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4 「頼りになるアレ」

 リザードマンと乗客の大声で、周囲にいた仲間まで呼んでしまったようだ。

 瞬く間に囲まれ、威嚇の声を上げながら手に持ったシミターを突き付けてくる。

 彼等は魔物だ。やろうと思えば一瞬で人間をズタズタに引き裂くことなど、躊躇いもしない。それでもすぐに殺さないのは、人間を脅かして遊ぶことが目的なのだ。

 魔物にとって人間を生かすメリットなどない。欲しい物があれば全員殺した後に、ゆっくりと荷物を漁ればいいのだから。


 リザードマンはその名の通り、見た目は完全にトカゲ人間と言ってもいい。

 本来ならば、主に湿地帯や洞窟などに生息する亜人の一種なのだが、砂漠の中でも生きられるよう進化したリザードマンもいる。

 彼等がまさにそれで、二本脚で直立歩行し,武器なども使いこなす。

 驚くことに独自の文化を持ち,集落を作って生活したりする。

 場合によっては一族や軍隊をまとめるリーダーがいて、統率力のある戦闘を行なったりも出来る知能の高い魔物だ。

 リーダークラスとなると、人語を解する者もいるのでその知能は侮れない。


 ユーリはリザードマンの特徴、性質などを熟知していた。

 だからこそリザードマンの集団に襲われているとわかった瞬間に無事では済まないと察し、すぐさま逃げの算段を取っていたのだ。


「もう最悪! こんだけ密集されたら、派手な魔法が使えないじゃない」

「ダメだぁあ! 誰か助けてくれええっ!」


 せめてほんの少しでも距離を作ることが出来たなら。詠唱時間を確保するだけの猶予があれば。リザードマン如きに後れを取ることはなかったはずなのに。

 そんなことを思いながらユーリは、何とか彼等の言語で説得出来ないか試みようとした。

 と、その瞬間だった。


「ぐぎぇええ!」


 後方にいたリザードマンの一匹が断末魔を上げ、背中から紫色の血を噴き出して倒れた。

 それを見た他のリザードマンが異常事態に気付き、ユーリ達から目を逸らして攻撃した何者かに注目する。

 そこには大剣を振りかざす影が目に映った。照り付ける太陽の光が大剣の刃で反射し、目が眩んだリザードマンを一体、また一体と次々斬り伏せていく。中には持っていたシミターで反撃するリザードマンもいたが、それを難なく剣で受け止め弾いたかと思うと流れるような剣さばきで全てのリザードマンを倒してしまった。


「ふぅ、これで全部かな? 皆さん、怪我はありませんか?」

「おおお、誰だか知らないが助かった! ありがとう!」

「あなた様は命の恩人だ! どうかお礼をさせてください!」


 腰まで届くほど長い金髪を一つに束ねた長身の男が、大剣を肩掛け式のベルトで背負うように仕舞う。爽やかな笑顔で手を差し伸べる姿は、弱きを助け強気を挫く聖騎士そのもののようだった。そんな彼を目にしたユーリは驚くように声を張り上げる。


「カイ兄!? なんでこんなとこに!?」

「なんでって。お前を迎えに来たんだよ」


 ***


 馬車を修理し、再び全員乗り込んでブレイズへと向かう一行。

 乗客は一人増えて、周囲から感謝の眼差しで大歓迎されている男。


 彼の名はカイ・エルロン。数々の経歴を持つ、ある意味謎の多い人物であり、ついでに言うならユーリの義兄にあたる。


「何年振りだっけ? お前がフォースフォロスの修道院へ修行しに行って以来だよな」

「修行というか、まぁあそこに入らなくちゃ読めない魔導書とかたくさんあったしね」

「父さんも母さんも心配、はあまりしてなかったけど。たまには顔を出してやってくれよな。寂しそうにしてたぞ?」

「そういうカイ兄だって、滅多に帰省しないくせに。よく言うわ」


 そんな軽口の叩き合いは、二人にとって仲の良い会話だった。カイはユーリのことを幼い頃からよく知っているので、その性格も何もかもよく把握している。

 ユーリもまたそれだけカイと共に育ってきたので、どんなに罵詈雑言で畳みかけようとも彼が寛容な性格の持ち主で、そんなことで決してユーリのことを毛嫌いしないことをよくわかっていた。


