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1.穏やかで献身的な優しい彼

【※こちらは通常のハチ助作品と違い、かなりビターな展開のお話となります】


★以下の展開が苦手な方はご注意ください★

・迷惑レベルな面倒臭いツンデレヒロインは嫌いだ!

・性格が悪すぎる(好きな子を追いつめて泣かすタイプな)ヒーローは許せん!

・メリバ、ヤンデレ傾向があるお話は苦手。


上記に該当される方は、こちらが地雷作品となる可能性がございます。

読まれる際は、自己責任でお読み頂くようお願いいたします。

※アルファポリスさんですでに公開しているお話になります。

「エリオス、あなた一体何を考えてそのような態度を取っているの?」


 不機嫌そうな表情を浮かべ問いただしてきたのは、この屋敷の伯爵家の一人娘でもあるアリア・レイファットだ。

 天使の様なフワフワで眩い金髪にアクアマリンのような淡い水色の瞳を持つ美しい少女である。だが今は、バサリと音がしそうな長い睫毛に覆われた少しつり目気味の瞳を更につり上げながら、目の前で黙々と読書に勤しんでいる婚約者の青年をジロリと睨みつけている。


 するとエリオスと呼ばれた青年が読んでいた本からスッと顔上げた。


「アリア、急にどうしたんだい?」


 薄茶色のサラサラヘアーをした穏やかそうな少年が、優しげな眼差しを銀縁メガネ越しで少女へと注ぐ。サファイアのような濃い青色の瞳が、一層少年の穏やかで落ち着いた雰囲気を強調していた。


「『どうしたんだい?』ではないわ……。婚約者とのお茶の最中に読書にかまけるなんて、どういうつもりなのかしら?」


 すると、エリオスが困った様な笑みを浮かべた。

 今年14歳となった二人は、8歳の頃から婚約を交わした間柄だ。

 しかし年齢より大人びた雰囲気をまとっているエリオスとは違い、アリアの方は小柄な所為か、やや幼い印象が強い。

 性格もかなり気が強く、ツンと顎を上に反らしている態度からもそれが窺える。

 両親に甘やかされて育てられたからなのか、婚約者であるエリオスをやや見下しているような態度も目立ち、内面的にも幼い印象を受ける。

 そんな傲慢な態度の婚約者にエリオスは更に苦笑する。


「だけど君が言ったんだよ? お茶の最中に僕に見つめられると気持ちが悪いって。でも向かい合わせで座ってしまえば、どうしても僕は君と目を合わせてしまう。ならば僕が読書に徹していれば、君も不快な思いをせずに済むと思ったのだけれど……」

「そういうのを屁理屈と言うのをご存知かしら? 常識的に考えれば、お茶をしている相手がいる目の前で読書に徹する行為は、相手に対して失礼な態度になると幼い子供でも理解は出来るはずよ?」

「ごめん……。でもなるべく君に不快感を与えたくなくて、僕なりに考えての行動だったのだけれど……」


 そう言ってエリオスが、パタリと読んでいた本を閉じてテーブルの端に追いやる。しかしアリアは、まだ不満げな表情を浮かべていた。


「そもそも、あなたは今この時間が何の為に設けられているか理解していないのかしら?」 

「婚約者同士の関係醸成を図る為の月に二回の顔合わせだよね? 大丈夫。ちゃんと理解はしているつもりだよ? でもね――――」


 そう言ってエリオスは、細い銀縁眼鏡を指先で軽く押し上げ、位置を調整する。


「僕はどうしても君を不快な気持ちにさせてしまう存在の様だから、与えられたこの時間を上手く有効活用出来る方法が、未だに見出せない状態なんだ……」


 そう言って、悲しそうな笑みをアリアに向ける。

 そんなエリオスは、見た目から知的な雰囲気を抱かれやすく、実際に秀才で頭が切れるタイプだった。その部分を買われ、子爵家三男のエリオスは伯爵家の一人娘であるアリアの婚約者に抜擢された。


 一人娘しかいないレイファット伯爵家は、最終的には娘のアリアが女伯爵として家督継ぐ事になるのだが、彼女の両親は娘の社交関係での振る舞いは評価していても領地経営に関しては、向いていないと感じていた。

 その為、優秀な入り婿を取って任せた方がいいと考え、その白羽の矢が経ったのが、昔からレイファット伯爵家と繋がりが深いコーウェル子爵家の秀才として知られていた三男エリオスである。


