1 「ブレイズ国王からの親書」
ここはセアシェル大陸。広大な大陸に4つの国が存在し、4人の王が治める大陸――。
魔物が数多く蔓延るこの世界、人なら誰しも魔物を恐れて忌み嫌うのが当然の世界。
しかし近年、魔物に対する扱いが少しずつだが変わって来ていた。魔物を恐れて暮らす世界ではなく、魔物と共存して暮らす世界を目指す組織が出現したのだ。
魔物の救命・保護を目的として、人間と魔物との仲を取り持つことを第一としている。
勿論危険な魔物も存在する。組織は魔物に関する確かな知識を持ち、その生態を研究することで人間に危害をもたらさないように導くことで、共存を実現させようとしているのだ。
そしてこの世界で唯一その組織を立ち上げて、実際に活動をしている人間はたったの一人しかいない。その者は若干12歳にして「水の聖都・フォースフォロス国」での神官職に就くも、禁忌とされる暗黒魔術に手を出してしまったことにより追放される。
その後、独学で黒魔術・白魔術をマスターし、たった13歳で魔物保護団体を開設。
そして現在――。
***
迷いの森、ここは精霊や妖精の力無しでは通ることが出来ない不可侵の森。
フォースフォロスの僧侶が好んで着る法衣を纏い、神官ヴェールを被った少女が迷いの森の中を堂々と突き進んで行く。
鼻歌を歌いながら、少女は笑顔で手に持ったヒモをたまにくいくい引っ張りながら、その度に右へ行ったり左へ曲がったりを繰り返していた。
少女が迷わない理由、それはヒモの先に括り付けられた妖精に道案内させているからである。
「一刻も早くブレイズ国に行かなくちゃいけないんだから。ちゃっちゃと道案内しなさいよね」
「うぅ……っ、この鬼! 悪魔! ド畜生!」
「いい響きだけど、聞き慣れ過ぎて飽きたわ」
一層強く引っ張ると、妖精の少女は「ぐぇっ!」と短い悲鳴を上げて、またすぐ半泣きになりながら迷いの森の正規ルートを辿って行く。
迷いの森にはエルフも住んでいる。本来なら招かれざる客は迷いの森に惑わされ、深部に辿り着くことすら不可能だが、それでも妖精を捕まえ道案内させる悪人には、森の精霊エルフが侵入者を撃退することになっていた。
当然今も、少女の悪行は彼等の目に届いている。
「くっ、ユーリだ! 皆の者、引け!」
「また迷いの森を近道にしてるわけ? これだから異端者は嫌いなのよ」
「なぜ族長も、あのような者を信用するのか……。理解出来ん」
不評三昧の愚痴をこぼされ、その全てが少女……ユーリの耳に届いていた。
悪口も陰口も中傷も全く痛くない。むしろセイレーンの聖歌のように聞こえて来る。ユーリは何を言われても笑顔のまま、時々気分次第で妖精に括り付けているヒモを力一杯に引っ張り虐待する。
「えーん! 魔物保護団体の名前が聞いて呆れるわよ、この人間のクズ!」
「それは言葉による意思疎通が困難な魔物に限り適応されるのよ。希少価値が高くて重宝される妖精が口にしていいセリフじゃないのよ。わかったらとっとと出口まで案内しなさい」
愛らしい容姿をした妖精が虐待されても、誰一人としてユーリに手を出せないでいる。
なぜならエルフの族長、そして妖精王からユーリに手出しすることを禁止されているからだ。
ユーリの実力が本物であること。それがある事件の解決により証明された。
人間社会に興味を持ったハイエルフの姫が迷いの森を出たところ、奴隷商人に捕まり酷い目に遭わされそうになった事件があった。それを救ったのが他の誰でもない、このユーリ・エルロンだ。
当時ユーリはまだ12歳になったばかり。エルフにとっては赤子も同然の人間の少女に、姫の命を救われたのである。
妖精王に関してもそうだ。世界中で行われている妖精狩り、大陸中にあるそれらの拠点を一掃したのもユーリなのだ。まだ残党がおり、今もなお妖精狩りが行われている。
冒険者ギルドのギルド長とも親交のあるユーリは、全国の冒険者ギルドや盗賊ギルドに妖精狩り撲滅運動を呼びかけて、妖精売買自体の廃止によって、それらを根絶やしにしようと動いているのだ。
ユーリは顔が広い。
あらゆる要人と繋がりがあり、恩を売り、本人はそれを武器に自由気ままに旅をしている。
「あたしはユーリ・エルロン! 誰も私に逆らえないし、逆らうことなんて許さない! 自由に生きる為なら何でもするのよ! それがあたしなんだから!」
高笑いして突き進むユーリに敵は多い。
それでも持ちうる魔力で全て返り討ちにする、それがユーリのやり方だ。
向かうは大陸で最も広い国土を持つ、炎と砂漠の大国ブレイズ。その国王から親書が届いた。
『お前にしか頼めない。三種の神器を賊から守ってクレメンス』
これは大きな借りを作れる。間違いない。
そう打算が働いたユーリは、急ぎブレイズへと向かう。
その先に自分を中心に、世界すら巻き込む大きな戦いが起きるとも知らず――。




