元気な令嬢
「あ、おふたり、お待ちください」
戻ってきたヘーリエンテスと、薬院を出て歩いていると、オストがやってきた。大柄で足の長い彼女が小走りになると、侍女達は追いつけない。「あの……シュタインを見ませんでしたか」
「居ないのか?」
「はい、昨日は戻っていないそうで……あ、申し訳ございません、昨日は」
「いや、いい。シュタインは、知り合いの邸にでも行ったのでは?」
「彼は……あの性格ですから、そんな親しいかたが居るとは思えません」
オストは顔をしかめる。「いい子なんですが、気まぐれすぎて、この間もお母さまに叱られていました」
「お芝居や、競馬に、とおくへいったのかも……」
ヘーリエンテスの言葉にも、オストは頭を振って否定する。
「あの子はそういうものに興味はないんです。おきにいりの詩人が居るくらいで。わたし、あの子に渡したいものがあるのに、居ないから……」
つい、砕けた口調になったことに気付いたらしい、オストは慌てた。「あ、申し訳ございません」
「気にしないで。レヴィさま、わたし達も一緒にさがしましょう」
「宜しいのですか?」
ふたりが頷くと、オストはにっこり笑った。それから、やっと追いついた侍女が持っていた鞄をひったくるようにとり、開ける。
「それじゃあ、これを持っていてもらえませんか? シュタインから頼まれていたものなんです。昨日やっと、できたばかりで……」
オストはうすめたインクのようなものがはいった、小さな壜を、ふたりにさしだした。レヴィはそれをうけとる。
「わたしはあちらをさがします。見付けたら渡してください。ひと月も待たせてごめんねとわたしが云っていたと伝えて戴けると、助かります」
オストはそう云うや、自分が示したほうへ走っていった。レヴィとヘーリエンテスは顔を見合わせる。「……かわったご令嬢だな」
「わたしが云えたことではないけれど、元気なかた」
ふたりはしばらくして、ふっと笑う。腕を組み、歩き出した。王女が戻らないのも、シュタインまで居なくなったのも不可解だが、オストの元気さには救われる。