ある宰相の苦悩
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ブルガリアン王国の334代宰相ベンジャメンセン・フラッグリーは毎日を苦悩して過ごしていた。
「ベンジャメンセン卿は平民のくせに宰相になったから、ずっと威張ってやがる」
「自分の妹を国王に捧げたとか? そうでもしないとあの地位には至らないだろ」
貴族からはいつも妬まれ、憎まれている。何かしらの噂話をいつも流されているが、これは基本的に全て嘘である。
「うちの娘が勇者に襲われたんだ! なんとかしろ!」
「魔王軍が攻めてきてるんだ! 俺たちの生活が苦しいからなんとかしろ!」
平民はいつも自分の都合しか考えずに物を言う。先代の宰相が【目安箱】なる物を設置したせいで、フラッグリーのもとには相当数の意見という名の要求が寄せられている。
「金をよこせ!」
「女を抱いてもいいだろ? 俺は勇者なんだから」
「口答えすんじゃねえ!」
勇者はゴミだ。伝承に『勇者の剣のみしか魔王を傷つけることはできない』という記述があるから生かしているだけで、奴が勇者じゃなければ真っ先に殺している。
「うちを保護しろ!」
「金を寄越せ! そうでなければ怪我人の治療をしないぞ!」
教会はいつも金と保護を求める。勇者パーティーの聖女が教会に所属しているからっていい気になりやがって。
「そういえば」と一人で呟きながら、フラッグリーは聖女のことを思い出した。
彼女は、教会に所属している者とは思えないぐらいに清廉潔白で、美しく、弱きを助け、強きをくじくを体現したような少女だ。フラッグリーよりも一歳歳下なのに、勇者パーティーに所属して毎日戦っているたずだ。
また、フラッグリーは彼女によく頼み事をしていた。主には勇者の行動に関するものだが、たまに彼女の術で疲労を取ってもらっている。
勇者パーティーが発足した時、ちょうど前宰相が逃げて急に宰相になった。フラッグリーはまだ十五歳の学生だったのに。
フラッグリーは学園で千年に一人の天才と呼ばれていたらしいが、そんな彼をしても勇者パーティーの扱いは困難だった。
勝手に魔物を狩る、女を無理やり抱く、よく重要な建物を壊す、無理やり女を抱く。
そんな時に、よく城のフラッグリーの部屋の近くにいた聖女に相談していた。問題が起きないように勇者を諌めてほしい、と。
彼女に相談してから、勇者による犯罪はかなり減った。それでも、まだまだだが。
「はぁ」
ため息を吐きながらフラッグリーは自らの執政室から出た。ここのところ二十時間労働が続いていたため、部屋に篭りすぎていた。
顔はやつれ、体は痩せこけ、そんな状態になっても働き続けていた。
「こんにち……、フラッグリーさん、大丈夫ですか?」
目の前にいるのは、聖女だった。
フラッグリーの頭の中には今日の予定として、勇者の一時帰国とパレードがあったことが思い出された。それと同時に、勇者に対する怒りがプツプツと湧いてくる。
パレードの調整には二百時間以上かかったのだ。そのせいで睡眠時間が三時間から二時間に減ってしまった。
「まあまあだ」
だが、あくまでも勇者に対する怒り。目の前の聖女には怒れる要素など何もなく、それどころか彼に取っては恩人である。
そんな人に、フラッグリーは失礼な態度を取れるわけがないだろう。
「そうは見えませんよ。二週間前からこの扉の前に張り付いていたのですが、結局出てきませんでしたからね」
聖女の発言にフラッグリーは違和感を感じる。
二週間前?
