40 再会
オリヴィンはホラン総帥に連れられて、彼の家に向かう。
馬に乗せられたのだが、馬の振動で体が痛い。
「…ッ」
「ユング殿、怪我をされているのか?」
「…落ちた衝撃で、アバラが何本か折れているようです…」
「フゥム、落ちて来た、と言う話はまんざら嘘でもないようですな。 降りた方が楽なようでしたら、歩いて参りましょう」
「助かります」
二人は馬から降りて、ゆっくりと歩き出した。
「すみません、聞いてもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ、ユング殿」
「…私はいったい、何者なのですか?」
「そうですね、それを確かめねば落ち着かないでしょう。拙宅に着いてからと思いましたが、歩きながらで良ければ…」
オリヴィンはホランが知る、彼のことを聞いた。
まず、北の白い肌の人々が住むディヤマンド王国の出身であること、身分の高い貴族の次男であること、宝石や魔石に関わる仕事をしていることなどだ。
「魔石…もしかして、これもそうでしょうか?」
オリヴィンが落下時にも身につけていた物で、周りの者が何故か怖がっていた指輪だ。
「そうだと思いますね。大方、火でも吹くんじゃないでしょうか?」
ホラン殿は少しおかしそうに応える。
ホラン殿の家に近づくと、何か言い争っているのだろうか、男の声がした。
「デュモン殿!」
ホラン殿がそう声を掛けると、男たちが気づいてこちらを見た。
一人は体の大きな黄色い髪の、オリヴィンと同じ白い肌の男で、もう一人はホラン殿によく似た若い男だ。
「オリィ!心配したぞ!」
黄色い髪の大男は駆け寄って来た。
男は、オリヴィンの頭をポンポンと撫でて、撫でられた方はどうして良いかわからない困った顔をしている。
「デュモン殿、どうやらユング殿は記憶を無くされたようですぞ」
「……記憶喪失…か?」
もう一人の男が駆け寄って来て、
「父上、お帰りなさい。デュモン様がどうしてもお会いしたいと…」
「ダワン、客人だ。二人とも中に案内してくれ」
そう言ってホラン殿は、引いていた馬を馬小屋に連れて行った。
* * *
オリヴィンはホランの家で、ことのあらましを聞いた。
デュモン卿と娘のジェイド、オリヴィンの三人で、東の島国に向かって旅をしている途中なこと。
その途中で、乗っていた飛空艇が雷に遭って遭難したこと、偶然、アジュラ教の聖典の中の一節と似た状況が生まれてしまい、おそらくそのせいで王女に結婚を迫られていることなどだ。
そこまで聞いて、オリヴィンもホラン殿もようやく納得した。
「それにしても…ジェイドのことも思い出せないとはな…」
デュモン卿が複雑な気持ちの入り混じった目でオリヴィンを見た。
「ジェイド殿は、寺院の方におられるのですか?それでは、手狭ではあるが拙宅に来られるといい」
ホラン殿の申し出に、デュモン卿は早速娘を迎えに行った。
「ユング殿はこちらに。王女の手の者が来ないとも限らぬので」
ホラン殿の家はここいらの家と同じ石作りで、なだらかな斜面に立っている。
狭い石段を通じて、三つの建物が繋がっていて、オリヴィンは一番上の建物に案内された。
案内してくれたのは、先ほどのダワンと呼ばれた息子さんだった。
「ダワンさんは、私たちの言葉が話せるのですね」
「…父から、外の世界についてもよく知るようにと言われています」
「そうですか。私はここに来るまでの記憶を失ってしまって、何もわからないのでいろいろ教えてください」
「記憶を…何も思い出せないのですか?」
「ときどきふと、何か映像のように浮かぶのですが、それが何なのかもわからないのです」
「…それは大変ですね。なにか手掛かりがあると良いですね」
* * *
オリヴィンはその部屋の窓から、ぼんやりと外を眺めていた。
(何か…手掛かり…)
外はまだ明るいが夕陽が落ちようとしていた。
誰か、下の方で話す声がする。
デュモン卿が娘を連れて戻って来たのだろう。
(……娘……どんな子だったろうか?一緒に旅をして来た筈なのに…)
足音がする。
「オリィっ!」
名前を呼ばれて、反射的にそちらを向いた。
真っ黒な長い髪の綺麗な女の子が、松葉杖をついて立っていた。
その娘はオリヴィンの顔を見ると、顔をくしゃくしゃにして倒れ込むように近づいて来て、松葉杖を放り出すとオリヴィンに抱きついて来た。
オリヴィンにはその様子がまるでスローモーションのように見えた。
「…ジェイド…?」
二人で重なるように床に倒れ込み、オリヴィンは痛みに呻いた。
それでもジェイドは離れない。
涙で滲んだきれいな翠色の目でまっすぐオリヴィンの目を見つめて、
「…会いたかった!」と言った。
オリヴィンは胸の中にむくむくと切ないような思いが込み上げて来て、それがどうしてなのか分からなくて困惑した。
「オリィ、私を助けてくれてありがとう…」
フッ、と映像が掠める。
(この手をしっかり握って、『絶対離さない…』と思った)
すると、ジェイドはオリヴィンの首に手を回し、彼の唇にキスをした。
「ん…?」
オリヴィンは戸惑いながら、彼女の唇の感触を味わった。
なんだか、頭の中が陶然となっていく。
ジェイドは一旦唇を離して、
「ぜったい、思い出させるから…」
と小さく呟くと、もう一度彼に口付けた。
ドクドクと鼓動が激しくなって、体の内側から熱が上がって来る。
長いキスの後、二人は床に座り込んで火照った頬に、お互いはにかみながら、
こんな会話をした。
「俺は君が好きみたいだ…」
「私もあなたが好き…」
「覚えてなくてごめん…」
「…もう一度、私を好きになって」
そう言うと、ジェイドはオリヴィンの腕の中に入り込んで、背中に腕を回した。




