42 偵察
「これまで、小国であるこの国が侵略されなかったのはなぜだろうか?」
オリヴィンはダワンに訊いた。
ダワンはその理由を一つ一つ挙げていった。
「一つは地理的な理由。ゴルンはヒマール山脈を背景とした山岳地帯に位置している。
行軍はかなり過酷なものになる筈。到達するまでに疲弊し切ってしまっては元も子もない。
もう一つは、攻め落としたとしても得るものが少ない、と判断した場合だな。おおよそはこの二つの理由だと思うが」
「逆に言えば、今は『無理をしてでも得たい何かがこの国にある』と言うことですよね」
オリヴィンに問われて、ダワンは気になることを思い出した。
「近年、隣国で『新しい兵器』が発明された、と聞いたことがある。詳しいことはわからないが、数種類の石の粉を混ぜ合わせて火をつけると、激しく燃えるのだそうだ。なんでも、それは『火薬』と呼ばれているとか…」
「その『火薬』の詳しい製法や材料などはわからないのですか?」
オリヴィンが畳み掛ける。
「…その材料となる石が、ゴルンで採れる…ということか⁉︎」
ダワンはハッとして、自分が言った言葉を反芻した。
「…『火薬の材料』、新しい武器。…すまないが、お二人さん、これで失礼する。父上に報告しなければ…!」
ダワンは慌てて出ていった。
「オリィ、あの石、…良かったのかしら?」
「わからないけれど、前の俺もあの石を持て余したのかもしれないな」
* * *
デュモン卿とホラン殿は『飛空艇』の修理に精を出していた。
有り合わせの材料で翼の形を作り、その上を膠で煮た布を貼り合わせていく。
ようやく、形も左右対称になって来た。あとは乾かして、明日には試運転ができるだろう。
一息ついたところで、ホラン殿の息子、ダワンがやって来た。
「これが『飛空艇』なのですね。我が国にも、このようなものがあれば良いのですが…」
「可能かもしれませんぞ。飛空艇は形はあまり問わぬのでな。この『飛行石』さえ見つければ、絨毯でも飛ぶことができますぞ」
デュモン卿が冗談混じりに言う。
「どうしたのだ、ダワン。なにか用か?」
「父上、実は先ほどオリヴィン殿と話していて気づいたのですが、隣国が我が国を侵略したい理由について…」
「何だ、話してみろ」
「近年、隣国で開発されたと言う『火薬』のことです。火薬の材料は数種類の石の粉を調合して作られるそうですね」
「そうらしいな、詳しいことはわからないが…」
「その材料の石が、我が国で豊富に採れるとしたら、どうでしょう?」
ホラン殿とデュモン卿の目が合った。
「なるほどな…それならば、無理をしても侵略する意味があるわけだ」
「更なる侵略のための材料を手に入れたいわけですな」
「その『火薬』なるものは、どのような力があるのだろうか…」
「一度、手に入れて確かめて見たいですな」
そう言いながら、デュモン卿は飛空艇の翼を撫でた。
* * *
翌朝、ホラン殿とデュモン卿は『飛空艇』の試運転に出掛けて行った。
ジェイドはまだ松葉杖をついていて、自由に動き回れそうもないし、オリヴィンはまた、ラナ王女の配下のものに狙われかねないので、ダワンが今日も一緒だ。
大分二人に慣れて来たダワンが口を開いた。
「二人は北の白い肌の人の国から来たんだろ?あっちの国は、そんなにいろいろな髪の色や目の色の人がいるのかい?」
「そうね、確かに金色の髪、銀色の髪、赤い髪、茶色の髪、いろいろな人がいるわ。でも、オリィの紫紺は珍しいかな。私は、母が東の海の島国の人だから、髪が黒いけれど」
ジェイドが答える。
「東の海の島国⁉︎そうなのか。僕は東の海の端までは行ったことがあるけど、そのまた先の島国…聞いたことはあるけど…」
「へぇ、東の端まで行ったんだ!どんなところだった?」
オリヴィンが口を挟む。
「どんなとこって、まあ、でっかい国があってその中でいくつも国ができたり、また別になったり、戦争してるのさ。都は本当に絢爛豪華だったけどね」
ジェイドとオリヴィンは、『ふ〜ん、そうなんだ』と興味深そうに頷く。
午後になって、『飛空艇』の試運転に出掛けていた二人が帰って来た。
「あの『飛空艇』は素晴らしいですな。これが何機もあれば、完全に世界も征服できるかもしれませんな」
「是非に、そんなことが無いよう願いますぞ。それにこれは借り物でしてな。
一年後にはタルクに返さねばならんのです」
「デュモン卿、父上、試運転はどうでした?」
ダワンの問いにホラン殿が答える。
「あまりの快適さに、東の国境まで行って来た。上からだと、敵の動きが手に取るように見える。いやはや、大したものだ」
「そんなに遠くまで、この短い時間に⁉︎」
「ダワン、少し状況が変化しそうなので、寺院に皆を集めてくれ。伝令を頼む」
「わかりました、父上」
そう返事をすると、ダワンは素早く出て行った。
「私も支度をしなくてはなりませんので、デュモン殿、これにて失礼つかまつる」
ホラン殿も慌ただしく部屋を出て行った。
「父さん、何かあったんですか?」
ジェイドが卿に尋ねた。
「…隣国が、いよいよ動きそうなのだ。これを回避するために、少々ホラン殿に手を貸そうと思う。良いかな?」
「もうここまで巻き込まれていますので、こうなたったら協力するしかないですね」
オリヴィンが答えると、ジェイドも頷いた。
* * *
その夜、ホランと息子のダワン、アデュラ教の司祭の一人を乗せて、『飛空艇』が飛び立った。昼間十分に飛行訓練をしたホランは、静かに挺を発進させ、東に向かって飛んだ。
国境の敵の陣は、昼間見ておいた通りの場所に篝火が焚かれている。
飛空艇は夜の闇に紛れて、静かに陣から少し離れた場所に舞い降りた。
三人は、そっと敵地に忍び込み、武器庫らしき建物から、そっと武器を盗み出した。
こんなところまで敵は来ないだろうという慢心からか、警備の目が以外に少なかったため、難なく盗み出すことができた。
盗み出した数種の武器と思われるものを飛空艇に積み込むと、静かに発進させた。




