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31 飛行石

 

「二人とも、『飛行石』って知ってるかい?」

 甲板に椅子を持ち出して、ジェイドとセレさんとお茶を飲んでいると、セレさんがそんなことを訊いて来た。

「それって、現実に存在するんですか⁉︎」

 と思わず問い返す。

 そりゃあ、おとぎ話の中になら出て来る。夢見たいな話だ。


『その石を身につければ、空中を飛ぶことができる』

 という魔石だ。


「伝説か何かではないのですか?」そう問うジェイドに、

「あたし、見たことがあるんだよ…」とセレさんが答えた。


 ーーーそれは8年前の出来事。

 駆け出しの冒険者だったセレさんは、タルク国から南の砂漠の国を目指した。水と食料を持って、砂漠をラクダの隊商と共に渡って行く、過酷(かこく)な旅だ。


 二週間ほど進んだところで、大きな砂嵐に遭遇(そうぐう)した。

 隠れる場所もなく隊商は散り散りになり、ラクダも失い、持っているのは(わず)かな食料と水だけ。

 やがて、それも尽きて倒れた時、鳥のように空を飛ぶ飛空艇(ひくうてい)が現れ、それに乗っていた男に助けられたという。

 男は砂漠の中のオアシスにセレさんを運んで立ち去ったーーー


 その飛空艇には青い魔石が()め込まれていたそうだ。

 その石と言うのが『飛行石』なのではないか、という話だった。

 なんでもちょっと変わった匂いがしたそうだ。


 意識を失う直前の記憶で、自分でも真偽(しんぎ)を疑ったそうなのだが、3年ほど前、同じ体験をしたと言う冒険者に出会い、確信に変わったのようだ。


 俺は、その話にすごくそそられた。

 見てみたい、触ってみたい、その魔力をこの手で感じてみたい…と、久しぶりに見たこともない石を探すワクワク感に心が躍る。


 デュモン卿にその話をすると、信じてはいなかったが『話は聞いたことがある』と言う。

 セレさんがおおよその場所を案内できるというので、行ってみてはどうかと、卿を説得する。


 卿にとって今回の旅は、東方を目指す長旅なので、このような“道草”は避けたいのだろうが、『そこを何とか!』と頼み込んで同意を取り付けた。


 * * *


 船は無事、終着地タルク国のキノ港に到着した。


 港にはあらかじめ卿が連絡してあったのだろう、ポラス殿が迎えに出てくれていた。


「長旅、ご苦労様でございました。今日より当家でゆっくりお(くつろ)ぎください」

 とポラス殿が用意してくれた馬車に乗り込んだ。


(あらた)めまして私、当タルク国で商務大臣を務めておりますデミル・ポラスと申します。デュモン殿、ジェイド様、オリヴィン殿。さて、こちらのお美しい女性はどちら様で?」


「こちらはセレスティン・ピアース殿だ。ピアース殿は特殊な能力をお持ちで、今回我々の魔石探索に協力していただけることになりましてな。急に人数が増えてしまって申し訳ないが、よろしくお頼み申す」

 デュモン卿がセレさんを紹介する。

 ポラス殿は『いえ、大丈夫ですよ。部屋は沢山ありますので…』と太っ腹だ。


 港から狭い石畳の曲がりくねった道を、坂の上へ上へと馬車は登っていく。

 白い漆喰(しっくい)の壁に、オレンジ色の瓦屋根が鮮やかな平屋(ひらや)の建物が多い。

 坂を登り切って更に奥に進むと、白い石造りの見事な門が見えた。


 門をくぐり、両側のヤシの並木を奥へ奥へ進む。最後に開けた場所に水が流れる噴水が現れ、その後ろに蒼いモザイクのドーム型屋根に白い石作りの邸宅があった。

 “邸宅”と言うより“宮殿”と言った方がしっくり来るかもしれない。

(ポラス殿って、偉い人だったんだな。商務大臣とか言ってたし…)


 その夜、歓迎の宴でポラス殿の奥方たちにお会いした。

 お三方とも、お美しい方々だった。

 …世界は広く、文化の違いはこんなにもあるんだと知り、手土産は渡せずじまいになった。


 今回デュモン卿がポラス殿のところに立ち寄ったのには、(わけ)があった。

 あの、『仮面オークション』の時のことだ。


 デュモン卿はあのオークションで、東方の皇帝の『翡翠(ひすい)玉璽(ぎょくじ)』を落札するつもりだった。

 しかし、値が釣り上げられて高額になったため、ポラス殿に協力を求めたのだ。

 代わりにポラス殿がそれを落札し預かった。


 卿はその時の『翡翠(ひすい)玉璽(ぎょくじ)』を受け取りに来たのだ。

(持つべきものは『金と権力のある友』だな…)

