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3 「襲撃」

 ブレイズ国はここ、セアシェル大陸の中央……大半の面積を有する砂漠大国だ。

 古の時代、神話の時代。荒ぶった戦いの神、軍神アレスによる怒りが大陸に今なお残る爪痕。大地を焼き、大陸を焦がし、天候すら狂わせたこの地は大陸で唯一枯れ果てた国となる。

 照りつける太陽の紫外線は肌を焼く。緑豊かで穏やかな気候を有した国に訪れる夏とは比較にならない気温、熱砂は裸足で歩けばたちまち大火傷を負う。この国を訪れる者は首都へ近付くにつれ、紫外線で肌を火傷しないように薄布で肌を隠すことが必須となっていた。


 乗り合い馬車に乗り込んだユーリもまた、神官時代に被っていたヴェールを頭から顔全体を覆っている。ノースリーブだった格好にローブを羽織って完全防備となったユーリは、外の様子をしきりに気にしている。

 どこまでも広がる地平線。高温によって遠くには陽炎が揺らめいていた。首都へ辿り着くまでまだあと数時間はかかると思うと、ユーリは溜息しか出ない。しかし眠るなんてことはしなかった。

 旅に必要な物が揃っている肩提げバッグをしっかりと肩に掛けたまま、変わらず遠くの景色を眺めていた時だ。何か影が動いた気がした。砂の中を何かが泳いでいるように、この場所へと向かって来る。


「あー、リザードマンか……」


 そう呟いた瞬間だった。

 ユーリは荷馬車にしっかりと掴んだと同時、大きな衝撃音と共に馬車が激しく揺れて横転する。備えていたユーリは大きな怪我もなく済んだが、他の乗客は悲鳴を上げながらわけもわからず上へ下へと体が浮いてはぶつかっていく。

 気付けば馬車は真っ逆さまになっており、乗客は全員馬車のテント部分で倒れていた。うめき声が聞こえる中、馬車の外からは御者の悲鳴と魔物の声が聞こえてくる。


「キエエエエ! グェエエクェエエエッ!」

「ひいい! まっ、魔物っ! ……ぐはぁっ!」


 打ち身や打撲でうめいていた乗客の何人かが、異常事態であることに気付いて声を潜める。


「な、なに?」「今、魔物って……」「しっ、静かに!」「神様……っ!」「ど、どうしたらいい?」


 乗り合わせている乗客は商人か、観光客といったところか。ユーリがこの馬車に乗った時に確認はしていたが、やはり誰一人として戦闘経験のある人物はいないようだと改めて思う。


(だったらこのままとんずらした方がよさそうね……)


 ユーリは他の乗客達に気取られないよう、そっと馬車から抜け出そうとした。外の様子を窺いながら、すぐに取り出せるように腰ポケットに入れてあった小瓶を取り出す。中身はただの水ではない。

 コルクを抜こうとした時に、背後から声がした。


「お姉ちゃん、どこ行くの?」


 乗客の中には家族連れもいた。三人家族だったか、確かにただ一人男の子が乗っていたことを思い出す。少年は状況を少しは理解しているのか、消え入るような声で話しかけてきたのでユーリはそのまま答えた。


「逃げるのよ。じゃあね」

「待って、外には魔物がいるんだよ? 殺されちゃうよ」

「ここにいても殺されるだけよ」


 事実だけを述べた。周囲に町なんてない。検問所から首都までの道程で、立ち寄れるような場所は何も無い。キャンプも、休憩所も、オアシスも。救いがあるとすれば、後続としてもう一台の馬車が追いついてくれるかどうか。その馬車に戦える者がいるのかどうかだ。


「待って」


 少年がユーリを引き止める。涙声で訴えかけた。


「お父さんが、足を骨折してて動けない……っ!」

「ご愁傷様」

「お母さんも僕をかばって頭を打って、目を覚まさないんだ」

「……」


 馬車から抜け出そうとしていたユーリの動きが止まり、逡巡する。

 苦虫を噛み潰したような顔になりながら、ユーリは少年の方を見た。


「……助けて」


 悲痛な声がユーリの心を動かした。

 しかしそれは彼女の中に残っていた、ほんのわずかな良心が突き動かされたわけではない。

 心の奥底に溜まっていた不快感や不満、どうしようもない嫌悪感だった。


「あのね! 助けてって言えば助けてもらえるような世の中じゃないのよ!? 泣いて乞えば必ず救いの手が差し伸べられると思ったら大きな間違いだかんね!?」

「ちょ、お姉ちゃん! 声が大きいよ!」

「うっさい! 最初に話しかけてきたあんたが悪い! 大体ね、あんた少しでも自分から何とかしようと動いた? あたしが見てないとでも思ってる? 残念、全部見てましたぁ! あんたはただ親に庇われて、泣きじゃくって、父親と母親に話しかけただけ! 父親が骨折した? だったら添え木でもして手当の一つでもしてみなさいよ!」

「いや、あの……やり方……わかんな」

「母親が頭を打って目が冷めないなら、あんたが持ってるその水筒は飲み水としての役割しか果たさないわけ!? 水ぶっかけりゃいいじゃない!」

「でも、あの……それで起きる保証」

「うるさあああああい!」「キイイェェアアアア!」「うわああああ!」


 怒り心頭となったユーリが少年を罵倒……もとい説教する為に大声を出した為、外で徘徊していたリザードマンが騒ぎに気付いて馬車を覗き込んでいた。


「くっそ! ばかやろおお!」「せっかくやり過ごせると思ったのに!」

「やり過ごせるわけないでしょ! ばーか!」


 野次を必ず拾うユーリ。完全に暴論で打ちのめされて、もはや声を出すことすら出来ない少年。一匹、二匹と馬車の中を覗き込んでくるリザードマン。


「ほら見なさい! こいつらに見つかっちゃったじゃないさ!」

「どっちのせいだあああ!」 


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