 そして爵位の高い家との繋がりが欲しかったコーウェル子爵家の方でも、このレイファット伯爵家の婚約の申し入れは、大手を振って受けたいと思える内容だった為、二人の婚約は成立。

 しかし完全に政略的な意味合いが強いこの婚約は、当人達の意志とは関係なく結ばれた為、6年経った今でもギスギスした雰囲気のままだ……。


 しかも女性の爵位の方が高く、婿入りするエリオスは結婚後もかなり肩身の狭い生活を一生強いられる事は、誰が見ても明白でだった。

 加えてその婚約相手は、蝶よ花よと育てられた我が儘娘である。

 現在でも自分より身分が低く、将来入り婿となって肩身の狭い思いをするエリオスを見下している態度が目立つアリアだが、幼少期の頃はもっとその当たりが酷かった……。


 だがこの6年間、エリオスはそんなアリアに対し、穏やかな笑みを崩さず、出来るだけ彼女の不満を軽減させようと努力している様を周囲はよく知っていた。

 そんな二人の関係は、周囲から「子爵家三男とはいえ、あんな優秀な令息にあのような我が儘令嬢の子守をさせるとは、何と勿体ない人選だ」と揶揄される事が多い。

 その言葉は、もちろんアリアの耳にも入って来るので、ますます怒りの矛先がエリオスに行ってしまう悪循環も繰り返している。


 それでも自分の身の程をわきまえているエリオスは、少しでもアリアの機嫌を損ねないように穏やかな笑みを称え、婚約者の我が儘な要望や、理不尽な八つ当たりも全て受け入れる姿勢を貫いていた。


 『過剰に献身的な婚約者』


 周囲からそう評されてしまうエリオスの婚約者との向き合い方は、ますますアリアを苛立たせてしまっているのが現状なのだが、それでもエリオスは穏やかな笑みを称えながら、常にアリアの発する要望を叶えようと努力する。

 そんなエリオスを「情けない男だ」と称する一部の令息達もいた。


 それでもエリオスは、常にアリアの要望を聞き入れる事をやめなかった。

 その姿勢が、ますますアリアの怒りを増幅させる結果を招いたとしても……。

 案の定、そのエリオスの言葉を聞いたアリアが不快感を露わにした表情でエリオスを睨みつける。


「有効活用出来る方法が見出せないですって? そもそもあなたのその卑屈すぎる態度が、この時間を台無しにしていると思うのだけれど、その事には一切気付いていないのかしら?」


 毒をたっぷり含ませたような視線でアリアが嫌味を放つ。

 しかし、エリオスの方はキョトンとした表情をアリアに返した。


「僕は……特に卑屈な態度を取っているつもりはないのだけれど……」

「エリオス。あなた、自分が社交界で何と噂されているかご存知ないのね。ならば教えてあげるわ。『爵位欲しさに婚約者の尻に敷かれる事に甘んじている腰抜け子爵令息』。あなた、社交界ではそう呼ばれているのよ? 悔しいとか情けないとか、そういう思いは抱かないの!?」


 苛立ちながらアリアがそう告げると、エリオスは困ったような笑みを浮かべた。


「僕は特にそういう感情は感じないかな。だって実際に僕は君よりも爵位が低いのだから、それは事実だし……。子爵家三男の僕は、本来ならば家を出て爵位無しの平民として自分で職を得て、身を立てなければならない所を伯爵家の一人娘である君との婚約話が持ち上がったお陰で、引き続き貴族としての人生を続けられるようになるのだから、周囲がそういう目で見てしまうのは仕方のない事だと思うよ?」

「だからって―――!!」


 周囲から見下される事に諦めきっているエリオスの言葉に更に苛立ちを募らせたアリアが反論しようとした。しかし、エリオスは穏やかで優しい笑みを浮かべながら、アリアをジッと見つめる事で制止させる。


