32 飛空艇
砂漠で砂嵐に遭って、半日を無駄にした。
目的の場所までもう少しのところまで来ていた筈だった。
砂嵐が収まって皆の無事を確認しようと探したが、オリヴィンとセレスティンが見つからない。
あんな砂嵐の中、動けるはずがないのだが、居なくなっていた。
まさか、先に向かったのだろうか?
デュモン卿は考えていた。
案内役の話では、この先に古い神殿のあるオアシスがあるという。昔は砂漠の民の偉大な神を祀る神殿だったそうだが、砂漠化が進んでオアシスが小さくなってしまい、住んでいた人々も移り住んで行ったそうだ。
最近では魔女が住み着いたと言う噂があり、近隣のものは怖がって近づかないと言う。
『魔女?』
なんだ?何かが引っ掛かる…
ジェイドは二人のことが心配で、黙り込んでいる。
「よし、神殿へ向かおう」
案内役には追加料金を約束して、神殿への案内を頼む。
更に半日進んで夜を明かし、翌日。
砂漠の向こうに黒い煙が上がっている。
焼けこげた匂いが風に乗って運ばれて来る。
こちらに進んで正解だったようだ。
『二人はこの先にいる…』そんな予感がする。
空高く、大きな鳥が飛んでいる。
鳥は急降下して来て、見る間に大きな影になり、
それが鳥でないと言うことはすぐにわかった。
人が乗っている。
それは低く滑空して来ると、砂の上に滑り降りた。
ジェイドが駆け出していった。
「オリィ!」
「ジェイド!」
二人が駆け寄った。
* * *
二人とも抱き合って砂の中にへたり込んでいる。
デュモン卿も二人に歩み寄って、声をかけた。
「大丈夫か?一体何があったんだ⁉︎」
オリヴィンは手足に鎖を引きずっていた。
彼は掠れた声で、
「あの神殿に住む白い女に攫われました。すみません…そしてその手引きをしたのはセレスティンだったようです…」
卿は
「そうか。大変だったな…。それで、おぬしが乗って来たあれは『飛空艇』なのだな。魔石で飛んでおるのか?」
「…そうです。青い石が嵌め込まれています。奪って逃げて来たのですが、もうすぐここにも追っ手がかかると思います…」
「それは由々しき事態だな。あれには何人乗れるのだ?」
「俺も多分、あれで運ばれたと思うので、三人は大丈夫かと…」
デュモン卿は頷いて、
「そうか、ならばあれで逃げるぞ!」と言った。
卿は雇ったガイドのところに踵を返すと、何やら話をして残りの金を支払っていた。
ジェイドは自分と卿の荷物を飛空艇に運ぶと、俺の方を振り返って尋ねた。
「どう操縦するの?」
「その触覚みたいなのに掴まって、魔石に集中するんだ」
「わかった、やってみる。オリィ、乗って」
俺はジェイドの後ろに乗り込むと、姿勢を低くした。
飛空艇が僅かに小刻みに振動して、空中に浮き上がった。
膝くらいの高さで静止すると、デュモン卿のいる方へするすると進み始める。
卿が、近づいた飛空艇に足を掛けると、僅かに艇が傾いたが、次の瞬間、すごい速さで上空に舞い上がった。
卿とオリィは振り落とされないように、しっかりと飛空艇につかまって、周りの景色が小さくなるのを見ていた。
神殿から上がっていた黒い煙は、少しずつ収まって来ているようだ。
だが、神殿から何か小さな金色の光が飛び出して来るのが見えた。
俺は思わず、恐怖で凍りついた。
たぶん、俺の顔が尋常じゃない表情をしていたのだろう、卿が
「あれが追っ手か?」と言い、
「……」声もなく頷くと、
卿はジェイドの後ろから手を操縦桿に掛け、集中するように目をつむった。
飛空艇の速度がぐんと早くなり、あっという間に神殿が遠ざかる。
砂漠が小さくなり、向こうに緑の山々が見えて来た。
高度が高くなり、山々さえも小さくなり、そのむこうに青く輝く海と町が見えた。
風の音がビュービューとうるさく、耳が聞こえづらい。
白い衣装一枚で鎖を引きずっている俺は、高度が上がると、寒さで歯の根が合わない。
飛空艇は少しずつ高度を落とし、海辺の高台を目指す。
