序幕 「ある夜の出来事」
ラノベで好ましくないことを、この作品ではたくさんすると思います。
プロローグも普通にやります。
作者が好き勝手に書いた作品です。
完全に「読ませる作品」ではないことを、ご了承ください。
夜の森を駆け抜ける。
夫婦は生まれたばかりの赤ん坊を抱え、必死に駆けた。
幸いにも赤ん坊は静かにしてくれたので安堵しつつ、なぜこのような目に遭わなければいけないのかという思いもあった。
父親は黒髪、黒い瞳をした青年だ。そして母親は透けるような金色の髪。二人の両腕には赤ん坊が一人ずつ。
「この森を抜ければ国外だ。フォースフォロスの古いしきたりに縛られることは無くなる!」
「えぇ、でも……本当に大丈夫なの? 黒髪は不吉の象徴……、世界に疎まれる悪しき血筋とされているのに」
夫の髪を見つめながら、妻は言う。
そんな忌まわしい言葉を投げかけられても、夫はただ力なく微笑むだけだ。
自らの運命を、これまでの人生を、一族が背負って来た宿命を一身に受け止め続けて来たからこそ。黒髪の意味を妻に教えたのは、彼自身だ。
それでも自分について来てくれた彼女のことを、今でも感謝している。自分と結ばれ、生まれて来る赤ん坊を望めばこうなることは避けられないとわかっていても。
フォーチュナー家はこの血筋を絶やしてはならなかった。
暗い森の中、松明を持った複数人が自分達を必死に探している。いや、正確には違う。
彼等が探しているのは、夫婦が抱えている双子だ。
女の子と男の子の双子は、揃って黒髪だった。これがもし双子でなければ、こんなことになっていない。
ただでさえ不吉とされている黒髪なのに、それが双子ともなれば話が変わってくる。
伝承にはこう記されていた。
『セアシェルで生まれし黒髪、この世の厄災となりし魔の寵児となる。双子ともなればその災禍は計り知れぬものとなろう。必ず一人は産まれた直後に、聖なる炎で天へと還すべし。さすれば災い起こらず。異端児一人のみならば、世界の脅威にあらず』
もし子供が双子でなければ、きっとこんなことにならなかっただろう。
しかし産まれてきた子供一人を犠牲にすることなど、そんな残酷な選択が出来るはずもない。
幸いにもここは東の大国フォースフォロスの辺境。すぐ隣にはヘルメス国があり、そこは牧歌的な雰囲気漂うのどかな国柄だ。水の聖都フォースフォロスを筆頭に、大陸中央に位置するブレイズ国のように、神や精霊を崇める独自の宗教は存在していない。少なくともこの両国のような熱心な信者は数少ないと聞いている。
ようやく見えて来たのはヘルメス国の領地内にある孤児院だった。妻エリスの妊娠がわかるずっと前から、夫レヴィは子供を預けられる場所を探していたのだ。孤児院は教会と同等の聖域である。
いくら盲信者となった村人といえど、神に守られし聖域まで手を出すことは敵わない。そう見越して、以前からこの孤児院が安全かどうか独自に調べていた。
「あなた、早く! 私はもう、これ以上……っ!」
「エリス……、あぁ僕の大切なエリス……。こんなことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ない。僕が君を愛さなければ、君は他の誰かと結ばれ、もっと安心した幸せを手に入れられたはずなのに……っ!」
孤児院を前にして安堵したのか、二人ともその場で崩れてしまう。疲労が一気に押し寄せて来た。思わず弱音を吐いてしまう。そんな夫に、妻は笑顔で答えた。
「あなたに愛されたから受け入れたわけじゃないわ。私も、あなたのことを愛しているから……」
涙に暮れ、二人はおくるみに包まれた赤ん坊を孤児院の玄関先に寝かせる。
早くこの場を去らなければいけなかった。愛する我が子に注ぐ愛情は、ほんの数時間だけだった。
エリスの両足が血で濡れている。出産して数時間後に、こんなに走らされたせいだ。今になって激痛が蘇ってくる。それでも母となったエリスは、涙ながらに我が子達に愛情たっぷりのキスをする。
「私達の可愛い赤ちゃん、愛してるわ。大好きよ。産まれてすぐこんな運命に巻き込んでしまって、本当にごめんね。どうか、この子達に幸あれ……。精霊よ、この子達を……どうか守って」
レヴィもまた同じように赤ん坊にキスをし、涙に震えながら妻と抱き合い号泣する。そしてそのまま立ち上がると、二人は森の中で見え隠れする松明がある方へと、進んで行った。
「ーーさようなら。アイリーン、アドニス。先に逝く私達を許してね」
「元気で……、そして自由に生きなさい。運命や宿命に左右されることなく、自由に……」
赤ん坊の名前を記した、血と泥で汚れている手紙を添えて、赤ん坊の両親は戻って行った。
夫婦が安全に、安心して暮らせる場所はどこにもないことを悟っていたから。
何よりこのまま逃亡してしまえば、赤ん坊を奪取しようとするかもしれない。彼等は自分達が、子供達の親である夫婦が止めなければいけないから。
深夜、大雨が降る中ーー。
突如として落雷があった。すぐ目の前にあった森が焼ける程の、大きな落雷だ。
孤児院のシスターは一瞬だけでなく、何度も明滅する外の眩しさに違和感を覚え、恐る恐る窓の外を見た。
「おお、なんということでしょう……」
落雷、のはずだった。分厚い積雷雲が森の上空に留まって、何度も何度も雷を落としている。まるで森の中にいる何かを追いかけるように、狙い定めて落ちているようにさえ見えた。
大雨が降っているというのに落雷で燃えた木々は、次々と引火していき黒煙を上げる。恐怖したシスターは避難した方がいいと、急いで孤児院の院長であるマザークレアに進言しようとした。
しかしマザークレアはすでに外の異常を察知しており、玄関外に置き去りにされていた赤ん坊二人を両手に抱えて中に入るところだった。
「マザー、その赤ん坊は?」
「……憐れな運命から逃す為、託されましょう」
翌朝には、フォースフォロス最果ての村は滅んでいた。森があった場所はすっかり焼け野原となっており、焼け跡からは焼け焦げた人間の遺体が複数見つかる。
ゆるゆると書いていきます。
更新は期待しないでください。