく指輪を外した。
「い、いいのか⁉︎」
「勿体ぶっても仕方ないだろう?協力できることは何でもする。だけど、返してくれよ。そいつで何度か命を救われたらしいから」
そう言ってオリヴィンはダワンに指輪を渡した。
「練習はしたほうがいいと思う。かなり威力があるからね。自分の前髪を燃やさないようにね」
そんなふうに言われて、ダワンは思った。
(不思議な男だ…裏表がないと言うか、この男には暗い感情のようなものが感じられない…生来の性分なのだろうか…)
「君はどうして、よく知りもしない僕たちに良くしてくれるんだい?」
「…困っている人がいたら、誰しも手助けするもんだろ?俺も、助けてもらったし」
(いや、そうかもしれないけどさ、フツー結婚までしないだろ?)
「ラナ王女…僕の許嫁だったんだ。君が来る前までは…」
「え、そうなんだ…」
「それまで何の疑問も持たずに、当たり前に結婚するって思ってた…だけど、君が現れて、急に王女が僕じゃなくて君と結婚するってなって…王女は僕でなくても、誰でも良かったのかなんて、思ったりして…」
「ダワンは、ラナ王女のこと好きなんだね?」
「そ、そんな、親が決めた結婚に好きとか嫌いとかないし…」
「俺と結婚するって聞いて、ショックだったんだろ?」
「く、国のためなら、仕方がないじゃないか!」
「彼女もそう思ったんだと思うよ。気持ちより、責任の方が重いってね。
だけど、俺は思う。ジェイドと出会って、記憶を失ったけれどまた会って。
『ああ、この人のためなら何でもできる、命さえ懸けられる』って何度でも思う。
そうしたら、国だって救えるんじゃないかってね」
「な、何でそんなふうに思えるんだ⁉︎」
「思えるよ、本当に好きなら」
「………!」
(何なんだ、コイツ!ただ顔がいいだけの優男だと思っていたのに…)
ダワンはこの男の意外な言葉に、繋ぐ言葉が出てこなかった。
* * *
オリヴィンとデュモン卿はホラン殿に紹介された鍛冶屋に来ていた。
「鉄だとかなりの高温が必要ですが、銀なら加工が簡単です。これを使わせてもらいましょう」
「そうゆうことは覚えておるのだな…」
「一般常識なので…後は体が憶えていてくれるといいのですが…」
オリヴィンはホラン殿に無理を言って、銀製の食器をいくつか手に入れて来た。金槌と楔で銀食器を半分に折ると、叩いて更に小さくしていく。
るつぼに小さくした銀の欠片を入れて、炉にかける。
るつぼの外側がオレンジ色に輝き、熱くなった銀が溶け出す。
オリヴィンは用意して来た溝を彫った炭の板に、熱してトロトロになった銀を流し込む。
炭が焼ける匂いがする…冷めた銀はあっという間に固まった。
ヤットコで固まった銀を掴むと、汲み置いてある水に突っ込んだ。
ジュワワッと音がして、銀の細長い板が出来上がった。
それを、指を一巻きできるくらいの長さに切っていく。
オリヴィンは指輪を作ろうとしていた。幸い鞄鞄の中から『火焔石』がたくさん出て来たので、それを簡単な形で止め付ける。
鍛冶屋の主人も見よう見まねで手伝ってくれて、思ったより早く5個の『火焔石の指輪』が出来上がった。
オリヴィンはそれを皮袋に入れて持ち帰った。
先にホラン殿の家に帰っていたデュモン卿と、ジェイドとダワンが火薬の製法を吟味していた。
ジェイドとデュモン卿が石に詳しいおかげで、すぐに材料を特定できたようだ。
「この黄色は明らかに硫黄ですね。硫黄の匂いがします。黒いのは…細かくて軽い…炭でしょうか?」
ジェイドが言う。
「もう一つのキラキラした結晶は…塩に似ておるな」
そう言うとデュモン卿は指で擦り合わせた石の粉をぺろっと舐めた。
「やはり、塩辛いな」
ダワンがその言葉に反応して、
「塩の岩石ならば、沢山あります。高原の砂漠のあちこちにで採れます!
岩塩を保管してある場所がありますので、そちらに行けば手に入るかと。
硫黄は少し遠出をせねばなりませんが、温泉地帯にあります!」
と、勢いづいている。
こうして、忙しい数日が探索や作業で過ぎて行った。
ホラン殿は、天気の良い夜は必ず敵地の偵察に出かけている。
それによると、ぞくぞく東から増援部隊が到着しつつあるようだ。
敵が進軍してくる日も、そう遠くないだろう。




