33 一足飛びに
「ここからは、更に過酷な旅になる。命の保障は全くない。わしは、こんな旅にお主たちを巻き込んだことを、後悔している…」
デュモン卿は厳しい表情で言った。
「そんな、ついて来たのは俺の意思です!」
オリヴィンは食い下がる。
「今回のことがいい例だ。今のわしにはお主たちを守り切れる自信がない…」
「父さん、今までだって何とか切り抜けて来たじゃない。大丈夫だよ」
「ジェイド、お前は黙っていてくれ。オリヴィン、もうここから帰りの船で引き返したらどうだ…?」
「……っ。お、俺は帰りません!まだ、何の成果も上げていませんし、俺を信頼して旅に出してくれた人たちに顔向けできません!」
そんな押し問答をしていると、ポラス殿が吉報を運んで来てくれた。
先の事件で押収した『飛空艇』は三機あったそうだ。
それらは皆タルク国に接収されたのだが、そのうちの一機をデュモン卿に1年間貸してくれることになった。
デュモン卿が要望を伝えて、ポラス殿が頑張って根回ししてくれたのだろう。
ラクダや船より、圧倒的に早く行ける筈だ。
デュモン卿に懇願するような顔で、
「まったく、お主を失っていたら、ユング男爵殿に顔向けが出来ぬところだった…頼むから、もう少し慎重になってくれ…」
と言われて、俺も反省する。
「すみません、気をつけます…」
(オリィって素直。真っ直ぐすぎて、ちょっと引くくらい…)
ジェイドはこんな時にそんなことを思っていた。
* * *
真夏のキノは暑い。
キノはまだ海から吹く風があるので、少しマシなのだが、昼間はとにかく暑い。
まあ、山岳地帯に行けば、夜は寒いそうなので準備もそれなりに必要だ。
注文をいただいた魔石の採取に行くことになった。
タルク国の隣、アルデンの山岳地帯には良い鉱床がいくつかある。
今回はそこを周る。
貸し出された飛空艇を有効に使って、短期間で3カ所を周ることになった。
俺たちはタルクの市場で、なるべく現地に溶け込めるような古着を購入し、
採掘のための装備を整え、荷物を飛空艇に乗せて、早朝に出発した。
まず目指すのは“シヒリ鉱山”だ。
ジェイドが言うには、以前ここで『湧水石』と『沸騰石』を見つけたことがあるそうだ。
人気のある魔石だけに、頑張らねば。
行きはジェイドが操縦することになった。鉱山の位置を熟知している卿がナビゲートしていく。地図で見るのと実際に見るのではかなり違うので、それに慣れなければならない。
なるべく怪しまれないように、すばやく高度を上げて上空から横移動する。
こうしてみると、どこかの学者が言った通り、この世界は丸い天体の上にあるのだと実感できる。
あまり高く飛び過ぎると気温も下がり、呼吸が苦しくなるので、頃合いが難しい。
途中ジェイドと操縦を替わって、交代で水分補給や食事をする。
砂漠の上を過ぎると緑の山々が見えて来る。連なって徐々に高くなり、頭に雲を纏った尖峰が見えて来る。どうやら、そのひとつ突出して高い山が目印のようだ。
山の上に近づき、少しづつ高度を落としていく。尖った高い山と連なる山脈の間あたりに向かって降りていく。
荒く削られた赤い岩肌が露出している所がある。その少し手前の緑の木々がある場所に飛空艇を下ろした。
片道5時間ほどかかったが、地上をラクダや馬車で行けば数週間はかかる距離の筈だ。
デュモン卿が荷物の中から、周りの岩と同じ色合いの布を取り出して、飛空艇に被せた。
念のため一人見張りに残ることになって、ジェイドを置いて卿と二人で採掘に向かう。高山地帯のせいか、夏なのに随分涼しい。
ところどころで、赤茶色の岩盤が露出している場所がある。
誰かが採掘した後なのだろう。
途中で現地の衣服を身に纏った男に出会った。俺たちは現地語で軽く挨拶をして通り過ぎた。
横に水が流れた後のような裂け目がある場所があり、そこで足を止めた。
卿は、
「よく観察してみろ。水が流れた後に鉱物が露出していることがある」
そう言って、二人でその辺りを探し始めた。
俺は小さなスコップとハンマーで、交互に砕いてはすくうと言った具合に探していく。
小石に混じって小さなオパールが出て来た。
魔石ではないようだが、オパールが出て来るなら、他の物が出て来てもおかしくない。
そう思って探していると、卿が俺を呼んだ。
「これを見てみろ」
乾いた水路の側面の土手の部分に丸い大きな石が飛び出している。
枯れ草の影になって土の中に埋もれていたようだ。
「ノジュールだ。割ってみるか?」
そう言って、鑿と大きなハンマーを手渡された。
俺はノジュールに鑿を当てると、ハンマーを打ち下ろした。
キンッ、と火花が散って跳ね返される。
「石目を見て打つんだ」
そう言われて、僅かだが色が違っているところに気づき、今度はそこに鑿を当てて打った。
ガシャッと音がして鑿が石に沈み込み、ノジュールが割れた。
大きな巻き貝の化石が真ん中に嵌っている。
よく見ると貝の部分が虹色に光ってオパール化していた。
「お〜、これは!」
「なかなかのオパールですね!」
それを背負っていたカバンに詰めて、茶褐色の荒涼とした山に向かって山道を登っていく。
少し進んでいくと、茶褐色の岩にぽっかりと開いた坑道の入り口があった。
入り口には男が二人いて、坑道から運び出された岩石の中から、ジェムストーンや魔石を選り分けているようだ。
デュモン卿は、彼らを驚かさないよう声をかけながら歩み寄り、現地語で話しかけた。
何やら話をしていたが、一人の男が頷いて選り分けた石を見せて来た。
男はこの鉱山の山主の臣下のようで、どうやら気に入った石があれば、譲ってくれると言うことらしい。
俺とデュモン卿はその中から、いくつか石を選び出した。
『沸騰石』と『湧水石』がいくつかあったので、これを選び出す。それに魔石ではないもののエメラルドが混じっていたので、それも選ぶ。
卿が交渉して、金貨30枚で譲り受け、俺たちはジェイドのところに戻ることにした。
ジェイドと合流して荷物を積み込み、今夜キャンプできそうな場所を探す。
明日行く予定の鉱山に近く、できれば見晴らしの良い場所がいい。
人が近づけばすぐわかるような、開けた場所を飛空艇で探して、舞い降りた。
テントを張り、持って来た食材で簡単な夕食を取る。
焚き火を囲んで、温かいお茶を飲んだ。
(ようやく、『魔石探しの旅』っぽくなって来た…)
そう思うとワクワクしたが、それもデュモン卿とジェイドがいてくれるからだ。
交代で見張りをしながら睡眠を取る。
(明日が楽しみだ…)
そう思いながら、俺はすぐに眠りに落ちた。




