27 船出
王都の目抜通りを通り、午後の賑やかな喧騒の中、ジェイドは荷馬車の幌付きの荷台で荷物と一緒に揺られていた。半年前、この王都に来た時はこんな感傷はなかった。
今までも王都に来ることはあったが、どれも旅の途中の中休みのような感じで、少し街での生活に飽きて、また旅立つのが楽しみでもあったのだ。
……それが、今度ばかりは悲しくてたまらない。
涙でぼやける街の景色をぼんやりと眺めながら、心の中で呟いた。
(オリィ…)
やがて馬車は王都の東門に差し掛かり、その門をくぐる。
(これで本当にさようなら…)
そう思うと、声を上げて泣きたくなった。父はそんな私の思いを知ってか知らずか、雇った御者と御者台に並んで座り、後ろを振り向くことはなかった。
馬車は午後の街道を順調に進み、陽が落ちて暗くなり始めたところで、途中の宿屋に入った。ここで一泊して明日の早朝に立ち、昼までにはバロウに着く予定だ。
部屋で埃まみれの顔をぬぐって、体を拭いて着替える。泣きすぎて目の周りがヒリヒリしている。
泣いても笑っても、明後日には船の上だ。
(しっかりしろ、ワタシ…)
両手で頬をパンパンと軽く叩いて、自分を励ます。
夕食を食べて、ベッドに横になったらすぐに眠ってしまったようだ。
翌朝、引越しや移動の疲れもあってか珍しく起きれなくて、父に揺り起こされた。
「ジェイド、ほら起きろ。朝飯を食べたら出掛けるぞ」
「ん…、わかった…」
…夢の中でオリィに会った。嬉しくて恋しくてドキドキした気がするけれど、
よく覚えていない。
* * *
港町バロウにはちょうど昼ぐらいに辿り着き、父の知り合いのところで荷物をおろす。実際に持って行く荷物だけを、波止場近くの宿屋に運んでもらい、私は宿屋で荷物番、父はあちこち回って色々必要なものを調達することになった。
部屋の窓から海を眺めて、潮の香りを胸いっぱいに吸い込むと、少し悲しみが薄れて希望が湧いて来た。
また、この海の向こうの様々な国を駆け巡るという期待が、少しずつ膨らんでゆく。
(そういえば、この前バロウに来たのは、“ジェムマーケット”の時だったわ)
窓から少し左へ海岸通り沿いに目を向けると、あの時オリィと行った『パエリアの店』が目に入った。その途端、胸がズキンと痛んで、あの時の楽しかった思い出が蘇る。
(オリィったら、石を触って倒れちゃったんだったわ。
そのあと、二人でそこの店にパエリアを食べに行って…)
思い出してまた、涙が零れそうになる。
(ダメ…考えないようにしなくちゃ。ずっと泣いていられない…)
大きなオレンジ色の夕陽が、ゆっくりと水平線に沈む。金色にキラキラ光る波が夕陽に向かって裾を広げている。風が吹いて、カモメが波の上を渡って行く。
(キレイ…あの金色。オリィの目みたい…)
また、考えていた。
* * *
翌朝、ジェイドは久々にあの『性別反転ペンダント』を出して変身した。
航海中はずっと男のまま過ごす。
(男のままの方が、少しは気持ちが楽になるかもしれない…)
そう思うと、少し落ち着いた。
昨日のうちに父が乗船料を支払ってあったので、船の前に並んで乗船手続きを済ませ、デッキに乗り移る。
今回の船はかなり大きな新造船で、客室も沢山ある。
主には商人のお客が多いようだが、家族連れも何組か見かけた。
大きな船なら揺れも少なく閉塞感も和らぐので、料金は多少張っても、乗船の希望者は多いに違いない。途中、南の美しい港町を経由するため、避暑に向かう貴族もいそうだ。
渡された鍵に付けられた番号札の部屋を探り当て、荷物を下ろす。
父と二人部屋だ。
出港まであと少しあるが、見送る人もいないだろうし別段いいか、と思いながらも、もう一度デッキに立った。
晴天だが少し風が立ち始め、出港には絶好の日和だ。
乗船客も皆デッキに出て、見送る友や家族との別れを惜しんでいる。
無意識に人々の中に想い人の姿を探す。
いるはずの無いその人を…
“カラン、カラン、カラン、カラン”と出港を知らせる鐘が鳴り響く。
船員たちが忙しく船の上を動き回り、錨が引き上げられ、帆が下ろされる。
舵輪が回り、船はゆっくりと動き出す。
身送る人々の歓声が上り、船は岸壁を離れた。




