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23 イオニス・ヴァンデンブラン


イオニス・ヴァンデンブランは焦っていた。

今までは全てが順調だったのだ。…昨日までは。

ヴァンデンブラン侯爵家の嫡男(ちゃくなん)として生まれ、武勇の誉高(ほまれたか)く、眉目秀麗(びもくしゅうれい)

王立騎士団黒騎士騎兵隊を率いる『黒騎士隊長』として、王にも一目置かれる存在。

それが次期ヴァンデンブラン侯爵家当主、イオニス・ヴァンデンブランだ。


我が侯爵家は現国王派を標榜(ひょうぼう)している。だからこそ、北方高地への旧体制派の残党狩り遠征に志願して、思惑(しわく)通り残党を一掃。その功績により叙勲(じょくん)を賜る。


だが、実はこれは自作自演の狂言芝居(きょうげんしばい)だった。

現国王の王宮には、さまざまな思惑(おもわく)の派閥が存在する。

現国王に忠実で、次期国王に正室の王太子エジリン殿下を推すアルマンディン公爵家。

次期国王に、側子(そくし)だが第一王子のレニエル王子を()すサーペンティン伯爵家。

そして中立派のブロイネル公爵家だ。

他にも水面下で、前王朝の落とし胤だね(だね)を復活させようと言う(やから)も暗躍している。

ヴァンデンブラン家はそれぞれの派閥の間を立ち回り、時に味方として、時に敵として、様々な人脈作りや資金づくりをして来たのだ。


北方高地の旧体制派には内々に資金援助をしてやる代わりに、密造酒造り、密輸船の運用など、なかなか便利に使っていたのだが、図にのった奴らが時々あちこちで好き放題やらかすようになったので、見せしめとして討伐(とうばつ)した。

ついでに国王の犬として遠征に付いて来た男爵もまとめて片付けてしまおうと思っていたが、意外にも賢く立ち回られて仕留めそびれてしまった。


ーーーああ、思えばその前からだ。あの『仮面オークション』で『黒豹』が出た時、あの時から何かがおかしくなってしまったのだ。


審問官(しんもんかん)のレグラントと手を組んで、あちこちで押収した物を一手に国外に持って行って売り(さば)く。代わりにその土地で変わった、珍しい物を仕入れて来させて、オークションに掛ける。なかなか旨くいっていたんだが、あのアジュラ教の法具がまさか足を引っ張ることになるとは…。

『黒豹』がアジュラ教の守り神だったなどということは、後で知ったことだが。お陰で後始末が大変だった。


それにしても、審問官のレグラントの奴め!

娼館なんぞに通って馬脚(ばきゃく)をあらわすとは!

悪事を白状させられた上、怪しい女を我が家に連れて来るとは!

しかも、よく聞いたらアルマンディン公爵家の手先⁉︎とか、有り得ないだろ!

クソッ!その女、俺の顔を知っていやがった!

その上、俺を地下倉庫に閉じ込めて…‼︎


イオニスは怒りのあまり、ギリギリと歯を食い縛った。

地下倉庫で早朝に閉じ込められ、庭番に救出されるまでかなりの時間を無駄にしてしまった。

父君にそのことを報告した時にはもう昼近くになっていて、父上のお怒り様は心底恐ろしい物だった。


もしこのまま盗品を我が家に隠し置いて、踏み込まれたらお(しま)いだ。

何としても、これらを運び出して隠蔽(いんぺい)せねば…


イオニスは怒り狂う父侯爵を懸命に(なだ)め、今夜中に倉庫に保管されている盗品や密輸品を別の場所に運ぶ手筈(てはず)を整えた。

大人数で行けば目立ちすぎる。最低限の人数で、信用できる者のみだ。これだけのお宝を運んでいると思わせないよう地味に立ち振るわねば。


イオニスは質素な黒塗りの馬車を用意させた。馬車の中にはお宝を詰めた棺桶を載せ、黒い喪章を付けさせた。棺桶の台にもしっかり密造酒や密輸品を敷き詰め、黒の敷物を敷き、ご丁寧に周りを花で飾った。馬車2台分になったが、それでも入りきれなかったものは、庭の奥に穴を掘って埋めさせた。


馬車に積み終わる頃にはもう、夜半になっていた。

間髪(かんぱつ)を入れず出発せねば…。西の門番にはいつも通り賄賂(わいろ)を握らせよう。

イオニス・ヴァンデンブランはそれぞれの馬車に二人ずつ腹心(ふくしん)の家来を乗せ、自身は愛馬に(またが)り、頭から黒いマントを被って屋敷を出発した。

途中は何事もなく、静かな夜だった。月が煌々(こうこう)と明るく照らしていて道も見やすい。大丈夫、全てが順調だ。

王都の西の門が見えて来た。門番の数もいつも通りだ。


「止まれ!」門番が出て来て止まるよう合図する。

「お役目ご苦労様です」

「こんな夜中にどうなされたのか?」

「面倒を見ていた遠縁の者が亡くなりましてな、故郷まで送って参ります」

「左様か。だが、こちらもお役目なので、中を確認させてもらってもよろしいか?」

「お役目でございますから、どうぞご確認ください」

「では、失礼」

門番は馬車の扉を開けて、手に持った灯りで中を確認する。

「後ろの馬車は何だ?」

「あちらは亡くなった本人の身の回りの品と、親戚から寄せられた(とむら)いの品です」

「ふむ、亡くなった御仁(ごじん)は人望がござったのだな」

「はい。大変人望のある叔父(おじ)でございました」


馬車の中を確認すると、門番は

「よし、只今門を開けるので、お待ちくだされ」と言った。

「そうでございますか、ありがとうございます。あ、こちらは些少(さしょう)ではございますが、夜中もこうしてお勤め下さっておられる皆様で、お酒でもお召し上がりください」

