100 兄弟と姉妹
「おーい、なんか外に馬車が待ってんぞ」
ジェマおばさんに言われて、俺たちは取るものもとりあえず、剣といくつかの魔石を持って、待っていた馬車に乗り込む。
「ヘリオス殿下のご命令で参りました」
馬車の御者台に座った男を見れば、ジェマおばさんの孫で騎士のサフロワだった。
「参りましょう」
サフロワは力強く馬の手綱を握った。
向かったのは海とは反対の方角だった。街路を抜け、人家の少ない山の方へ向かっている。おおよその見当はついた。ニッポニアからスリ・ロータスへ着いた時、確かこんな山の中だったのだ。
緑に囲まれた山の中に、高い石塀が築かれている。こんな山の中でこれほど厳重に囲われていれば、知らぬものが見ても、何かこの中には大事なものが隠されていると感じてもおかしくない。
森の緑に紛れてはいるが、その緑に紛れ込むような色合いの制服を着た兵士が、ところどころに隠れて警戒している。
閉ざされた門がサフロワの一言で開かれ、馬車は奥へと進む。
ドームのような巨大な建物の入り口に辿り着いた。以前飛行船で着いた時は、このドーム状の屋根はなかったので、開閉式なのだろう。
入り口付近で、何人かの男たちが作業をしていた。
「サフロワ殿」
「ご苦労、修復作業はどれくらいかかりそうかな?」
「大至急作業しておりまして、本日中には……」
「急がせてすまぬが、頼む」
見ると、入り口が無惨に破壊されて、黒い焦げたような跡がある。まだ木材が燻った匂いがしているところから、ここが昨夜襲撃された場所だということは容易に想像できた。
サフロアに続いて中に入る。警備室や、休憩室の横を通り、奥の駐機場へ進む。天井をドームで覆われた巨大な駐機場に、飛行船はあった。
「よかった。飛行船は無事だったのですね」
そうオリィが言うと、サフロワがなにやらもどかしそうな口ぶりで、我々を飛行船の中に案内した。
「機体は無事だったのです……それは良かったのですが」
飛行船の制御室に案内されて、やっとサフロワの口が重かった理由を理解した。
「飛行石が……ない」
制御盤に嵌め込まれていたはずの、飛行石がない。
無理矢理外して持ち去ったのだろう、周りにへこんだような傷跡がいく筋も付いていた。
「いったい、誰の仕業でしょうか? この石のことを知って持って行ったのですよね?」
オリィが振り返って言うと、デュモン卿はじっと制御盤を見つめていた。
「サフロア殿はムガロアの仕業だと思うか?」
「わかりません。……ただ、この石のことを知っていて持ち去った、というのは確かなのではないでしょうか」
「……わしも同感だ。だが、なぜ飛行船を破壊しなかった?」
「……時間がなかったとか?」
「この制御盤を見る限り、飛行石だけが目的だったようだが」
「そうですね……もっと徹底的に壊してもよかったのですから」
デュモン卿とサフロワが頷き合っている。
オリィはふうむと顎に指を当てて考え込んでいたが、ふいに言った。
「石を外して飛行船を動けなくしただけ、ということでしょうか?」
デュモン卿とサフロワがオリィを見て訊く。
「どういう意味だ、それは?」
「……犯人は、飛行船を壊したくない人、ということです」
「それは……?」
「戦争を起こさせたくない。または、先延ばしにしたいだけかもしれませんが……」
「おぬしの言いたいことは、もしかしたら味方がやったという可能性もある、ということか?」
「その可能性も、あり得ますね」
オリィはにっこりしながら答えた。
* * *
スリ・ロータスの第二王子、ヘリオス・ベリルは久しぶりに嫁に行った姉妹たちと顔を合わせていた。
ヘリオスの父ブルムード陛下には、三人の妻がいる。正妃の子がヘリオスと兄エメルド、二番目の妻の娘がアクワラ、モルガナ、ゴシュア、ペッツォラ、そして三番目の妻の息子がビスクルワ、エルカリアと続いている。
スリ・ロータスがムガロア帝国の侵攻に遭ったとき、兄のエメルドは八歳、ヘリオスはまだ五歳だった。そして当時の屈辱的な思いを知っているのはこの二人だけだ。政治的交渉により国は安定したが、当時の実情を知るエメルドとヘリオスは十六になると旅に出された。王位継承権1位2位のこの二人は、国内にいても命を狙われる。ムガロア帝国からの干渉も厳しい。ならばいっそ『国外追放した』ということにして国から出た方が安全かもしれない、ということになったのだ。
だが、その旅先での苦労はこの二人の兄弟にしかわからない。
その後、政情が安定したため兄のエメルドは先に帰国している。ヘリオスは八年もの間魔女に拘束されていたため、戻れないでいたのだ。
ムガロア帝国の侵攻を覚えている二人の兄弟は、どうしてもその影響下から独立したいという気持ちが強いのだ。
「ヘリオス兄様、この度はご結婚おめでとうございます」
「ありがとう、アクワラ。お前も息災だったかい?」
「ええ、私も夫も子供も皆、息災ですわ」
「アクワラのところは、もう子供は大きいのかい?」
「ええ、上の子はもう十才になるわ。下の子は六才、可愛いわよ」
「お兄様、ご結婚おめでとうございます」
「ありがとう、モルガナ」
姉妹が四人もいれば、大変に賑やかだ。
「お兄様、おめでとうございます」
「ありがとう。ゴシュアもペッツォラも元気そうで何よりだ」
「お兄様、ちょっとよろしいですか?」
「なんだい、ゴシュア?」
「お兄様、エメルド兄様とヘリオス兄様がお若い頃苦労されたことは窺っております。ですが、今ムガロアとはこうして友好関係を築いております。……私の夫はムガロアの情報省の大臣の息子ですから、さまざまな情報が入ってまいりますわ。最近のスリ・ロータスのことも例外ではありません」
「ゴシュア……?」
「どうぞ、お気をつけになって。奥方様と静かな生活をお送りになってくださいませ」
そのとき、勢いよくドアが開いて、兄のエメルドが入って来た。
「みな、久しいな!」
「エメルド兄様! お久しゅうございます」
弟妹たちが一斉にエメルドの方を向いた。
金色の髪に金色の瞳、まるで戦士のように筋骨隆々の美丈夫が入って来た。
さすがは次期国王、威風堂々の姿だ。
「少々予定が混んでいて、遅くなった。皆、息災であるか?」
「はい、お兄様。夫も家族もみな息災ですわ」
「お兄様も早く身を固められて、お幸せになってくださいませ」
「うむ、今回はヘリオスに先を越されてしまったがな! ハハハハハハ……」
快活に笑うエメルドが、今回のムガロア帝国からの独立運動の立案者だと、皆心の底ではわかっているのだ。
「あとここにおらんのは、ビスクルワとエルカリアだけか……」
「彼らは、昨日の事故の処理に出ています、兄上」
「そうか、ならば仕方ないな。まあ、祝いの宴はまだ数日ある。兄弟姉妹で顔を合わせる機会もあろう」