 カイの実家は、セアシェル大陸中央を分断するように位置するブレイズ国と、南端の地域を占めるヘルメス国の境目の村にある。土地柄のおかげもあり緑豊かな田舎で、とても穏やかな場所だった。

 その村唯一の酒場兼宿屋をカイの両親が経営しており、今でも冒険者や旅人にとって憩いの場として有名スポットになっている。


 カイが十歳の頃、ユーリを養女として迎えた両親。大きな傷を負って茫然とする少女の身に何が起きたのか、当時のカイは何も知らない。

 両親の話によるとユーリの家が魔物に襲われ、両親はあえなく惨殺。まだ五歳だったユーリは命からがらその場から逃げ出したところを、狩りや山菜取りで山に入っていたカイの両親が発見して連れ帰ったという。

 他に身寄りもなく、何も話さなくなった少女を不憫に思った両親はユーリを養女として迎えたというわけだ。


 人当たりが良く面倒見も良いカイは、ユーリの良き兄良き友として色々と教え守ってやった。快活でパワフルな両親の明るさ、そして気のいい冒険者達の相手をしている内にユーリは少しずつ心を開いて行ったという。

 結果的に仕上がったのは、酒の入った大の大人を相手にすることが多かったせいで、頭の回転が早い饒舌で生意気な性格の、今のユーリとなったわけだ。


 カイの両親は「今の時代、女の子だって男を言い負かすだけの強さがなくちゃいけない」と言って、ユーリの仕上がりに満足そうであったが。可愛らしかったユーリの変貌ぶりにカイは「育て方を間違えた」と今でも後悔しているらしい。


 ***


「そういえば迎えに来たって言ってたけど?」

「あぁ、マッシュ陛下から直接頼まれたんだよ。親書を出したはいいけど、自由奔放なお前が本当に引き受けてくれるかどうか自信がないから、ユーリを城まで連れてきて欲しいってさ」

「あのおっさん、見た目の割にどんだけ心配性なのよ……」


 カイとブレイズ国王ことマッシュ陛下は、かつての戦友であった。カイが十四歳の時、当時では最年少で騎士となった彼を、マッシュはいたく気に入っていたという。

 朗らかで爽やかな性格、人当たりの良さ、そして剣の腕は他に類を見ない程だったカイ。そんなカイをマッシュはよく戦などへ連れ回した。

 数十年前に勃発したアーシュラ戦役ほどではないが、魔物は今も人々の生活を脅かし続けている。救難要請が出れば、国王自らカイを連れて参戦したことは現在も有名な話である。

 そんな経歴があるからこそ、マッシュ国王は今でもカイとは親友同士だと自負していた。国王の立場であるマッシュとは違い、今では国に仕える騎士ではなくなったカイは自由騎士として各地を彷徨うフリーダムな人生を歩んでいる。

 なので何か困りごとがあった場合、身軽なカイに話がよく行ったりするのだ。

 そして今回に至ってはカイの義妹への依頼。これ以上ない打ってつけの出迎え役と言っていいだろう。


「人員割きたくないだけじゃない……」

「まぁまぁ、あれでもマッシュ陛下はユーリのこと気に入ってるんだから。断ってほしくなかったんだよ。多分久々に会いたくて、理由をこじつけただけかもしれない」

「より問題だわ」


 そんなこんなで会話をしている内に、馬車は無事にブレイズ国の玄関口へ到着した。

 馬車の乗客は再び命の恩人であるカイに今一度お礼を述べると、ついでにユーリを罵倒してから散り散りに街の中へと消えていく。

 もちろんそんな態度の差にめげるユーリではない。むしろ他人からの罵倒こそ力の源と言わんばかりに、ユーリはふふんと鼻を鳴らしてカイに付き従う。


(カイ兄がお迎え役となれば、もしかしたらこのままカイ兄も巻き込めたりする? ラッキー! なんだかんだカイ兄は強いし、私の手足としてこき使うには十分な戦力じゃん?)


 ユーリにとって、その昔カイは初恋の相手も同然だった。

 優しく頼りになる兄貴分。何を言っても、何をやっても寛大な心で許してくれる懐の深い人格者。

 ただし今のユーリにとっては、妹に頭の上がらない頼りになるアレとしての利用価値しかない、憐れな存在と成り果てていた。


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