2 「エルフを黙らせる方法」
非難に溢れた多くの視線の中、迷いの森を抜けたユーリは妖精に括り付けたヒモを外してやって解放した。
妖精は泣きながら再度捕まらないように、慌てて迷いの森で構えているエルフに匿ってもらおうと飛び去って行く。キラキラとした鱗粉を撒き散らしながら飛んで行く妖精を見て「あ、妖精の鱗粉集めときゃ良かったな」と惜しむユーリ。
妖精がエルフの元へ辿り着く前から、エルフ達はユーリめがけて弓に矢を番えた状態で威嚇していた。
そして妖精を確保すると一斉に罵声を浴びせる。そこにエルフの高貴さやプライドなど一切なかった。
「二度と我々に関わるな、この守銭奴め!」
「我等にとって神聖な森を穢す不届者!」
「王が許しても我々は決して許さぬ!」
いつもなら笑顔で中指を立てて立ち去るところであったが、ユーリは更に煽りたくなった。
どうせ彼等はこう思っているだろう。迷いの森にいれば自分が攻撃して来ないと思って、森から出ずに負け犬の遠吠えよろしく叫び続けることしか出来ない。
森を破壊すればせっかく築き上げた妖精王とエルフの族長からの信頼を失ってしまう。だから攻撃して来ないはずだ、と。――甘い。
ユーリは左手を胸辺りまで掲げ、ボールか何かを乗せているイメージをした。ブツブツと小声で呟き詠唱する。
この世界の魔法は、言の葉で紡ぎ魔力を編む。それを形と成して魔法とする。魔力の源は体内に流れるマナと、それを増幅させる役割を持つ髪にあった。しかしユーリの髪はショートヘアだ。本来なら魔力を宿す髪が短いと、それに比例して魔力形成が抑えられてしまう。
その理ですらユーリは無視していた。いや、その理に沿うのであればユーリの魔力は莫大なものということになる。体内のマナを巡らせ、言葉に乗せて形成する。仕上がった魔法は炎の属性。
ユーリは魔法属性に関しても理に反していた。本来、一般人が形成出来る魔法属性は限られている。出自や本人の性質にもよるが、人間も亜人も魔族も本来持ち得る属性が定められていた。
水を象徴するフォースフォロス国出身の者ならば、その大半が水属性を有するように。
火を象徴するブレイズ国では火属性を、土を象徴するヘルメス国では土属性を、風を象徴するシルフィード国では風属性を持つことが多い。中には非常に珍しく、どれにも属さないニュートラルという無属性の人間も存在する。
そしてユーリの属性は基本的には水属性だ。持つ属性と、扱う属性には相性が勿論ある。よって本来ならば水属性のユーリにとって、火属性の魔法は最も扱いにくいものとなるはずだった。――本来ならば。
ゴォッと巨大な炎の球が形成され、それがうねるような炎がユーリの手の平の上で蠢いている。魔法を形成した本人にその熱はいかほどの影響もないが、それ以外の周囲にある物質には魔法の影響が現れていた。
足元の草花がジリジリと熱に炙られ萎れていく。周囲が段々と炎の球体の出現によって異常気象のように温度を上昇させていく。ニヤリと笑むユーリは、そっと左手を森の方へ向けて行った。
「うわあああ、何を考えている! やめろおおおお!」
「迷いの森を焦土と化すつもり!? 信じられない!」
「この森にはお前が大切にする魔物もいるんだぞ! いいのか!?」
「あ、それだけは困るわね」
そう言ってあっさりと炎の球体を消失させた。マナ供給を絶てば魔法はその形を維持出来なくなるのだ。
思いのほか魔法を引っ込めたユーリに安堵するエルフ達は、番えていた弓をしまって降参の意を示す。しかし誰もが不服そうな表情だった。それを見るのが何より心地いい。服従させた、自分の思い通りに事を運ぶことに成功したという満足感で満たされる。
「わかればいいのよ、わかれば」
それだけ言って、ユーリはくるりと踵を返して後ろ手に軽く手を振った。
「じゃあまたね〜!」
「二度と来るなああああ!!」
全ては自分に逆らえない者の悔しさから出る言葉だ。鼻歌を歌いながらユーリは歩いて行く。
迷いの森を抜けて半日も歩けばブレイズ領だ。国境付近には観光客や行商人向けに、移動用の馬車やラクダを貸し出す店がある。多人数用の馬車に一緒に乗り合わせるも悪くないし、気楽にのんびりラクダに乗って首都を目指すでもいい。
いつもなら人間嫌いなユーリはラクダで首都を目指していたものだが、今回は気楽な一人旅とは少し違う。
「一応安全を見越して、多人数用の馬車にするかな〜」
ブレイズ国王から受け取った新書の内容を思い出す。それは決して一筋縄ではいかない国レベルの問題だ。
つまりそれなりの危険が伴うことになる。他者を顧みる冒険者ならば、巻き添えとなる被害者を増やさない為に単独行動を選択するところだ。
しかしユーリは違う。確かにユーリは魔法の腕前は世界でも指折りの実力者と言えるが、それは魔法使いとしての実力であって、体力や筋力は誰よりも圧倒的に劣る。下手したらそこらの神官職の人間より下かもしれない。
だからこそユーリには旅先で戦闘になった時の為の秘策があった。防御面で圧倒的に不利なユーリが優位に立つ為には、肉壁が必要となる。誰かを盾にし、魔法で攻撃に転じる。あるいは誰かを囮にして、その隙に攻撃に転じるか逃走する。
「出来れば駒は多いに越したことないわよねぇ」
多人数用の馬車なら、囮も肉壁もたくさん乗り合わせることだろう。
ユーリは即決した。
いざ、ブレイズまで安全な旅を!