イオニスはそう言って金貨の入った袋を渡した。

「それはかたじけない。道中お気をつけて参られよ」

門番は金貨を受け取り、門を開けた。

馬車はゆっくりと門をくぐって行った。


イオニスはホッと胸を撫で下ろした。

このまま順調に行けば、明日の昼には隠し港に着いて、荷を隠すことができる。

金さえ積めば、保管する場所も何とかなる、そう思うと前途は洋々と思えた。

少し行くと、林に差し掛かる。多少暗いが一気に駆け抜けてしまえば…

林に入って少し行ったところで、道の真ん中に大きな木が倒れているのが見えた。

「止まれ!」

急いで馬車を止めさせる。倒木は完全に道を(ふさ)いでいて、迂回(うかい)することもできそうにない。馬を降りて全員で動かすしかない。

イオニスは馬を降り、家来全員を使って倒木を動かそうと試みる。


その時だった。木の影から馬にのった騎兵がバラバラと現れた。

その後ろから白馬に(またが)った騎士が中央に進み出て来た。

騎士は低くよく通る声で尋ねてきた。

「何かお困りですかな?」

イオニスはその声に聞き覚えがあった。目の前で

フードを外したその男、アルマンディン侯爵閣下その人だった。

「クッ!(図られた!)」


(かぶ)り物を取って、顔を見せてもらおうか?」

「われわれは怪しい者では…。身内の亡骸(なきがら)を故郷に運ぶところで…」

「その者を拘束せよ!」

側にいた騎士が二人、ひらりと馬を降りると、イオニスの腕を押さえフードを外した。

顔に照明石の灯りが照らされる。

「イオニス殿。荷を改めさせてもらいますぞ」

アルマンディン公爵の他を圧する声が響く。

バラバラと馬を降りた騎士たちが明かりを手に、馬車の中を改める。

「棺桶の中は宝石や貴金属でいっぱいです!」

「こちらの方は密造酒のようです!」

中を調べた騎士たちの報告の声が上がる。


「イオニス・ヴァンデンブラン、何か申し開きはあるか?」

公爵の声が追い打ちを掛ける。

「エエィッ!離せ!我は王立騎士団黒騎士隊のイオニス・ヴァンデンブランぞ!貴様ら如きに、拘束される(いわ)れはないわッ!」

イオニスはそう言い放つと、押さえていた二人の騎士手を振り切り、剣を抜いた。

周囲に緊張が走り、騎士たちも剣を抜いて身構えた。


「イオニス殿、我々は王命によりここに(つか)わされており、我々に剣を向けると言うことは、国王陛下に剣を向けることと同義(どうぎ)ですぞ!良ろしいか⁉︎」

アルマンディン侯爵の声がイオニスを圧倒する。

「ぐぬぅ…」

「父君のヴァンデンブラン侯爵も、その様なことは決して望まれぬと思うが」

畳み掛ける公爵の声に、イオニスはガックリとこうべを垂れて、

剣を手放した。


* * *


この夜の大捕物(おおとりもの)の詳細が語られることはなかったが、この後イオニス・ヴァンデンブランは『国王に対する反逆罪』『貴族として、騎士としての地位を利用した職権の濫用(らんよう)搾取(さくしゅ)』『密輸出・密輸入』などの罪を全て一人で(かぶ)り、処刑される。

何も知らなかったとはいえ(そんな筈は無いのだが)、息子の監督を(おこた)ったとしてヴァンデンブラン侯爵は蟄居(ちっきょ)の身の上となった。

しかしながら、次男で文官だったイオニスの弟が家名を存続することを(かろ)うじて許されたのは、ディヤマンド国王の温情とも言える。


悪事を白状した審問部(しんもんぶ)の審問官は更に(きび)しい取り調べを受け、審問官の大幅な刷新(さっしん)が行われた。あのレグラントも『業務上横領、搾取』の罪で職を失い、百叩きの末、王都を追われた。


そして、例の高級娼館『砂漠の(パビリオン・)薔薇亭(デザートローズ)』にも査察(ささつ)が入り、ハーキマー・アルマンディン殿の助力もあって、占い水晶玉と真実の石、ラビカン石のネックレスが返って来た。

証拠品の返還で工房を訪ねて来たハックは、

「スマンな、出所が辿(たど)れた証拠品はこれだけでな」

と言って持って来てくれた。俺としては、父上の『千刃(せんじん)の剣』を取り戻せただけでもかなり満足していたので、俺のわがままに付き合ってくれた家族やハック、アルマンディン公爵家の方々に感謝しきれないくらいだ。


「ただな、…ハック。一つだけ許せないことがある…」

「へ?」

「テメェ、俺がオリヴィアだった時、ケツを撫でただろっ!あれだけは許せん!」

「ま、待て!あ、あれはだな…お前が悪いんだ…」

「なぁんだとっ!何でオレが悪いんだよ!」

「い、いやさぁ、オリヴィアがスッゲー、イイ女過ぎて…つい、な」

それを聞いてたリア姐が

「なに?なに面白そうなこと言ってんの、アタシも混ぜて⁉︎」

とまぜっ返してくる。


かくして、ひと時の平穏が訪れたのだった。

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