青いドーム屋根の白い大きな邸宅を見つけると、艇はゆっくりと降下して行った。
広い邸宅の裏庭にちょうど良さそうな空き地を見つけ、飛空艇を降ろす。
屋敷の中から、使用人たちや奥方、子供まで出て来て大騒ぎになった。
ポラス殿が仕事で出かけていたため、俺たちは休んで彼の帰りを待つことになった。
使用人が道具を持って来て、手足を拘束していた鎖を外してくれ、自由になったものの、俺は蒼白で、歩くのがやっとだった。
ジェイドが支えて部屋まで送ってくれ、ベッドに寝かされる。
ジェイドはベッドに腰掛けると何も言わず、ただ優しい目で俺を見て髪を撫でた。
その瞬間、俺の目から涙が溢れ出し、ただボロボロと涙がこぼれた。
胸が苦しくなって、嗚咽が漏れた。
俺はジェイドの膝にしがみついて、顔を埋めて泣いた。
そして、子供のように泣き疲れて眠ってしまった。
* * *
随分と眠ってしまったのだろう。朝になっていた。
ベッドの傍らの椅子には、着替えの下着と服が置いてあった。
(…ありがたいが、まず風呂に入りたい…)
そう思って着替えを持って、湯殿の方へ向かう。ポラス邸にはすごく立派な湯殿があるのだ。
すれ違った使用人に声をかけ、湯殿に入っていいか断りを入れる。
『昨夜はお目覚めになりませんでしたね、どうぞお入りください』と言われ、
俺が起きなかったことをみんなが知っている事実に、気恥ずかしさを覚える。
体を洗っていると、あちこちに小さな傷ができているのに気づく。
あらぬところが痛い…
見ないようにして、風呂から上がった。
着替えてさっぱりすると、気持ちも落ち着いて来て、昨日あんなにジェイドの膝で泣いてしまったことを思い出し、一体どんな顔をして会えばいいのか…と思う。
不思議なもので、そう思っていると廊下でバッタリ会った。
「おはよう、オリィ」
ジェイドは明るく声をかけてくれて、俺も目を泳がせながら
「お、おはよう…」と答える。
「朝食を食べたら、詳しいことを聞かせて欲しいって、ポラスさんが」
「うん、わかった」
あのことを話すのは気が重かったが、
(話さないわけにはいかないよな…犯罪だし…)
ふたりで朝ごはんを食べに食卓に降りていくと、ポラス殿とデュモン卿が待っていた。
「オリヴィン殿、こたびは大変な目に遭われたようで、タルク国で責任ある立場の私としても、大変遺憾に思っております。
つきまして、後ほど詳しいお話をお伺いさせていただきたいと思いますが、
その際、我が国の公安責任者も同席させていただきたく、お願い申し上げます」
「はい、わかりました」
「外国からのお客様を害するような、そんなことは二度とあってはなりません」
(ポラス殿も立場があるから、いろいろ大変なんだな…)
食事の後、俺はポラス殿と、もう一人の公安責任者を交えて話をした。
砂漠の奥の小さなオアシスに、魔石を操る能力者の女がいること、旅行者を拐かして金品を奪うだけでなく、奴隷のように使役していること、などだ。
「その女はかなり強力に魔力を使っていました。
おそらく『飛行石』を身につけていて、自由に操っています。
魔石を操っている時、体が金色に光っていました。他にも、薬や毒に詳しいのではないかと思います。
薬で旅行者の自由を奪い、精神的に追い詰めて奴隷のように操っている、というところでしょうか」
でも、セレさんのことは触れないでおいた。
ある意味、セレさんも被害者と言えるからだ。
* * *
その後、この国の憲兵隊によって、神殿を占拠していた者たちは一網打尽となり、極刑に処された。
彼らの『飛空艇』は国が接収し、国益のために使われることになった。
俺の荷物は帰ってこなかったため、もう水筒に付いた『通信石』で家に連絡をすることができない。
『湧水石』と『沸騰石』、『傷癒軟膏』『変身ブローチ』『どんな物でも切れる短剣』など、今更ながら失くしたことが惜やまれた。
仕方がないので、家には手紙を書いた。いつ届くかはわからないが、届くことを祈る。