 また、一つ勉強になった。


 * * *


 俺はキノの町で、砂漠を渡るためのフード付きマントや、砂を吸い込まないためのマスクを用意した。

 何故か皆がすごく心配してくれる。

『このままじゃ絶対、どっかで(おそ)われる…』

とセレさんが言うので、旅の間は『変身ブローチ』を着けて顔を変え、上等な服や装備は置いて行くことにする。


 二日後、支度を整えた我々は、まずは馬車で砂漠の近くの町まで移動することにした。そこから先は、ラクダと案内役を頼んで奥地を目指すのだ。


 馬車で砂漠の(ふち)の村まで運んでもらい、ここで案内役とラクダを探す。

 こういった村には大抵、砂漠を渡る隊商相手の案内役を生業(なりわい)にしている者がいるそうだ。

「試しに、交渉してみろ」

と卿に言われ、セレさんと二人で交渉に行く。


『ラクダ5頭、案内役三人で金貨30枚』と言われ、そんなものかと承諾しようとして、慌てたセレさんに止められる。

「まったく!アタシがいなきゃ危ないとこだった」と言われ、交渉を代わる。

 結局金貨10枚で、行きに3枚渡し、途中で3枚、帰りに残りを渡す、ということになったらしい。

 ラクダに乗るのは、馬に乗るより難しかった。どこまでもマイペースな生き物なのだ。

 砂漠の夜は寒い。テントを張って交代で休む。案内役といえど、油断すれば持ち物どころか、命まで取られることもあるそうだ。

 予定では2週間でオアシスの村に着くらしい。


 行けども行けども砂…そんな中で鼻の利くセレさんが、

『ここに何か魔石がある』と教えてくれて、黄色いガラスのような石を砂の中から掘り出した。

 その石を手に取った時、俺の頭の中にすごくはっきりした像が浮かんだ。

 あまりにくっきりしていたので、現実かと思ったほどだ。


 俺の左目に金色の輪が浮かんだのを見て、ジェイドとセレさんが

「なに、なに?」

 と訊いて来て、咄嗟(とっさ)

「あ、なんか気をつけた方がいいみたいだ」と答えてしまった。

「何に気を付けるんです?」と訊かれ、

「ど、泥棒かな?」と答えた。


 あと一日〜二日でオアシス、というところで砂嵐に遭遇する。

 ちょうど以前そこはオアシスがあったらしい場所で、土壁(つちかべ)の家の残骸が点々としていたので、皆それぞれ分かれて嵐を避ける。

「オリィ、こっちこっち!」

 セレさんに手招きされて土塀(どべい)の裏に隠れる。

 砂がどこと言わず入り込んでくるので、しっかりフードも被りじっと耐える。

 じっと同じ姿勢でいるのが苦しくなって土塀に寄りかかり、俺はいつの間にか眠ってしまったようだ。


 目が覚めた時、砂嵐は収まっていた。

 砂嵐、どころか俺は砂漠の中にも居なかった。


(ここは、どこだろう?)

 明るい光が差し込んでいる。どこか神殿の中のようだ。

 高い石の柱が立ち並んで、俺はその真ん中の祭壇のようなところに寝かされていた。

 夢?かと思い、起き上がって、おもむろに頬をつねってみた。

 夢ではないようだ。


 どこからか声が響いて来た。

「気がついたようじゃのう」

 周りを見渡して見るが、誰も近づいて来た姿はない。

「ここじゃ…」

 その声の主は光り輝きながら、上から降りて来た。


 そして、オリヴィンのすぐ上空で静止すると、彼を眺め回すように周りを一周した。


「ふぅむ。なにか姿を変える魔法がかかっているようじゃな…

 お前たち、この男を洗って来なさい」


 どこからか数人の白装束の男女が出て来て、俺を台から下ろし、

 風呂場のような場所に連れて行った。

 俺は手足を押さえられ服を脱がされると、身体中を洗われる。

「な、なにするんだ!やめろっ」

 と抵抗するが、頭から水を掛けられ、香油のようなものを塗りつけられ、隅々まで洗われた。

 そしてきれいに水を拭われると、白い一枚布でできた服を着せられ、先ほどの祭壇に連れてこられた。


 祭壇の横に、知った顔があった。セレさんだ。

「セレさん!セレさんも連れてこられたんですか⁉︎」

 声をかけたが、返事はない。


「おお、まことの顔はこれか…」

 先ほど上から降りて来た光り輝く人が、また現れた。

「これはなかなかじゃのう…」

 俺の顔のあたりまで降りて来ると、その手でするりと顔を触った。

 光りが少し弱まると、その人物が女だと気がついた。


「これで満足したのなら、あの人を返してください!」

 唐突にセレさんが叫んだ。


(やっぱり、そうなのか…)

 “セレさんの裏切り”