「それは、勇者は何をしていたんだ?」
「ええと……」
聖女はとても言いにくそうにこちらを見た。そして
「彼はここ二週間王都で毎日娼館に行っています」
フラッグリーはブチ切れた。
◇◆
「すまない、君は何も悪くないのに」
フラッグリーは誠心誠意謝罪した。勇者の愚行に対して聖女に怒ってしまうのは誰から見ても理不尽というものだろう。
「いえ、気にしないでください」
聖女はそれでも優しい瞳でフラッグリーを見つめる。まるで天使のようだ。
「それで、勇者はどこまで魔王軍を討伐したんだ?」
「それが……」
聖女はまたしても言いにくそうにした。そして
「まだ四天王の誰も倒せていないのです」
フラッグリーはもう勇者にブチ切れる体力がなかった。勇者の愚かさにひたすら呆れるばかりだった。二年間何をしていたんだか。
「フラッグリーさんみたいな人が勇者だったらいいのに」
聖女がその言葉をつぶやいた瞬間、フラッグリーは目覚めた。
「勇者に頼らなくてもいいじゃん」
「え?」
フラッグリーは自らを責めた。勇者というゴミにこれまで頼り続けて人民に被害をたくさん出したこと、そして自らが魔王軍との戦争という前任の選択を是としていたことに。
「私がその四天王のところへ向かい、手紙を預ける。うまくいけば魔王と会談することができるだろう」
「そんなことがうまくいくのでしょうか?」
聖女は今も不安そうだ。フラッグリーは下手をしたら死んでしまうからだ。
「そこでだ。君にも協力してもらいたい。四天王のところへと行くのに付き合ってもらいたい」
「分かりました」
そして、現在王都に最も近いところにいる四天王の元へとやってきた。
「ふむ、我に手紙を預けたいと?」
四天王はこちらを見て常に威圧している。だが、フラッグリーとしてはこんな威圧に怯んでいるわけにはいかないのだ。
「ああ。魔王の元に届けてもらいたい」
ここで下手に出てはいけない、フラッグリーは心の中でそう唱えていた。国の代表同士で交渉するのだから、それ以下の存在である目の前の四天王程度に頭を下げてはいけないのだ。
「今更和解か?」
四天王が尋ねてくる。その瞬間、部屋の中に緊張が走る。
四天王はおそらくいつでもフラッグリーを殺せるように準備しているのだろう。フラッグリーは自らを守るレベルの格闘術、魔術なら扱えるが、おそらくこの目の前の化け物には対抗できない。
そこで、聖女である。聖女の持つ魔術の中に【結界】というものがある。一定時間魔力を用いてバリアを張り、中に安全な空間を作る魔術だ。フラッグリーはこの魔術に身を守ってもらうつもりだ。
そして、勇者が何もしていなかったおかげで魔王軍はこの魔術のことを知らない。
だからこそ、フラッグリーの自信のある態度が生まれていたのだ。
それは、いかに威圧されようとも変わらない。
「和解ならば今こそだろう。両国ともに長引いた戦のせいで不幸になったものがいるはずだ。今ならばそんな人々も救える。それとも、そんな存在は見捨てていいと考えているのかな?」
フラッグリーは臆せず自らの意見を伝えた。
すると、四天王は腹を抱えて笑いながら
「分かった。これを主君の元まで届けよう」
そう言った。
帰り道。フラッグリーと聖女は同じ馬車にいた。フラッグリーは達成感に満ち溢れているが、聖女の方は不安そうな表情をしている。
「このままで大丈夫なのでしょうか? 魔王に直接会えたとしても交渉が成功するとは思えないのですが」
聖女の不安も当然だ。フラッグリーも自らが魔王の怒りを買って惨殺される未来は想定している。すでに遺書も書いている。
そのことを知っている聖女は尚更覚悟に満ち溢れた。フラッグリーを必ず守ると。
しかしーー。
「よい。講和条約を結ぼうぞ」
魔王との交渉は成功した。どうやら魔王も講和条約を結びたがっていたらしいが、それだけではないらしい。
「お主のような勇気のある人間がいるならば、人間と魔族の不仲も解消されると思ったのじゃ」
魔王はそう答えた。
講和条約では主に四つの点が決定された。
一つ目は、戦争の終結と両国の不可侵。
二つ目は、人間による魔族奴隷の売買、魔族による人間奴隷の売買の禁止。
三つ目は、魔族と人間の間の関わりを一定期間無くす。
四つ目は、人間の国に魔族が住めるのかを調べるための特使を一人派遣する。
帰国後、フラッグリーの偉業を聞いた貴族は彼に何も言えなくなっていた。
国民は、戦争が終わったことを喜び、フラッグリーを讃えた。
ゴミ勇者は、宰相の手によって処刑され、勇者を諌めなかったその他のパーティーメンバーも流刑となった。
これにて、両国には平和が訪れた。
◇◆
「死ぬ」
フラッグリーは自らの執政室で倒れた。最近はほとんどの時間を仕事で使っている。
「治しますね」
聖女はあの後フラッグリーの部屋によく入り浸るようになり、今では実質的な秘書のようなものになっている。
で、最近のフラッグリーの仕事が多い理由が、彼のソファに座っている魔王である。魔族の国は自らの王を特使として派遣したのだ。
それだけならまだいい。まだいいのだがーー。
「お前、また勝手に外出したな?」
「いいじゃろ、別に」
この魔王は勝手に外に出てはいつもトラブルを起こして帰ってくる。
フラッグリーはその調整で前よりも仕事をしなければならなくなったのだ。
「ほれ、小娘は出てかんかい。仕事の邪魔になっておるぞ」
魔王はよく聖女を部屋から出したがる。その度に
「いいえ。あなたことフラッグリーさんの邪魔ですから出て行って下さい」
というような会話を繰り返しているのだ。
しかし、しかしだ。
お前たち両方仕事の邪魔なのだ。
宰相ベンジャメンセン・フラッグリーの苦悩の日々はまだまだ続く。
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