「そもそも君だって、いつも言っているじゃないか。『あなたは私のお陰で貴族でいられるのだから、感謝すべきだ』って」


 エリオスのその言葉にアリアが大きく目を見開く。

 だが、すぐに怒りから小刻みに震え出した。


「どういう意味かしら……。それはいつも私があなたにそういう事を言っているから、あなたが卑屈な人間になってしまったとでも言いたい訳?」

「まさか! そもそもそれは事実なのだし、僕は実際に君の婚約者に選んで貰えた事にとても感謝しているんだよ? 僕は家督を継いだ兄上の手伝いをさせて貰っていた関係で事務関係の処理は得意だけれど、もし君の婚約者に選んで貰えていなければ、恐らく登城して文官の道を選ぶしかなかったからね……。でも人間関係はそこまで得意ではないから、王宮のあの渦巻く様な複雑な人間関係を円滑に行う事は不器用過ぎて出来なかったと思うから……」


 情けなさそうな表情でそう語ったエリオスにアリアは、ますます不快そうな表情を深めた。


「今の言い方では、平民落ちしたくないから仕方なく私と婚約したと聞こえるのだけれど?」

「そんな事はないよ? それを言うのであれば僕よりもアリアの方が、そういう状況で婚約を強いられたと思うのだけれど……」

「私はレイファット伯爵家を次世代に継ぐ者よ。貴族として政略的な結婚が当たり前なのは理解しているわ」


 そう力強く答えたアリアに対し、エリオスは今日一番の穏やかな笑みを向ける。


「でも僕からしてみると、君はその『政略的な結婚』を全く受け入れていないように見えるのだけど」


 そのエリオスの言葉にアリアの方も今日一番の不快感を抱いた表情を浮かべる。


「どういう事?」

「だって君は僕と婚約が決まった時から、ずっと僕を拒絶する態度ばかりを取っているじゃないか……。『子爵家令息なのだから、伯爵令嬢の私には気安く話しかけないで欲しい』『見られていると気分が悪くなる』『本当は会話なんてしたくない』『夜会は婚約者の義務として仕方なく一緒に参加しているだけだ』。これは全てこの6年間、君が僕に言い続けていた事だよ? もし本当に君が『貴族ではよくある政略結婚』の意味を理解しているのであれば、たとえ心の中で思っていても、その不満を口にするような事は見苦しい事だって理解しているはずだよね?」


 いつもはアリアの言い分に対して「そうだね。君の言う通りだよ」と答え、困った笑みを浮かべながら、自分が婚約者である事を謝罪してくるエリオスなのだが……。

 この日は珍しく正論で反論して来た為、アリアが訝しげな視線を向ける。


「それは……あなたはそのように対応出来ているのに私は全く出来ていないとでも言いたい訳?」

「まぁ、それもあるのだけれど……。一番気になっているのは――――」


 そこで一度、エリオスは言葉を溜めた。


「どうして僕と接する時間を減らそうとしないのかなって」


 その言葉を聞いたアリアが大きく目を見開く。


「だって君は、ご両親であるレイファット伯爵夫妻にかなり溺愛されているだろう? そんな君が一言、『政略婚とは言え僕と接する時間が苦痛で仕方がない』と懇願すれば、君の事が大好きなご両親は婚約解消まではしないにしても僕との接触する時間を極力減らしてもいいと許可してくれるはずだよね?」

「そ、そんな事を言ってしまったら、家の為に私を犠牲にしたとお父様達が思ってしまって、悲しませてしまうでしょ!? だ、だから私は敢えて、その不満をお父様達には言わないようにしているのが分からないの!?」


 何故か慌てるように反論してきたアリアにエリオスは、ゆっくりと深く頷く。


「もちろん分かっているつもりだよ? 君がご両親をとても愛しているという事は、一目見れば誰でも分かるから。だからこそ君は、愛娘に政略的な結婚を強いなければならないご両親の心苦しさを気にして、6年間もその不満を言えずに僕との月二回設けられた顔合わせの機会を苦痛に耐えながら、対応してきてくれたんだよね?」

「そ、そうよ! 私はお父様達を悲しませないように、そしてレイファット伯爵家の今度の為にあなたとの苦痛な時間を必死で我慢して過ごしていたわ!」


 まるでとどめを刺すかのように毒気たっぷりな言い方でアリアが言い放つと、エリオスが少しだけ寂しそうな笑みを浮かべて、ゆっくりと口を開く。


「だからね、前回の顔合わせが終了した帰り際、レイファット伯爵に少しお時間を頂いて、僕の方から君との面会機会を君の負担を軽減させる為に減らして欲しいと相談させて貰ったんだ」


 その瞬間、アリアの顔からサァーッと血に気が引いた。

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