35 盗賊団
翌日、俺とデュモン卿で町に魔石を受け取りに行くと、何だか町の中が騒がしいようだ。
馴染みの魔石商に入り、卿が俺を紹介してくれる。
「こちらは、ディヤマンド国の魔石商のオリヴィン・ユング殿だ。これからもどうか懇意にしてやってくれるとありがたい」
「そうでございますか、ほかならぬデュモン様のご紹介とあらば、こちらもお取引を頂ければ幸いです」
そう言って俺たちは握手をした。
「ところで、なにやら町中が慌ただしいようだが、何かあるのだろうか?」
そう卿が切り出すと、魔石商は声を落としてこう言った。
「実は昨晩、鉱山主の所に盗賊が入ったのですよ…」
「ほう…」
「どうも怪しいのは、昨日町に入った隊商の一団のようで…宿屋も昨晩のうちに、もぬけの殻になっていたようです」
俺は『ふ〜ん』と聞き流しそうになって、ふと昨日のことを思い出す。
昨日会ったモルガニアの商人、何と言っただろうか?…アラバンド、だったか?まさか、あれではないよな…
同時に、嫌な予感がした。
ジェイドが一人で飛空艇の番をしているのだ…
なんだか、胸がザワザワする。
「卿、急ぎましょう!」
俺のその緊迫した言葉に異変を感じ取ったデュモン卿は、
「先に行けっ、頼んだぞ!」と俺を送り出した。
嫌な予感が当たりませんようにと祈りながら、俺は一人で町の中を走り抜けて、最短距離でジェイドの所に急いだ。
町の門を抜け、赤い砂埃の舞う道を必死で走る。
飛空艇を隠した所のそばに、幌付きの馬車が停まっているのが見えた。
その近くで、数人が争っている。
「ジェイドッ!」名前を呼びながら、走り込み、剣を抜いた。
数人の賊に囲まれ、ジェイドは左手に持った短剣を構えて、必死に応戦をしていた。
右腕から血が流れている。
その姿を見て、俺の心の中の何かに火がついた。
(俺のジェイドを傷つけやがって!!!ぜってーゆるさんっ!)
頭の中が怒りで沸騰した。
俺は渾身の力で剣を振り出し、敵の一人の腕を切り落とした。
「ウァッ!」と叫んで賊が倒れる。
横にいた賊も怯んで、ジリっと後退りした。
するとその後ろから、昨日話しかけて来たモルガニアのアラバントと名乗った男が出て来た。
「おーや、ディヤマンドのお兄さんではないですか…ちょっとは使えるようですね」
引き攣ったような笑いを顔に貼り付けた男が、剣を手にこちらへ近づいて来る。俺とジェイドは背中合わせになって、周りの敵に相対する。
賊が一人、ジェイドの右に踏み込んで来る。俺は体を翻して、その男の剣を横に薙ぎ払った。
反対側から別の族が突っ込んで来る。
俺は左手の火焔石のリングを指で弾いて蓋を開け、火を放った。
「ギャッ!」と叫び声がして、賊が退く。
まっすぐに手元から伸びた火柱に、盗賊たちがひるんだ。
遠くから馬のいななきと、蹄の音が聞こえて来る。デュモン卿が来てくれたのだろう。
卿と一緒に傭兵のような集団がやって来た。
賊はそれに気づくと、慌てて散り散りに逃げ出し始めた。
アラバントは荷馬車の馬の手綱を握って、荷馬車を切り離すと馬に跨り逃げ出した。
逃げた賊を傭兵たちが追う。
俺はホッとして剣を地面に突き立て、ジェイドの方を振り向いた。
「大丈夫?」
「…もう、死ぬかと思った…」ジェイドの体から力が抜ける。
「よかった、死ななくて…」俺はジェイドを抱きしめた。
* * *
デュモン卿が連れて来たのは、エメラルド鉱山の鉱山主の雇った傭兵だった。
残された荷馬車から、昨夜盗まれた宝石も全て見つかり、散り散りに逃げた賊も間もなく捕縛された。
賊の捕縛に協力した俺たちは、鉱山主にもてなされ、ジェイドは腕を治療しながら、数日そこに留まることになった。
予備の『傷癒軟膏』も薬屋に頼んで作ってもらい、今後に備える。
俺はますます思った。
『自分のみならずジェイドを守るには、俺自身がもっと強く、賢くならねばならない…』と。
それにはどうしたら?
デュモン卿に
「何故、ジェイドが危ないと思った?」
と聞かれて、俺はよくよくその前日にあったことを思い出した。
そして、あのモルガニアの商人という男と会った時に感じた、ほんの少しの『違和感』が危機を知らせ、行動に走らせるに至ったのではないか、と。
「その感覚を磨け。状況をよく見て観察して、感じたものを大切にしろ。それは、きっとお主自身を助ける」
卿のその言葉に俺は頷いた。
飛空艇は町中に持ち込めないため、鉱山主の傭兵と交代で見張らなければならず、それを考えると早くここを立ち去る方が得策と思えた。
そのため、予定ではもう一箇所行く予定の鉱山を諦めて、一旦キノへ戻ることを俺たちは選択した。
鉱山主の好意で大きなエメラルドも安価で仕入れさせてもらうこともでき、例の“石捨て場”で魔石を採取できたことも幸運だった。
世話になった鉱山主に礼を伝えると、『次に訪れたときも、必ず寄ってくれと』言ってくれた。
俺はこうして人と人の繋がりが紡がれていくのを実感した。




