29 最初の寄港地ラピス
船は、大陸と大陸の間に深く入り込んでいる“静内海”に入り、波はますます穏やかになった。
周り込んだ半島を左に見て静内海を奥に進み、古くから絹織物貿易で栄えた港、ラピスに入った。
ここで食料や水などの物資を補充するため、一日半停泊し、出発は明後日の朝となる。
オリィは初めての外国に降り立った。
「今日はどうするんだい?」
と、あれ以来セレさんと一緒に食事を取ることが多くなった俺は、今朝も
「絹織物が有名と聞きましたので、お土産に買って行こうかと思っています」
と言ったら、
「ド素人が行ったら、ぼったくられんぞ。あたしが一緒に行ってやる」
と言うので、お願いした。
港から、石造りの古い砦のような建物をくぐって入ると、賑やかなさざめきであふれた町が広がっていた。
絹織物の取引所はまだ奥の方らしく、セレさんに付いて商店の間を歩いて行く。町角の広場のようなところで、小さな女の子が踊りの練習をしていた。
傍には小ぶりなギターを抱えた少年が伴奏をしている。
「ここいらじゃ、ちょっと変わった踊りを踊るのさ。小さな頃からああやって練習するんだ」
オリィの知っている音楽といえば、オペラか、教会音楽、ちょっと毛色が変わって、フィドルと縦笛を使った北方の音楽が頭に浮かんだだけなので、『へぇ〜』っと思ってしまった。
(踊りも何かすごく情熱的、というか激しい踊りだな…)
更に行くと、古い石造りの大きな建物があって、そこだと言う。
中に入って行くと、それはそれは大きくて派手な生地から、小さな小物まで、さまざまな絹製品が、ブロックごとに並べられていた。
「どんなものを探してるんだ?」
と訊かれて、『う〜ん』となる。
何を選んだらいいかわからない…
最終到着地タルク国、おそらくそこで豪商ポラス殿にお会いすると思うのだが、あいにく彼のことをそれほど知らない。
ただデュモン卿たちにくっついて行って、何の手土産もない、というのは礼儀知らずな気がしたのだ。
「で、その相手は男?女?何歳ぐらい?」
セレさんが、少しでも絞り込もうと訊いてくる。
「男、商人、40代?」
「ふ〜ん、難しいな…。その人、奥方はいないの?」
「どうだろう…いてもいい年だよね」
「いるなら、女物のショールとかにすれば、間違いないさ」
そう言われて『なるほど』と思うが、ショールと言ってもどれを…?
見回していると、肌着や靴下まであるのに気づき、下着の着替えを買おうかと見ていると、白い絹の靴下に気づいた。
女物の靴下で、小さなワンポイントの花の刺繍が入っている。
思わずその靴下を履いたジェイドを想像してしまって、それも買ってしまった。
「ふうん、女物ねぇ」
セレさんがニヤニヤしながら見てくる。
「こ、これは妹にお土産で…」
と、しどろもどろしたところで、
「いいの、いいの。気にするなって」
と肩をぽんぽんされた。
「あれなんかいいんじゃないか?」
赤地に大きな花柄の刺繍が施されたショールを指差して、セレさんが言った。
(確かに!これならいい。さすが女性だ、見る目がある)
ちょっと値は張ったが、いい買い物ができた。
向かいにカーテンのタッセルをたくさん並べている所があって、見るとそのタッセルを小さく作って耳飾りにした物があった。
水色のタッセルの耳飾りを買って、セレさんに差し出す。
「良かったら貰ってください。案内していただいたお礼です」
と言うと、目を丸くしてちょっと頬を赤らめた。
「そんな、いいのに!気にするなよー」
と言いながら、嬉しそうに受け取ったくれた。
そのあたりで昼食にしようということになり、近くの店に入る。
気候がいいので、テラス席に腰掛け、名物の辛いタコ料理や、パンにたっぷりのソースとエビが串刺しになったものを食べた。やはり海の近くは海のものが美味しい!