 俺があの砂漠の黄色い石を手にした時、見えた光景がこれなのだ。

 あまりにはっきりしていて、それを信じたくなくて、口に出せなかった。


「どうしたものかのう。あやつは私のお気に入りなのじゃ」

光る女がセレさんの上まで移動する。


「代わりを連れて来たら、返してくれると約束したでしょう⁉︎」

「ふぅむ。私好みによく調教したのに、惜しいのう」

光る女はニヤリと口の端を吊り上げて笑う。

「とにかく、約束を守ってください!」


そして、俺の方を振り向くと、

「まだじゃ。この男を味見して気に入ったら返してやろうぞ」

 おれはその言葉に背筋が凍りついた。


 * * *

 オリヴィンはその後、また白装束のものたちに捕まって、暗い部屋に連れ込まれた。

 抵抗していると、何か薬のようなものを飲まされて、体が動かせなくなった。

 かろうじて意識があるものの、体が動かない。


 そして、その部屋にあの光り輝いていた女がやって来たーーー

女は俺のそばに降りて来ると、

「たっぷりと可愛がってやろうぞ…」と言った。


 そのあとの光景はあまりに屈辱的で言葉にできない。


 * * *


 言い表せないほどの陵辱を受け、やっと解放された。


 暗い部屋から運び出された俺は、まだ体が動かせないまま、別の部屋に運ばれ、寝台に乗せられた。

 逃げられないように手と足はそれぞれ寝台の柱に鎖で繋がれている。


(何がどうなったのか?ここはどこなのか?俺はどうなるのか?)

 頭だけがはっきりしていて、情けなくなる。


 疑うことなく人を信用してしまった自分にも腹が立つ。

 考えてみれば、思い当たることはあったのに…


 ジェイド、心配しているだろうな…会いたい。

 目から涙が(こぼ)れていた。


 (しばら)くすると、少しずつ手足が動かせるようになって来た。

 ただ鎖で拘束されているため、少ししか動かせない。服の下に隠していた武器も、身ぐるみ剥がされてしまって何もない。

 ただ一つ、指輪を除いては…


 女の姿になって娼館へ潜入した時、捕まって地下倉庫に閉じ込められたことがあった。

 そのとき、偶然『火焔石(かえんせき)』を見つけて逃げることができたので、あのあと、

『火焔石』でリングを作った。


『ポイズンリング』という『毒を仕込むための指輪』を模して、毒の代わりに『火焔石』を仕込んだ指輪だ。

 さすがに鎖を焼き切るのは無理なので、ちょっと危ないが寝台の支柱を焼き切ることにする。

 火事になる前に脱出できればいいが…

 指でリングの蓋を開ける。意識を集中して、その太い木製の支柱を焼いていく。

焦げ臭い匂いがして、横一線に炭状になった支柱を力まかせに引っ張ると、腕が一本自由になった。続いて反対側の腕、足と焼き切って最後には寝台の天井が崩れ落ちる。


 炭になった木材が(くすぶ)り出して、火があがった。

 ドアに駆け寄ったが、鍵が掛けられている。煙が充満して来て、俺は着せられていた白装束の裾を割くと、鼻と口に当てて体を低くした。

 煙が窓から漏れて、人の声と足音が近づいて来る。ドアの後ろに隠れて待った。


 ドアが開かれて人が踏み込んできた隙に、オリィは逃げ出した。

 外に出ようと探すが、窓にはみな模様格子(もようごうし)が嵌め込まれていて開口部がない。

 その時、その模様格子の向こうに鳥のように飛んでいる物が目に入った。


 “飛空艇(ひくうてい)?”

 咄嗟(とっさ)に頭に浮かんだのはその言葉だった。それは近くに飛んで来て、

 この神殿の上の方に降りて来た。


 オリィは廊下を駆け出して、上に行く通路を探す。階段があった。

 階下から、人がこちらに向かって来る音が聞こえる。


 上に向かった。屋上に出ると、今まさに飛空艇が降りたところだった。

 俺はそれに乗っていた男に向かって走った。

 指輪を着けた方の手を、男の方に突き出す。


 指輪から炎の柱が真っ直ぐに伸びた。

 男はのけ反って炎を避けたが、髪と眉毛が少し焦げた。

 男が逃げ出し、俺はその『飛空艇』に足を掛けた。


 確信があった。

(本当に魔石が動かしているなら、自分にも動かせる筈。

 あった!『飛行石』だ!)

 昆虫の触覚のように、飛空艇から突き出しているハンドルを握って『飛行石』に集中する。


 飛空艇はふわりと浮いた。

 感覚のままに高く高く飛び上がり、周辺を見渡す。

 周りは果てしなく続く砂漠だ。その只中(ただなか)のオアシスにその白い神殿が建っている。

 神殿からもくもくと真っ黒な煙が上がっている。

 これなら、遠くから見ても場所がわかってしまうな。


 少し離れた所に、隊商の列が見えた。

 高度を下げて近づくと、デュモン卿の隊商らしい。あの煙に気づいて来てくれたに違いない。

 オリィは高度を更に下げて降りて行った。


「オリィ!」ジェイドが駆け寄って来る。

「ジェイド!」俺は少年姿のままのジェイドを抱きしめた。


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