…と、俺たちも毎日海の上にいるのだが⁉︎
「セレさんはキノに何しに行くんですか?」
何とはなしに聞いてしまったが、それまで笑っていた口元が、キュッと固くなった。
「…王子様を探しに…。なあんてね!」
『王子様ってどちらの国のですか?』と真面目に聞き返してしまい、
『冗談冗談、すんごい魔石を見つけてがっぽり儲けるのさ!』とセレは笑い飛ばした。
* * *
ジェイドは、父に頼まれたお使いで、ラピスの町中にある『魔石専門店』に来ていた。
店番の人にデュモン卿の使いであることを伝え、奥から店主が出てくると、
「こんにちはジェイドさん。今日はデュモン卿はご一緒ではないのですね。前回、頼まれておりましたものは用意できております。今お持ちしますので、お待ちください」
と言って奥に戻って行った。
デュモン卿は船の中で知り合った貴族の男に招かれて、別の場所に行っている。
代わりにジェイドが、以前に卿が頼んだものの受け取りに来ているのだ。
卿はこうして世界中に人脈をつくり、魔石の売り買いで生計を立てている。
当てもなく一人で魔石を掘りに行くだけでは、到底生活など難しいからだ。
ジェイドの脳裏を小さかった頃の記憶が掠める。
物心ついた頃、どこか砂漠のような国のテントの中で毛皮にくるまりながら、石で遊んでいた。
父は石を掘りに行っていて、私はそのテントに預けられていた。
日に焼けた白髪のおばあさんが私の面倒を見てくれた…
うっかり、遠い目をしてしまっていたのだろう。
「お待たせしました。おや、どうかしましたか?」
「あ、…何でもありません。北にしばらくいたので、すっかり体がそれに慣れてしまって、あはは…」笑って誤魔化す。
預かって来た代金を支払って、また探しておいて欲しいもののリストを渡し、
「ありがとうございました。また、次もよろしくお願いします」
と言って、店を出た。
お腹が空いたのでどこかでお昼にしようかと思い、ふっといい匂いがして、
誘われるように匂いのする方に近づいて行くと、料理屋があった。
「あれ〜?ジェイド君⁉︎」
不意に呼び止められて見ると、船の中で会ったことがある赤毛の女の人がいた。
えっと、“セレスティン”さんという名だっただろうか。
「あんたもこの匂いに誘われて来たんだろ?一緒に食べないかい?」
明るく話しかけられて、テラス席にかけた彼女を見る。
向かいに茶色い髪の若い男が掛けているのに気付き、
「でも、お邪魔じゃないですか?」
と答えると、
「いいって、この子はオリヴィン。おんなじ船に乗ってる子さ」
その答えに、ジェイドの中に衝撃が走ったーーー
(同じ名前?…じゃないよね⁉︎)
ジェイドは、困ったような顔をして目線を外しているその若い男を見た。
「ん?どうした?…え、知り合いだった?」
セレさんが不思議そうな顔で訊いてくる。
ジェイドは、心の中の混乱を抑えるように深いため息をついた。
「なんで…」
「ごめん…」
立ち尽くすジェイドと、項垂れるオリィにセレは盛大な『???』を
掲げつつ、『まあ、まあ、まあ、落ち着いて。ここは一旦座ろうか』と
ジェイドを隣に座らせた。
* * *
「…それで、ジェイドはデュモン卿のアシスタントで、実は娘と。
変だと思ったよ。最初に会った時、あんたから魔法の匂いがぷんぷんしてるからさ。
何かあるとは思ってたけど、まさか性別を変えられる石があるなんてね」
そう聞いて、すべての辻褄が合った気がする。
「もう、顔変えなくてもいいんじゃないか?バレたんだし」
セレがオリィにそう言うと、
「お店の人にばれますし、あとで外します」
と小さい声で言った。
「ふ〜ん、オリィはジェイドのためについて来たんだ。若いっていいよな〜」
セレはそう言いながら、遠い目をした。
ジェイドはその言葉に、ますます真っ赤になった。




